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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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旅立ち 夕闇の中で

「いやもう無理。マジで死ぬ」

唐突に、直ぐ近くからそんな嘆きが聞こえて来た。

「何で俺?」

「じゃんけんに負けたからじゃね?」

誰かが近くの席で雑談でもしているらしい。たわいの無い会話だ ―

転た寝してしまっていた様だが 授業はまだ始まって居ないのか。今、何時限目だろう。

机はひんやりとして気持ちが良く 気怠い体が起床を渋っている。

「此奴ぜってー熱あるし」

響きの良い「誰か」の声が耳に入って来るのを、ぼんやりと受け入れていたが ふと「自分」の事では無いか、と言う気がして来て目が開いた。

「熱なかったら死んでんじゃん」

すっかり馴染み深くなった抑揚の無い声まで聞こえて来る。

「そう言う意味じゃねーわ

「分かってて言ってんだろ、お前」

冷淡に返す声は、二十センチとない距離から聞こえていた。

「… え

未だ曽て無い光景が目に飛び込んで 頭は状況を理解出来ずに、暫し言葉を失った。

「わああ!!!

「え?!! な …っ 何

「何がどうなって

見た儘の「自分」の状態は入って来たが、何故そうなったのかが分からない。

「人の背中でパニくんな

「お前はキモチイイかも知んねーけど、俺は溶けそうなんだよ」

皇祀貴に背負われている。

本人の言葉通り、曇天の噎せ返る暑さを全く感じさせない程体は冷たく 溶け出した氷の様に、全身から汗を流している姿は気の毒にも思えた。

そう言えば 此の少年は化け物を凍らせ、雪を降らせていた。雪女ならぬ雪男か。

「ざっけんな!下ろせ!!」

其れは其れとして 今直ぐに、此の赤面ものの異常事態を収束させなければならない。

「あ?何此奴

「通常運転?此れ」

礼儀を欠いて背中で騒ぎ立てる級友に、祀貴の態度は冷ややかなものになってゆき

面白おもしれーよなー」

傍らを歩く慧の目には、愉快そうな色が浮かんでいる。

「下ろせって言ってんだろ!!此の馬鹿!」

顔の熱に茹で上げられた脳が沸騰し 思考は一つの解決策以外に見向きもしない。

「飛び降りろ、ボケ」

意地の悪さを刺激された祀貴は取り合わず 堪えきれなくなった慧は笑いを爆発させた。




楽しげに騒ぐ声が 夕闇の迫った廃墟の静寂に響いて来る。

長い影は獲物を捕らえようと手を伸ばしていたが 実際の手は瓦礫に腰を下ろした男の両足の間に力無く下がっていた。

乱れた頭髪、皺だらけの日に焼けた顔 ぼろぼろの布切れ同然の服を、痩せ細った体にひっつけている。澱んだ目は声を聞くと、異様な光を帯びた。

背中を丸めて項垂れた儘 眼光も鋭く、声のする方に目だけを遣る。

声の感じから、十代半ばの少年達だと分かった。子供でも大人でも無い 善悪が拮抗する危険な年頃だ。

唯 一人は目を奪われる程、端正な顔立ちで 貴公子の様に見目麗しく、華やかさを持った容姿は実に「極上品」であった。残る二人も顔立ちは良かったが、一人は斜に構えた態度が目につき もう一人は純真そうで、「商品」としては申し分なかったが ― 背負われている少年は悪態の限りを吐きながら逃れようとしていて 「自分」より先に此の二人に捕らわれたのか じゃれ合っているだけなのか、見分けるのは難しかった。

どちらにせよ 残る二人の少年の目には油断ならない冷徹さが見える。

矢張り手を出すのは危険だと 男は賢明な判断を下した。

三人とも黎明天生学院の制服を着ており ― 同じ名称の学院は五つ在るが、何れも廃墟出の孤児が多く通う学校だ。長ったらしい名前に更に上乗せして、此の地域にある学院は通称「青学あおがく」 正式には「青藍せいらん」の名がつく。どう言った理由か定かではないが 学院を運営しているのは、かの「蒼蓮会」で 孤児だけに対して掛けられる厚い温情には誰もが首を捻った。

檻の中に入っても 生徒達は皆、野生動物の様に本能を忘れる事無く 凶暴さを内に秘めている。此の学院の存在は 廃墟出の子らには、願ったり叶ったりと言ったところなのだろう。

一人なら格好の獲物だったが、此れでは分が悪過ぎる。やむを得ない。

老いて憐れな男を演じる為に よれよれの煙草を咥えると、大袈裟に手を震わせてマッチ箱を取り出し ―

「お 救援物資」

貴公子然とした少年が どうやら「自分」に向かって発した言葉らしいと分かって、内心驚いたものの、何とか平静を保って寂れた風景の中に溶け込む努力をした。

救援物資だと?何の事だ。真逆 こんな時化た煙草を狙っている訳でも無いだろうが。

目に入った道端の石ころを何気なく蹴り飛ばす様に 思いつきで襲われては堪らない。

少年達の好奇に満ちた視線を感じる余り、本気で震え出した手でマッチを擦ると 自身の絶叫が炎と共に炸裂した。

腰が抜けてへたり込んだ男を 感情の見えない紅い双眸が窺っている。


細い月の瞳孔を浮かべた紅い目は 追い詰めた鼠を見る猫の様に残忍な耀きを帯びて

其の紅い眼から 目を離せない ―


「マッチ一本鬼のもと~♪」


惚れ惚れする声で嘲笑う少年の台詞に、ふいと呪縛が解け 男は喘ぐような悲鳴を何度も発し、必死の形相で這いながら 驚くべき速さで逃げ去った。後ろから腹立たしい笑い声が追いかけて来ても 男が振り返る事は二度となかった。



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