鬼女の夜 寄生
「… た … すけ、て」
人の気配に手を伸ばし
「誰か」の手を掴もうとする指先は 空を探った
― 生きてるのか?
「…
口は微かに動いたが 声は出なかった
たすけて
― いや 駄目だ。もう死ぬ。
うそよ いきてるわ
― なら、放っておけ。行くぞ
いかないで …
滲んだ灰色の世界が 静かに閉じてゆく
上半身の蜘蛛女の腕から生えている、蜘蛛脚の先の鎌が 未来の心臓を突き刺した。
はためく金色のマントから鋭利な先端が飛び出し 引き裂かれたマントは、ジャグリングナイフに姿を変え 我勝ちに標的を目掛ける。蜘蛛女は背後から長い鞭を伸ばし、鋭い金属音と共にナイフを弾いたが
其の時には、柄頭が星球型になった棍棒が振りかぶられ 至近距離に現われた未来を切断しようとした蜘蛛女の腕の鎌は叩き飛ばされていた。
腕の断面から 未来に向けて血と共に噴き出された長細い蟲が、黒い鎖に貫かれて四散する。
「御礼なんて言いませんからぁ!!」
「要らないわよ!!」
鬼女の行動が善から来るものなのか、悪から来るものなのか 恐らく 甜伽には一生区別がつかない。けれど
未来は 甜伽を二度も助けてくれた。唯の気紛れだとしても、結果に代わりは無い。
自分の口から素直に礼は出て来ないが 恩を仇で返したりはしない。
見た目にも重そうな柄頭の付いた棍棒を、未来は軽々と振り回し 矢継ぎ早に攻撃する脚は、未来の白い肌に一筋の傷さえ入れられずに弾き返されている。
蜘蛛女は 未来の周りを羽ばたくハトの大群に攪乱されていた。切り裂けば、撒き散らされた羽根の数だけ新たなハトが生まれて来る。頭部を執拗に狙う、ハトの無間攻撃にも、蜘蛛女は簡単に接近を許さず 背中から次々と鞭を伸ばして来ては叩き落とし 烈しい攻防戦が続いていた。
長い黒髪を捻っただけの蜘蛛女の鞭は 棍棒の棘に絡め取られて、ぶちぶちと千切られたが 其の度に、千切れた髪と共に寄生虫の雨が降り注ぎ ぐねぐねと蠢く蟲が川のように地面を流れ始めている。
此れでは降り立つ訳に行かず、夜彦丸は瓦礫の上を駆け回り 甜伽は化猫の背の上から何度も鎖を放ったが
駄目だ
届かない
千手の鎌と鞭に阻まれ 思うように攻撃出来ない。足場が安定しない為、鎖は後一歩のところで標的から逸れていき あまつさえ、弾かれた鎖が唸りを上げて自身に向かって来る。
「痛ッ …!!
自分の攻撃にやられている様では、世話がない。
突破口は未だ開けず 焦燥感に追い詰められて、心が折れそうだ。
其れでも「回収屋」なの?
此の役立たず
未来の方でも、張り巡らされた蜘蛛糸にかかれば居所は直ぐに割れる為 幻影の中に潜んで奇襲を仕掛ける御得意の戦法を捨てていたが 姿を現すと、勇猛なアマゾネスも凌ぐ戦い振りを見せていた。
長い蟲の大群は散らばった鎌蜘蛛の死骸に群がり キチキチと耳障りな声で鳴いている。
「またですかぁ?ウザいんですけどぉ!!」
振り上げた未来の棍棒に、あらゆる方向から伸びて来た蜘蛛糸の先端が、吸盤の様に貼り付き びん、と引っ張られた未来は、其の姿に似合わぬ怪力で引き剥がそうとしたが
「わあ!!」
突然、蒼い炎が烈しく爆発した。
え ?!
「… っ 緋前さん!!」
甜伽の心配を余所に
「そんな畏まった呼び方、やめて下さぁい!」
未来は燃え盛る蒼い炎を割って高圧的に現われるも
蜘蛛の糸が導火線の役割を果たし、蒼い炎が爆弾となって未来を襲ったのだ。
蒼い炎?
真逆
「やっかみちゃん、やっと気付いたんですか?
「仕方無いですね
「じゃあ、みくるんが本日のハイライト、此方のマガイモノコラボをご紹介させて戴きまぁす♡」
棍棒をマイクに変えた未来は、番組の司会者気取りで片手を上げ
「さぁ、よーっく御覧下さい!
「何と、寄生してるのは実は鬼の方なんですよぉ~?」
死蟲の鳴く夜闇に 嬉々とした声を張り上げて蜘蛛女を紹介した。
陽射しが鋭利な刃となって 躰を刺し貫こうと
冷たい風が 躰を切り裂こうとも
痛みには慣れていたから 少年は独り 其処に居た
眠るのが怖いから 其処に立ち尽くし 少年を捕らえる廃墟の黒い檻が 下りて来るのを見ていた
明日になれば
もう 此の世界の何処にも 「自分」は居ないかも知れない ―
「さっきからスゲー没頭してんじゃん
「面白い?ソレ」
一段上の瓦礫に しなやかな体で豹の様に寝そべる祀貴に
「んー…? まぁまぁ」
慧は本から目を離さずに答えた。
「読んで」
上から気怠い猫撫で声が降って来る。本に興味があるのではなく 俺様系の口は何に対しても我儘を言う様に出来て居る。
「… 殺し屋に転生したらターゲットが第一王女に転生した元カレで第二王女の今カノが黒幕
慧がタイトルを読み上げ出すと
「長い長い長い」
祀貴は途中で遮った。
「タイトルで大体ハナシの想像つくわ」
暑くて眠れないのか、雪鬼は不機嫌だ。
それぞれのリュックに入っていた退屈凌ぎの本は 割と的を射ていた。
級友はつまらなさそうに見ていたクロスワードに熱が籠もり始め 堕鬼は其の体に凭れて眠っている。
廃墟で夜に眠るなど 死をも恐れぬ行為だ。
其れが出来るのも、仲間に「鬼」が居るからだが 軽薄に見えて 互いを信頼し、助け合える。何時の間にか 自然に繋がっていた。
不思議な絆で 四人は結ばれている ―
「で、明日如何する?」
言う間でも無く 手持ちの食糧は早々に底をついた。地図の通りに目的地に向かえているのか分からない。辿り着けるのかどうかさえも疑わしい。なのに
状況を真摯に受け止め、打開策を提案する者はなかった。
口のきけない堕鬼が、憐憫の目で慧を見ているだけで 問題児の二人は既に寝落ちしている。
「…
「マジでどーっすかなー、此奴ら」




