鬼女の夜 サーカス
「何でこんな所まで来たのよ」
「原付で来たわ」
「違うわよ!何しに来たのかって聞いてんのよ!!」
「止まらなかったの」
話が今一つ噛み合っていないが 要するに 原付のブレーキの位置が分からず、此処までノンストップで走って来て、瓦礫に突っ込む事で強引に止めたらしい と言った所か。
「貴方に原付なんか必要ないでしょ」
眞輪には専属の付き人が居る。にこりともしない厳格な男で 主を一人で登下校させる様な真似などしそうもないのに。
「そうね
「だから、借りたの」
甜伽の原付は二人乗り仕様ではなく 夜彦丸の入ったリュックは眞輪が背負っているのだが 借用にあたって有利な肢体を背中に感じている身としては 其の言葉も強ち間違いではないのだろうと納得せざるを得ない。
眞輪の家まではまだかなりの距離がある。此の儘送るのは構わないとしても 何れ廃墟を抜けて街に出なければならず 二人乗りの違反を警察に咎められる様な事態に陥るのは困る。
如何したものか と考え倦ねていた甜伽は
「ん … ?
「ええっ?!」
完全に通り過ぎてから、体を捻って思い切り振り返った。
月明かりも届かない、闇に沈んだ死の街で バルーンアーチをくぐったのだ。取り取りの派手な色彩が目に入ったが 俄には信じられなかった。
「きゃああああっ?!!」
更に 原付は道路ではなく、崖淵に掛けられた細いロープの上を綱渡りよろしく疾走している。
「何此れーー!!」
乾いた砂埃を舞いあげて急停止した 刹那 辺りは漆黒に包まれ
「っ!!
白白と光る巨大な両刃の剣が 闇の中から特急列車が走り抜ける勢いで突き刺して来た。
夜彦丸が咥えて来た鎖を手にすると 次に迫って来た剣を目掛けて放ったが 鎖は剣を弾く事なく闇を突き抜ける。
「え?!
剣が幻だと安心するのは尚早で 斜め上方向から迫って来た剣先は がぎん と言う鋭い金属音と共に、眞輪の円刀に弾かれた。
「く …っ!
どれが本物か分からない。鎖以外の「道具」は部屋に置いて来た。
馬鹿みたいな事だが ― 自分の「力」だけで戦いたかったのだ。
鎖の竜巻を起こし、至る所から攻めて来た剣を、幻も含めて一挙に弾き飛ばす。
二人を閉じ込めていた剣刺しマジックの箱の面が、バタンと倒れて開くや否や 爆発的な喝采が上がり、大量の煌めく金銀の紙吹雪が纏まってどさっと頭上から落ちて来た。
「きゃあ!
「何なのよ、もう!!」
縦横に走るスポットライトに照射され 怒りに火がついた目は、見えない観衆の中に「実体」を探す。
「あれは何?」
眞輪の問う声には動転もなく 其れだからと言って愉しんでいる風でもないが 好奇心だけはくすぐられた様で、無邪気な質問をして来た。蒼い目が見ているものに答えるだけなら問題は無い ―
ジャグリングしているピエロだ。
上下する幾本もの短刀が不穏な光を放っている。
甜伽はすかさず応戦体勢に入ったが 短刀はピエロの手から外れ、真っ赤なもじゃもじゃ頭に連続してどすどすどすと突き刺さった。衝撃の光景に唖然としていると 噴水の血を出しながら、ピエロは空気の抜けた風船の様に萎んでゆく。高く上がった血が円を描き、燃え盛る巨大な火の輪に変わった。
何もかもが巨大過ぎ 自身の体が縮んで、玩具の世界に放り込まれたかの様な錯覚を起こしそうだ。
火の輪の奥から 巨体が放つ地響きを伴って「何か」が走って来る。潜り抜ける寸前 蒼い炎を纏った円刀に真っ二つに裂かれた。円刀は其の儘、火の輪の奥に消えたが
「嫌だ 外したわ
「気を付けて」
淡々とし過ぎる言葉の意味を推し量る間も無く 眞輪の円刀が返されて来た。
「ぎゃーーーっ!!?」
気が付けば、火の輪に挟まれており 反対側の火の輪からワープして返って来た円刀が、大きく弾みながら転がって来たのだ。
円刀は甜伽の体を僅かに逸れたが ギロチン宛らに眼前に落ちて、心臓を飛び上がらせ 再び巨大な火の輪の奥に消えて行った。
眞輪はと言うと しゃがみ込んで縮こまり、弾みの間隔を上手く利用して躱していた。
「何やってんのよ!あんたの武器でしょうが!!」
頭の中にまで反響する激しい動悸が感情を爆発させる。
「其れはそうだけど」
熱くなっている甜伽に対し 眞輪はそんな事を言われても困る、と書かれた冷淡な顔で答えた。
「眞輪ちゃんへの暴言はやめて下さぁい!
「お仕置きしちゃいますよー?」
白光のスポットライトを浴びて、魔術師のサーカス衣装に身を包んだ少女が 何処かで聞いた風な台詞を通りの良い声で張り上げると 再び見えない観衆から、あの態とらしい喝采が湧き起こり 一面に紙吹雪が舞い飛んだ。
「何だ 緋前さんじゃない
「こんな夜遅くまで劇の練習なんて、大変ね」
甜伽の激昂は瞬時に冷まされ サーカスの演目に対する不興を、すげない態度で示して見せた。




