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小国の田舎町、アルダートには腕のいい針子がいる。
その針子は背が高く色白で、美しい黒髪の髪と宝石のような琥珀色の瞳を持つ美女だ。
首を隠すようにスカーフが巻かれ、質素で露出もないワンピースを着ているものの、その美貌を損なうことは決してない。それどころか、彼女の美貌をさらに引き立てている。
そんな美少女な針子は、数日降り続いた雨が上がった今日、日の出と共に雇先へと出勤していた。
「おはようエリカ!今日もフリッチさん家に行くのか?」
顔なじみのパン屋の息子アルジの挨拶に、エリカと呼ばれた針子はコクリと頷く。
軽く手を持ち上げ、持ち物を見せるとアルジは「今回は大きいな!」と純粋な驚きの声をあげた。
エリカの持つ少し大きめの包みの中身は、今日が納品予定の新品のワンピース。
町一番の器量よしの食堂の一人娘が婿を迎え、そのお披露目会で着用する予定のワンピースだ。
その仕上げの装飾の刺繍とレースをつける依頼がエリカの雇先に舞い込み、エリカが請け負っていた。今回の品も、我ながら上出来だとエリカは胸を張る。
このワンピースを来た女性は、きっと輝くように綺麗だろう。それを想像するだけで胸が高鳴る。
「やっぱ綺麗だな」
不意に呟かれた言葉に、エリカは首を傾げた。包み布しか見ていないのに、綺麗とはいったい。
その様子にアルジは慌てて「何でもない」と手を振り、「今日も頑張ってこいな!」と元気よく送り出してくれた。
今日もアルジは元気でなによりだ。
エリカは微笑むと軽く会釈し大通りを進む。その後ろ姿を見つめアルジはぽつりと呟いた。
「ああ、やっぱり好きだなぁ。声が出れば嫁にって両親に言えるのにな……」
町一番の針子の美女。腕がよく誰にでも愛想がよいその美女の声を聞いた者は誰もいない。