三人寄れば文珠の知恵?
自分で言うのもあれだけど、私ってすごく優秀なんだ。
「お、釣れた釣れたー。って、ワカサギかー。小さいからあまりお腹いっぱいにならないや」
元気いっぱいなファントムちゃん
そしてちょっと抜けてる音廻ちゃん
そして天才な私。
加えて私はとっても耳が良いので……
(………あ、下から)
「! ファントムさん! 何かかかった!!」
「おっ、このしなり具合かなりの大物なんじゃないの!?」
「…………!?」
「に、人魚が釣れたァァァァ!?」
「―――釣ったことを謝ったのは良いけど、まさか釣れた衝撃で人魚さんが大切にしてた石が吹っ飛んだとはね……」
「えー、探さなきゃだめなのー? ひっかかった人魚が悪くない?」
「だめだよ、人魚さんを釣った私達が悪いんだから。私達が責任もって探さなきゃ」
「釣ったのは音廻じゃん」
にしし、怒られてやんの。
私は耳が良いんだ、人間以上の可聴域を持っているから、人間が聞こえないような音も聞こえる。
そう、たとえばさっきの人魚が大切にしていた石から聞こえる音とかね。
よほど大切にしてたんだろう、色々な感情が音となって聞こえてくるんだ。
「あっ、幻! どこに行ってたんだよ! 幻だけ逃げてずるいな!」
「私悪くないよね? ま、手伝ってあげるからさ。えっと………向こうから聞こえるな。さ、行こう」
「……洞窟?」
「本当にここに石があるの?」
「ろ、露骨に嫌な雰囲気がするね………」
……おかしいな、人魚の石以外の音が聞こえない?
コウモリくらいは居ても良いと思うけど……それに、いくらなんでも石がここまで転がってくる? まぁ、何もないってことは危険がないってことだし、こんなこともありえなくはないか……
「さっさと石見つけて帰ろうよ。さっき釣ったワカサギ食べたい」
「ま、まってよファントムさん!」
ああ、二人はすっかり冒険家気分か。たまにはこういうのも悪くはないね。
何も出ないとわかっているお化け屋敷なんて、何も恐れることはないんだ。
「……あっ、あったよ!」
ほら、もう終わった。あの角を曲がったところに人魚の石が落ちてる。
さて、とっとと回収してミッションコンプリート……
「…………あれ?」
冷静に考えておかしくないか? 洞窟の中に入ったってだけでもおかしいのに、その角にまで転がるのか普通?
「ちょっと待ってファントムちゃんそれに触らないで!!!」
「え?」
グサリ
「……あ?」
「あ、あ、あ………」
「い、いぎゃああああああ!!!? うで、うでが、ッ!! があああああ!!!!」
「あはは、釣れた釣れた♪ 小さな女の子三人釣れた♪」
だって、おかしいじゃないか!!
何も聞こえなかったんだ!!
何も居るはずがないのに!!
どうして!?
「まず、君から食べちゃうよ。今から脳みそにまで触手伸ばしてぐちゅぐちゅにして食べちゃうからね」
「やだ!! やだやだやだやだ!! 死にたくない死にたくない死にたくない!!!」
幻の聡明な頭脳はすぐにするべき行動を叩き出した。
『この場から逃げろ』
「うぎぃあああああ!! 腕からどんどん頭にまで入ってッ、が、あああああ!!!」
「ひ、ぃぃぃ………」
冬虫夏草。
あの化け物の姿を見て真っ先に思いついたのがそれだった。
虫に寄生するキノコ。あの少女のようなものから寄生虫みたいなのが生えて、ファントムちゃんに刺さって、釣れたって………
「……釣り?」
幻の耳は確かに良かった。しかし、それには欠点があった。
彼女の聞こえる範囲は、あくまで人間よりも広いというだけなので……
微かな、それこそかろうじて『生かされている状態』の音は聞こえないのだ。あまりにも、小さすぎて。
逃げるんだ、今はとにかく逃げるんだ。
自分の命のことだけを考えるんだ。
あんなの、私の手には負えない。
私にさえも聞こえない音なんて、どう対処しろって話!?
二人を置いてきちゃったけど
ファントムちゃんは強いし、音廻ちゃんはすぐに回復できるし
なんの問題もないでしょ!?
他人を助ける前に自分を助けなきゃ意味ないじゃないか!!
「早く出口に………ぶえっ!?」
通れ……ない?
そういえば、ファントムちゃんと音廻ちゃんとで魚を捕まえるための罠を作ったことがある。
魚は奥にある餌を食べようと入ってくるけれど、返しがついているから外に出ることはできない……
出ることが、できない……?
「うがああああ!! さっきからうぜぇんだよ虫ケラがあああああ!!!」
「う、ファントム……さん……」
「音廻! 私を抱えて走れ!! いくら雑魚の人間でもそれくらいできるだろ!!?」
「え………」
「早くしろ!! もう身体の感覚がなくて……首から下がよくわからないんだ!!」
「く、首から下って……神経やられたってこと? た、たすけなきゃ、あ、あんなカタツムリに寄生する虫みたいなやつから……あれ、でもにげられるの? わ、わたしファントムさんみたいに……」
「なにウダウダ言ってるんだよそんな暇あったら私を抱えろよォォォォォ!!」
て、いうか、雑魚って言われた……そもそもファントムさんを抱えて逃げるってことは私もリスクを抱えるってことじゃん。私だって痛いのは嫌だよ……いくら、ファントムさんが、私の……ともだ……
「……ごめんッ!!」
「……え、なんで、待って音廻!! そんなつもりじゃ、嫌だ見殺しにしないで―――」
「うわあああああああ!!」
「音廻!?」
「逃げるよファントムさん!!」
「なんで、愛想尽かしたんじゃ……」
「ファントムさんだって痛いの嫌でしょ!? それに、誰かを助けるのに理由なんて要らない、ただ『そういう気分になった』ってだけで充分なんだよ!!」
「ここで死んでたまるか……」
考えろ、このままじゃ脱出は到底不可能!
私一人じゃこの見えない壁は壊せない!
良いよそれは認めてあげよう、だって私ただのポルターガイストだもん!
だからこそ考える、どうやって逃走経路を見出すのかを!
「幻さん!」
「二人とも……」
生きてたのか……いやそんなことより!
「ファントムちゃん! 思いっきり銃火器を想造してこの見えない壁に穴開けてよ!」
「いや、無理だよ……ファントムさん重傷で身体がろくに動かないみたいで……」
肝心な時に使えないなこの子!
「あ……かべ、こわせば、いいの?」
「ファントムさん!?」
「だいじょ、ぶ、いま、ちょうし、いいから……」
ファントムちゃんの右手に顕現した小型のバズーカが一見何もない空間へと向かい、爆裂する。
「よ、よし! あの感じならきっと壁は壊れて………」
「は、はぁ……あ、あ……」
「ファントムさん、大丈夫? さっきまで身体動かないんじゃ……いや、とにかくここから出てお医者さんに診てもらおう!」
ファントムちゃんの、様子が……
「音廻……音廻音廻音廻音廻ェェェェ!!」
「あ、え、なに、ファントムさ、が、ああああ!!!」
真に恐ろしいことは、死ぬことより生かされることである。
「あの変なやつに殺されて寄生されたら、意識が乗っ取られる!? ファントムちゃんから、何も音が聞こえなかった!! 心臓の音も、血が流れる音も、呼吸の音も、その動きは生きてる者のそれなのに!!」
幻は理解してしまった。あの寄生虫に侵された者の末路を。
生かされ続けるのだ、その精気を吸い尽されるギリギリで残され、次の獲物を捕まえることに利用されるのだ。
(あんな化け物に成り果てるくらいなら……)
それは、己の尊厳を守るための行動。
自ら命を落とすこと。
きっと、二人が生きていたのなら、幻はすぐさまこのような選択を選ぶことはしなかっただろう。
ファントムは幻よりも戦闘面においては優れていたし、音廻はヒーラーとして素晴らしい人材であった。
ブレインとしての役割を持った幻が、二人を置いて逃げずに協力していれば、きっとより長くの時間をあの寄生虫から逃げられたはずだ。
三人のうち一番の無能だったのは、実は自分だったのではないか? あの寄生虫の音はあまりにも小さい、それは自分の力が無力だということを証明する。初めから三人一緒に行動していれば、あんな寄生虫くらい木っ端微塵にできていたのではないか。
そもそも、こんな危険に遭う前に、機会はいくらでもあったはずだ。この洞窟に入る前だとか、あの人魚を釣った時に、二人に情報共有をしていれば、こんなことにはならなかったのではないか。
二人を殺したのは、自分であると同義なのではないか?
「ゔ、ゔああああああああ!!!」
そう思った瞬間、喉から込み上げる何かが溢れ
幻は産まれて初めて自分を嫌悪した。
三人の中でいちばんひ弱な彼女が自殺なんて覚悟の要る所業ができるわけもなく
この洞窟の中でひたすら生き続けるのだ
今まで見下してきた、自分の友達と、それはもう、末長く末長く。