鬼女の夜 襲撃
「ついて来ないで!」
幾ら全力を出して疾走しようと、「鬼」を引き離せる筈もなく 其れは仕方が無いとしても 並んで走る小馬鹿にした蒼い目は癪に障る。
「何言ってるんですかぁ?
「やっかみちゃん、ちょっと自意識が過剰気味なんじゃありません~?
「さっきも言いましたけどぉ、みくるんは行方不明の生徒を探しに来てるんです
「廃墟の新顔さんにご挨拶に来たんじゃありませんからぁ
「行き先が一緒だからって、別に協力はしませんよ?」
息も切らさず、遠慮の無い厭味を頭から浴びせて来る未来に、甜伽は鬼の形相で迎え撃った。
「こっちこそ貴方の協力なんて願い下げなんですけど?!自意識過剰なの?!」
「邪魔になるからついて来るなって言ってんのよ!!」
たった今迄
真横で戯けていた少女の体に無数の切れ目が入り 迸る血で甜伽の視界は朱に染まった。切断された体が、ばらばらと地面に落とされる。暗闇に転がって行く桜色の頭部を 声も無く 茫然と見ていた。
鎖を持った自身の手首が 眼前を過ぎって行くのを見ていた。
え
だるま落としの様に 飛ばされた四肢と胴体が 紅い血の海に沈んでゆく ―
私 死ぬの?
こんな所で
まだ 何も果たしていないのに
嫌だ まだ死ねない
まだ死ぬ訳にはいかない
お姉ちゃん ―
「甘いわね。そんな簡単に殺られたりするもんですか!」
飛ばされた甜伽の右手から体が生えて 堂々たる台詞と共に甜伽が起き上がった。其処彼処に散らばった体は足りない部位を補うと、威勢良く立ち上がり 甲高い鬨の声を上げる。何度切断されようとも 切断されれば、された分だけ血気盛んな甜伽が増えてゆき 瞬く間に 甜伽の一個小隊が出来上がっていた。
無間の悪夢を見ている様だ。
「レディース&ジェントルメーン!!
「さぁさぁ、御覧下さぁ~い♡切っても切ってもやっかみちゃん
「今日は何時もより多く出て来てますよぉ?」
アハハハ と然も愉快そうな口上が笑い声を伴って、闇の何処かから響いて来る。
「ちょっと!巫山戯ないで!
「他人の体で遊んでんじゃないわよ!!」
呆気にとられて開き放しになっていた口から 何時もの虚勢が飛び出した。
未来の「幻影」だったのだ ―
安堵すると共に、助けてくれた未来に内心では深く感謝していたが 性格上、言葉には出来なかった。
「別に遊んでませんけど~?
「やっかみちゃん、今日は眩惑灯も持って来てないんですかぁ?
「お道具箱忘れてお仕事に来るとかサイアクー
「幼稚園のコだってもっとちゃんとしてますよぉ?」
正論をほにゃららとした言葉でぶつけられ 怒りのやり場も無いが
鎌蜘蛛?
幻影の甜伽は鎌蜘蛛の大群に襲われていた。幻影の中には未来の武器が混ざっているらしく 猛進する甜伽の軍団が鎖を振り回すと 穢れた大地は黒い死骸で満たされていった。
ギン!
本物の甜伽の鎖が鎌を弾く。
幻影の甜伽が声と動きで惹き付けてはいるが 鎌蜘蛛は暴徒の様に押し寄せ、蟷螂の様な鎌を盲滅法に振るった。
反論の余地もない。実力の無い回収屋でありながら、何の道具も持って来なかったのは職務怠慢でしかなく 鎌蜘蛛に襲撃されるまで気付けなかった。未来が居なければ 今頃 地面を埋め尽くしていたのは、自身の体であったに違いない。
― あんたはいつまでそうやってしがみついてるの?
そんなに 鵺杜守の名前が大事?
「うるさいうるさい!!放っといてよ!!
「誰にも、文句なんか言わさせないんだから!!」
甜伽の黒い鎖が砲弾の様に鋭く鎌蜘蛛の群れを貫き 真っ直ぐに伸びた鎖が撓むと、半円を描いて横に薙ぐ。ばら撒かれた黒い塊を夜彦丸の炎が燃やし 自身の心と連動する炎は、赤々と耀いて 闇の中に燃え盛った。
鎌蜘蛛は音と動きに反応する。
闇の中に潜み 不運な獲物を狩るだけの化け物で、群れを成せば厄介な事は確かだが 《《己の身を顧みずに襲って来る》》程攻撃性の強い化け物では無い。死なば諸共 とばかりに進撃して来る等、其処までの気概は無い筈だ。
何なの?此奴ら
まるで 「何か」に体を乗っ取られているかの様な ―
鎌蜘蛛の一群を薙いだ鎖が弧を描いて戻って来る。先端は甜伽の脇を抜け、背後の鎌蜘蛛を貫いた。
「た … たすけ て
「… ! 誰?!」
黒い異形の中から、不意に聞こえて来た女の声に驚き 甜伽は素早く辺りに目を走らせた。
パキ
乾いた音を立てて、黒い死骸を踏みしだき 朱赤の制服を着た、血塗れの少女が姿を現した。
白い手が 甜伽に向かって伸ばされる。
紅黒い血がくっきりと鮮やかに浮かぶ程 白い肌をした少女は、潤んだ黒い眸から大粒の涙を溢し
「助けて
「痛い 体が 痛いの
「怖いよ … 此処は嫌
「お願い 助けて
哀願する其の声が 甜伽の心を捉えた。無意識に手が伸ばされる。
「た
救いを求めた少女は 甜伽の目の前で着飾った象の足に踏み潰された。
「まだ始まったばっかりじゃないですかぁ
「そんなつまらない事言わないで
「みくるんと楽しく殺し合いましょうよぉ♡」
可憐な鬼女はうっとりするような愛らしい笑みを魅せると
「此処からが見せ場なんですから
「見逃し厳禁ですよ~?しっかり目に焼き付けちゃって下さぁい♡」
冷たく冴える蒼い目に 鬼の本性を表した。




