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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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サビ子

天井から落ちて来た瓦礫が、通路に積み重なっているだけで 闇はしんとしている。

用心深く辺りを確認してから瓦礫の間を抜けた。

がしゃん、と言う金属音が耳に響くと同時に 弐弧は短い苦痛の呻き声を漏らした。

悲鳴は上げない。廃墟で暮らしていれば、自然と身に付く習性だ。

日々死の危険と隣り合わせの世界で 窮地を周りに大声で知らせる様な馬鹿な真似等しない。

右足に喰らい付いた獣用の罠も 何度か見かけた事がある。

「虎挟み」と呼ばれる物だ。

見た事はあるが、解除の仕方は知らない。「開け方」なら分かる。

ネクタイを咥えて口を塞ぎ、刃に気を付けながら 渾身の力を込めて罠を開く。

罠はかなり古い物で、少しばかり口を開いただけで音を上げ 呆気なく壊れた。

ぼろぼろに錆び付いている癖に、威力は失われておらず 罠から抜け出た右足は、骨こそ折れなかったものの 傷口からどくどくと血が溢れ出し、声を上げない様に意識を集中する必要があった。

廃墟では日常的に「狩り」が行われており こんな旧式な罠も珍しくは無い。単純な物の方が時に効果がある。

置き去りにされ、朽ちる前に 罠としての役目を果たしたのだ。此奴も本望に違いない。


前方に目を遣った弐弧は 先程の「もの」がやはり人間であると確信した。

頑丈な鎖が幾重にも体に巻き付いていて まるで木乃伊だ。

見えている肌は色を失い 既に生気は感じられない。

色褪せた血溜まりの跡が地面に広がっていた。

俯せに倒れているのは 弐弧と同じ年頃位の少年らしかった。

何時から此処に一人横たわっていたのか。


冷たい床の上で ひっそりと息絶えて ―


破れた服 汚れた足には靴もなく、髪も散切りであった。

此の少年が 此れ程迄に残酷な目に遭わされなければならなかった理由等、考えるだけ無駄な事だ。

廃墟ではどんな悪逆無道も罷り通る。

余りにもむごい少年の姿に 一時的とは言え、恐怖を忘れる事が出来た。今は冷静に判断出来る。

其れに 少年には悪いが、少しでも気が紛れるのは有り難い。 

咥えていたネクタイを吐き出し、右足を引き摺りながら少年の傍らまで来ると 片膝をつき もう息をする事もないだろうが、頭の鎖から解きにかかった。

鎖を手にした弐弧は、どきりとして其の手を止めた。此の中に在って、錆一つなく 手入れが施されている。


虎挟みは

事によると 此の少年を捕らえる為に設置されていたのではないか。違和感を与えない様に、敢えて錆び付かせておいて ―

そうだとしたら 放置されている理由が分からない。「獲物」を捕らえておきながら、「狩人」は何処に消えたのだろう。


少年からは血の臭いも腐臭もしなかった。亡骸は新しくもなく、古くもない。

解いた鎖の隙間から、少年の顔が覗き見えた。右側頭部に致命的な傷がある。

即死か ― 苦しまずに済んだのが、せめてもの救いだ。

顔中血塗れだった。伏せられた長い睫にも、血がこびりついて固まっている。

此れだけの傷を負わせられているのに 其の顔は ただ寝ているだけかの様に静かであった。

首に絡まった鎖に手をかけた 刹那

手の甲に湾曲した鋭い刃が突き刺さった。

「 … っ!

悲鳴を飲み込んで 反射的に手を引き抜く。


「茶々丸、見ーつけた♪」


闇から生まれ出でた黒い躰は 血の染みた、布きれと化した衣服を纏い

横たわる少年など目にも入らぬかの様に踏み躙った。

日焼けした肌、緩いウェーブの錆色の髪 そばかすのある顔

其の醜く歪んだ左半面にある巨大な紅い眼が 濁った光を闇に滲ませている。


― サビ猫女


縦長の瞳孔に じっとりと光る紅い目。

歯は虎挟みの様にぎざぎざに尖り 口は頬肉を裂いて、左側頭部にある錆色の猫の顔へと繋がっていた。


「こんなとこに居たんだあ」


― もー!探したんだよ?!


「如何したの?」


― 心配したんだから! …って、茶々丸、大丈夫?


「あたしが分かる?茶々丸」


― 頭痛いの?

   サビ子

― また 怖い夢?

なんも怖くねーし

   怖いんだ

― あはは。そう言うと思った。

  そうそう、其の調子!

   眼が

― 怖い夢なんか、笑い飛ばしちゃえば良いんだよ


   紅い眼が 俺を探してる


「今まで何してたの?

「ブッチ、死んだよ

「殺されちゃったの

「変な女の子が居てさ

「気付いた時には もう、遅かったの

「あたし達 ― 殺されちゃった

虚に微笑みながら、サビ子は淡々と話し続けた。

「茶々丸が悪いんだよ?

「茶々丸が、あたし達を見捨てたから


― 如何して?

  如何して、此処から出て行きたいの?

  あたし達と居るのが、嫌になっちゃった?

はあ?!馬鹿、そんなワケないだろ!


    俺を 殺そうとしてる


「此処に来るのだって、罪滅ぼしのつもりなんでしょ?

「ブッチが病気でずっと苦しんでた事も知らなかった癖してさ


『何で来たの?』


「勝手に出て行っといて、いい気なもんだよね

「偶に顔見せたら、其れで許されると思ってるんだから


『早く此処から出て行って』


「でもさあ、良かったじゃない

「此れでもうあたし達に気兼ねする事もなくなったんだし

「覚えてる?ブッチの口癖


― 時化たツラばっかしやがって、俺達みたいなのに明日が来るなんてのは 奇跡中の奇跡だぞ

  今くらい楽しめ 


― 悔いのないように生きろよ、茶々丸


「あたし達の事なんか、綺麗さっぱり忘れて

「アンタはのうのうと一人だけ楽しく暮らせば良いんだよ

「ねえ?


「アンタの所為で、又 次の誰かが死ぬ事になるだけなんだからさあ?!!」


右半面のサビ子の顔が怒りに燃え 血走った目が大きく見開かれた。

恐怖も傷の痛みも、感じない。心臓が苦しい程に締め付けられる。

サビ子の声。サビ子の顔。


三人で外の世界に出たかった。

けれど ブッチの意志は固く


仕方無かったんだ

此の儘、俺が此処に居たら お前らまで


同じ様に 自分の思いも、もう譲れないものになっていた。


    俺は 紅い眼に殺される ―


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