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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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フラグ

虚言に惑わされる事無く 恐怖に打ち勝っていれば 藁人形に遊ばれているだけだと分かっただろう。


あの時点では 少年は自身の「力」が、巨人の「心臓」を狙う意味をまだ把握しきれていなかった。

其れも仕方無い。

心が定まらない儘、闇雲に攻撃を続ける事の危険性を分からせる為に 少年の「力」は行動を促したのだろうが ― いきなり「心臓」を攻撃させると言うのは、余りにもぶっ飛んでいる。

少年の内にある豪胆な「声」は 如何にも黒鬼が好みそうだ。


揺るが無い心が巨人を斃す


《《恐れずに》》撃て 少年の「力」は そう鼓舞していた。

若し、首尾良く二発目で「心臓」を撃ち抜いていたなら 何も起こらない事が分かり

男の言う「呪い」を、自身の「声」を 今一度再考していただろう。


何処を撃とうと、現時点では痛み分けでしかない ― 呪われてしまった以上、此の巨人を斃すには 完全に繋がる事で「自分」が死ぬしかないのか

全ては 男の言葉だけだ   噓だと分かっていながら 何故、未だ男の言葉に縋り付こうとする?


何が「呪い」だ

惑うな  自身の「声」を聞け

「自分」を信じろ


「呪い」と言う言葉に踊らされていた「自分」を立て直し 内なる「力」に任せて攻撃すれば 藁人形など、唯の玩具だと知れたのだ。

自身の手で「心臓」を攻撃させようとしている と迄は感付いていたのに 天秤は心の「声」ではなく、男の虚言に軍配を上げてしまった。故に効力は加速し、少年が思う通りに「心臓」は急所となり

堕鬼が心臓を破壊して斃したが為に 誤った考えは一層拍車を掛けた。

無論 其れは少年の所為だけではない。

此方が少年の「力」を見くびってはいなかったからだ。

あのお調子者に任せていたら、簡単に形勢逆転されていたに違いない。


曽ての級友を敵対させ、心の拠り所だった堕鬼を死なせる事で 少年の脆い心を追い込んだ結果 狂乱に歯止めがきかなくなった。

我に返っても負の念から抜け出せず 一体 後、何発で藁の巨人と完全に繋がるのか ― ロシアンルーレットの様に 迫り来る恐怖に怯えながらも、自暴自棄の「死亡フラグ」を自ら打ち立ててくれたのだ。


反対に 堕鬼は賢くも此の絡繰りに気が付いた。

痛みに怯んだものの、烈しい怒りが恐怖心に勝り 其れでいて、自身が熱気を帯びれば帯びる程に、同等の威力で跳ね返される事も 何が此の巨人の原動力になっているのかをも、冷徹に解き明かした。ひいては、両者が固執する「心臓」を穿つ事で、百鬼弐弧の「力」が示す真意に辿り着き 男の目論見を見破るに至った。


其の時には既に遅く、呪いに囚われた百鬼弐弧を救うには 「元凶」を斃すしかなかった


凌駕する「力」が、自らを焼き尽くす事になったとしても 此の堕鬼は決断を実行に移しただろう。

「劫火の鬼」と「呪われた心臓」 其のどちらが消滅するのか 最高潮に迄達した此の結末は実にあっさりと終わりを迎えた。


黒鬼 伯城鷹主


見る者を殺す 其の蒼い目が、一瞬にして百鬼弐弧から魂魄を奪い 巨人とのリンクを断ち切ったのだ。


少年の「声」が、少年と完全に繋がる 未来は もう直ぐ其処まで来ている ―


血に濡れた長い黒髪をずるずると引き摺りながら 憑かれた躰は幽鬼の様に 乾いた白い大地を彷徨い歩く。

点々と続く血の跡は 「闇」へと誘い 少女の紅い眸は 残虐な「死」を齎す。

黒い蝶が列を成す 其の先に 音も無く現われた男が、同じ紅い眼で少女を見る。

少女は男を見返し 口を大きく裂いて笑んだ。




ほんと、男なんて軟弱な生き物なんだから


百鬼弐弧、新那慧、皇祀貴 ― 十番街の話は疾うに篝から聞き及んでいる。

其れにしたって。

そんな戦いがあったとは露も知らずに いつも通りの夜を暢気に過ごしていた。致し方無い とは言っても、「回収」の命が下されたところで 「自分」は間違い無く戦力外だ。

足手纏いになるのは分かっている。何もかもが 「自分」を置き去りにしてゆくから 少しばかり虚しくなっただけだ。

結局「回収」の命は出されなかった。

魅鹿の長、皇祀貴 鬼華の長、伯城鷹主 と名うての長連中が参戦し 後始末は向こうで持つとの事だった。


消化出来ない思いを振り落とす様に、甜伽は原付のスピードを急激に上げ 背負ったリュックの中に入って過ぎ去る景色に微睡んでいた夜彦丸は、自身の命運を天に任せて顔を引っ込めた。


「… あれは何?」

風鈴の音色の様に澄んだ声に蠱惑を潜め 蒼い目を窓外に向けている美しい少女の問いかけに 付き人は暫し返答出来なかった。

と言うのも 此の少女は何の前触れもなく唐突に質問して来る上に 好奇心旺盛でありながら、言葉が短過ぎて何について知りたいのか分からないからだ。

「何の事ですか、お嬢」

窓外には街が在り 視界の先までドミノの様に延々と建ち並ぶビル、通りを歩く人々の雑多な大群、無限に行き交う数多の車両、犇めく物資、巻き起こる騒音の嵐 ― 少女の指す「あれ」は無数に存在している。

「ああ、原付のこってすか?」

幼い頃から付き人を任されて来た自負を駆使して主の蒼い目を追えば 左側を弾丸宛らに爆走して行った原付の女子高生が、派手にタイヤを鳴らしながら赤信号で猛々しく急停止した姿に辿り着いた。

「あたしにも乗れる?」

感情の見えない表情をしていながら、声のトーンが上がり ロデオに興奮した白い頬が紅潮している。付き人の色好い返答を期待している事は直ぐに分かった。

「そりゃあいけませんや」

慌てて間髪入れずに返すと

「… 如何して?

「何がいけないの?」

一転 背後から氷点直下の詰問を受け、魂も凍る程ぞっとさせられた。

此れは敵わない。

何が悪いのか、と言う問いに対しての答えなら明確に持っている。

公道を競技場と見なした怖いもの無しの「鬼」が好奇心も旺盛に暴馬を ― 原付を乗り回す 其れだけで十分問題と成り得るのに 万が一事故でも起こされたらどうなる?

「鬼」は死なないが 相手はなんであれ只では済まない。

そう思いながらも、眉一つ動かさず 苦言を呈する程、付き人は命知らずではなかった。





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