鬼女の夜 未来
甜伽の前に現われた二体目の鬼は 桜色の艶やかな長い髪、ほっそりとして均整の取れた体付、くりっとした目も愛らしい美少女で 清楚な雰囲気を醸し出してはいるが
「やっかみちゃんこそ、今日は「玩具」はどーしたんですかぁ?
「あんまりムリしない方が良いですよぉ?」
蒼蓮会魁邏の長 緋前 咸
其の養女 未来
悪びれる事も無く 先程の行為は唯のじゃれ合いでしかない、と言う認識は如何にも「鬼」らしい。甜伽が命を落としたとしても 此の鬼女二人の心には 見事なまでに何の罪悪感も芽生えないのだ。
「やっかみって何よ!変な渾名浸透させないでくれる?!」
耳まで紅潮させて怒りを噴火させた甜伽に
「わ~瞬間湯沸かし器!」
未来はアハハハと憎たらしい程、朗らかに笑って返した。
「うっさい!!
「さっさと帰んなさいよ!」
「劇の練習」と言ったのは、其れこそ甜伽の皮肉で 此の地は未来の居住地から大きく外れた場所に在る。何故此処に居るのか分からないが ―
「其れはこっちの台詞なんですけど~?
「眞輪ちゃんと夜更けのデートなんて 天が赦しても此のみくるんが許しませんから!」
又しても見えない外野から未来に惜しみない声援が送られ 口笛から拍手まであらゆる賛辞を余す事無く披露してくれた。
甜伽の険悪な顔付きは、煩わしさにどんどん深まってゆく。其の一方で 本気で其れが理由なのだとしたら
「… へー、そう」
冷めた目で見るだけの事だ。
「あー、ひょっとして馬鹿にしてます?」
未来は大袈裟に頬を膨らませ、怒っている風な表情を作ったが 本当のところは如何なのか 鬼の本心など分かったものではない。特に未来の場合、見せているのは御得意の営業スマイルで 本心を曝け出す気等微塵もない、と蒼い目が嘲笑して来る。
「ま、其れはさておきましてー、
其の言葉を皮切りに、サーカス会場は消え失せ 未来はワンピースタイプの制服姿に戻った。
「此の辺りで朱女の生徒が彷徨いてるって報告があったんで~ みくるんが学院を代表して事実確認にやって参りましたぁ♡
「やっかみちゃんもそうじゃないんですかぁ?」
そう問う未来の蒼い目は全てお見通しだと言っている。
甜伽は答えなかった。
魁邏のシマ内にある黎明天生学院は「朱赤」と言い 通称は「朱女」、黎明天生学院唯一の女子校だ。
何処の学院にも「鬼」は居るが 一学年に一人でも居れば良い方で、学生達は人間か「鬼眼」を持つ鬼子が大半を占めている。
其の「鬼」が《《彷徨いているだけの》》学生を唯取り締まる為だけに、代表という名目で来たとなると ― どうやら篝の報告通り、ただ事では無さそうだ。
「あ、そーだ
「ちょっと一息入れません?」
手品の様に未来の手にパッとフルーツタルトの小山が現われると 甜伽は眉間に皺を寄せ、疑いの眼差しを向けた。
未来は「幻影」を操る鬼であり 今の自分には其れを見破る術がない。
「じゃーん!
「みくるん特製フルーツがやば過ぎタルトー♪」
何故 ― こうも 鬼女とはお菓子を作る生き物なのだ。出刃包丁でも研いでいてくれた方が余程似合うのに。家事全般が不得手な自身との差が悔しくて 甜伽は内心鬼女にやっかんだ。
「はい、眞輪ちゃん。あーん♡」
未来は早くも眞輪に迫り 手にしたタルトを口元に持っていく。其の姿を苛つきながら見る事に気を取られていたが
きゃああああああ
「きゃーっ?!」
唐突に耳を突き抜けた悲鳴を 甜伽の悲鳴が追いかけた。
「な、何今の?
「誰よ!何処に居るの?」
辺りを見回して問い糾すも 廃墟はだんまりを決め込んで、何もなかったかの様に静まり返っている。
「… って こらーっ其処ー!
「何寛いでんのよ!!」
ぐるりと一周回って見れば 鬼女二人がタルトを頬張り、むしゃむしゃやっている姿に行き着いた。
「え~? だってぇ
「廃墟で声上げるなんて、おバカさんかおバケさん位しかいませんよ~?」
確かに未来の言う通りだ。
廃墟を知っている者なら 決して声など上げはしないだろう。例え 命の危機に瀕しても、そんな真似をすれば「何」が来るか分からない。助けを得られる可能性は極めて低く 自身の死期を早めるだけだ。
同時に 廃墟で生きる者に情けをかけるのも危険な行為と言える。其れは 情けが仇となる事の方が常だからで こんな事に干渉している様では簡単に欺かれてしまう。
大凡に於いて 廃墟での悲鳴は仕掛けられた「罠」でしかない。
其れを待っていた。
「行こう 夜彦丸!」
甜伽が声の主を求めて鎖を片手に走り出すと 夜彦丸はぶにゃあんと応答し、跳ねる様に駆けて後を追い
「あー!やっかみちゃん、ずるいですぅ~!
「抜け駆けしないで下さぁーい!!」
本心からとも、上辺だけともつかない怒声を上げながら、未来も駆け出した。
「…
残された眞輪は 暫く其の場にぽつんと一人佇んでいたが
「つまらないわ …
そう言うと 背を向けて歩き出し、深い闇の中へと吸い込まれる様に姿を消した。




