救国の英雄の弱点
柴野いずみ様のヘタレヒーロー企画への参加作品です。が、方向性が盛大にズレていますので、それを前提にお読み下さいm(_ _)m
彼、フライ・マウントは救国の英雄だ。
隣国に攻め込まれたとき、その圧倒的な兵力差を跳ね返して敵を破り、この国を守り切った英雄。それが、フライ・マウントという人物だ。
彼は人格も優れている。弱きを助け強きを挫く、という言葉をそのまま体現しているような人だ。男爵家という貴族家として一番低い家の出身だが、彼の強さと名声に誰も強く言えない。
その功績によって伯爵という地位を国王から与えられても、彼はそれに驕ることはなかった。現在は将軍として軍のトップの地位にあり、王家・貴族・兵士たちからの信望も厚い。
すでに結婚七年目。英雄となる前から結婚している奥方とは、まさに相思相愛。つい最近、四人目の子どもが生まれた。赤子のオムツ交換は得意技だと豪語し、奥方も概ねそれに賛同している。
強さも人格も兼ね備え、公私ともに充実して、人々に尊敬される男。それが、このフライ・マウントという人物だ。
けれど、と思う。
これを見たら、評価は一変するだろうなと。
「――おい、エイド」
「何でしょうか、将軍閣下」
「なぜ俺の食事に、にんじんとピーマンが入っている!?」
はぁ、とため息をついた。
「奥方様に、肉ばかりでは体に悪いからくれぐれも、と頼まれたからです」
「そんなの無視すればいいだろう!」
「私は正直者ですので、奥方様に直々に聞かれれば、素直に答えてしまいます」
「誰が正直者だ、誰が」
皿の上のにんじんとピーマンを、フォークでツンツンしている目の前の将軍を見つつ、ツッコんだ。
「少し前、子どもたちにどうしたら強くなるのかと聞かれて、好き嫌いせずに何でも食べることだと、言っていたのはどこのどなたですか」
「あ、あのな。まさか、肉ばかり食ってりゃいいと、言うわけにはいかないだろうが!」
「まあ、それを言ったら、世の母親を全て敵に回すでしょうね」
いっそそうなって、留まることを知らないこの男の評価が、急降下すればいいのに、と思ってしまう。
「いいからさっさと食べて下さい。午後の練習が始まります」
将軍はツンツンをやめた。
「……エイド、白状するとな。俺は妻が作った料理じゃないものを食べると、一日以内に死ぬ呪いに掛かっていてな」
「だったら肉も食べないで下さい。なんでそれだけは食べてるんですか」
「少しは騙されろっ!」
「どうやって騙されろというんですか」
ため息交じりに言い返して、もう一度早く食えと言おうかと思った時だった。
ノックとほとんど同時に扉が開いた。
「将軍閣下! 副将閣下! 魔物の襲撃です!」
「分かった」
将軍が立ち上がって走り出し、私もそれに続く。……残されたままのにんじんとピーマンは、しょうがないので見なかったことにした。
***
「なかなか数がいるな」
「将軍閣下、いきなり手を出さないで下さいよ。閣下が手を出したら、兵士たちのせっかくの実践練習が台無しです」
「これは練習じゃないだろう」
「そうですが、この程度で将軍に頼るようでは困るんですよ」
バキボキと指を鳴らして前に出ようとする将軍を止める。圧倒的な兵力差を跳ね返すことができた要因、それがこの将軍の規格外の強さだ。
けれど、それを当てにしてしまうと、兵士たちが成長しないので、その辺のさじ加減が難しい。とりあえず後ろに下がっていてもらい、兵士たちの指揮を執るのは私だ。
将軍も指揮できるのだが、この人にやらせると自分の強さを加味した上での指揮になってしまうので、兵士たちの出番が激減してしまうのだ。
よって、私は将軍を後ろに控えさせた上で、指揮をしていく。
数は多いが、兵士たちの練度が高いおかげで、問題らしい問題もなく魔物を倒していく。将軍の出番なく終わりそうでホッとしたときだった。
後方で兵士たちの動きに乱れが生じた。同時に将軍が前に出る。
「閣下!?」
「ちょっとアレだけ倒してくる」
「あれとは……」
聞き返したが、その時にはもう将軍の背中は遠かった。その姿は、乱れが生じている場所に一直線に向かっている。反射的に目で追って、気付いた。
襲ってきている魔物より、二回り以上大きい魔物がいた。群れのボスだ。強さも、他の魔物と段違いだろう。
将軍がその魔物と向かい合っている。……と思った瞬間、その魔物が横倒しになったのが見えた。
「あっという間だな」
遠くから見ただけでも、かなり強そうだったというのに、それを一瞬で勝負を付けた。本当に強いのだ、フライ・マウントという男は。
兵士たちが歓声を上げるのを見つつ、魔物を殲滅すべく指示を続けた。
***
「やれやれ、怪我人だけで死者が出なくて良かったな」
「そうですね」
午後の練習は実践へと変わってしまったが、問題なく治る怪我人だけで済んだのは、不幸中の幸いだ。
ひとまずやることを終えて元いた天幕へ戻ると、そのテーブルの上は私たちが飛び出していったときのままだった。まぁここに侍女なんてものはいない。将軍だろうと兵士だろうと、自分のことは自分でやるのがルールだ。
よって、当然ながらお皿に乗ったままのにんじんとピーマンもそのままなのだが、それを見た将軍が固まっている。面白くて凝視していたら、やがて動き出した将軍がゴホンと咳払いした。
「帰るぞ」
「野菜を残すのですか?」
「……いいから帰るぞ」
「かしこまりました。では、奥方様にそのように報告させて頂きます」
「だから言うんじゃないっ!」
半泣きの将軍の叫びを聞いたのは、残念ながら私一人だ。
こうして城外での練習を終えて街へ帰還し、私は業務の一つとして将軍を家まで送り届ける。
その家は救国の英雄とは思えないほど、こじんまりとした家だ。貴族というよりはむしろ一般人の家に近い。将軍は元々男爵家の次男だし、奥方は平民だ。召使いなどもいない、本当に普通の平民の生活を送っていた。それは伯爵に出世しても変わっていないらしい。
「お帰りなさい、フライ」
「ああ、戻った」
「エイド様、いつも主人がお世話になっております。よろしければ食事を一緒にいかがですか?」
いつもの奥方のお誘い。私はチラッと将軍を見てから頷いた。
「ええ、ぜひお願いします」
奥方は将軍の幼なじみで、とても料理上手な女性だ。……というか、野菜を食べようとしない将軍のために、奥方が何とかして食べさせようと、小さい頃から料理の腕を磨いてきたとか何とか。
そのせいなのかは知らないが、将軍も奥方の料理だけは何でも食べる。
「本日の昼食、将軍閣下は野菜に一切手を付けていませんので、野菜多めがよろしいかと」
「あらまぁ」
「だから、なんで言うんだよ、お前はっ!」
救国の英雄、フライ・マウント。そう呼ばれるにふさわしいだけの実力を持ち、人々から尊敬されている存在である。
このどうしようもない野菜嫌いは……知られぬ方が、多くの人々にとって幸せなことだろう。