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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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選んだ道

「何かヤバくないー?」


言葉の割には余り心配そうでもない声が後ろから聞こえて来たが 目の前の光景は迚も楽観視出来るものではなかった。

衝撃波は例えようのない不気味さを持った死の炎を吹き飛ばしてくれたが たった今 其の銀世界が夢か幻の様に消え失せたのだ。

祀貴が殺られた、等と絶望に打ち拉がれたりはしない。あの軽さで長の座につく、類い希なチャラ男がそう簡単に死ぬ筈もなく 何か不測の事態が起こったと考えるべきだろう。

唯 其れが分かった所で、どうする事も出来ないのが現実だ。「自分」が馳せ参じようとも、助けにならないばかりか 不完全な「力」が予期せぬ窮地へと追い込んでしまう可能性がある。

今は 祀貴の示した道を進む事が最良の選択だと、信じて行動するしかない。

剥き出しになった地表を這って来る炎の化け物は足が遅く 此処に到達するまでにはまだ時間が掛かりそうだった。

逃げ切るのは訳も無いかと思えたが 冷酷な迄に出鼻を挫かれた。機先を制して襲って来た、全域を凌駕する数多の雷が思考を停止させ 物凄まじい轟音が電流となって躰を走り抜けた。

うねる龍の様に渦巻いてゆく蒼い炎から目を離せない。

自身の目が 「死」を視ている。


此の凶悪な災いを前に 為せるべき事は何も無い ―


「モンペが乗り込んで来てんし

「最凶かよ、アイツの雷オヤジ」

恐れを知らない笑い声が高らかに響き

「三十六計、悪友は逃げるに如かずってなー

「トバっちり食う前に帰んぞ。慧」

良く知る其の声に 止まっていた心臓が再び動き出した。

祀貴がいつもの悪戯っぽい笑みを見せながら 吹雪を伴って白銀の狐の傍らに優雅に降り立つ。退却の準備も万端に、狐は満足げに鼻を高く上げ にんまりとした顔で、充実の一日を終えた喜びを分かち合った。

「サイコーのライブ体験だったろ?」

蠱惑に耀く蒼い目は、純粋な迄に冷やかしを湛えて細められる。

「… へー、其れで興奮して鼻血出してんの?お前」

矢張り 心配するだけ損だ、と言う「自分」の考えが間違っていなかった事に安堵した。

溶けない氷の様に強い心を持った此の少年には 「死」も太刀打出来ない。

慧は薄く微笑を浮かべると、同じ目で返してやった。




「 … う

自身の呻き声に意識が戻った。感覚がない。まだ生きているのだろうか、と言う疑問は直ぐに解消された。

意識を集中させる事で漸く開かれた目に、虚しいだけの現実世界が映ったからだ。

辺りはひっそりとしていて 灰色の空から心許ない薄日が差している。


また何処かに「飛んだ」のか ―


と言う認識は誤りで 「飛んだ」のではなく「飛ばされた」気がしてならない。

廃墟は廃墟に違いないが、破壊された瓦礫の惨状も真新しく 移動先につきものの火種は何処にも見当たらなかった。細かい破片がぱらぱらと微かな音を立てて落ち ビルの軋む音が不穏に響く。

雪も炎も 邪悪な存在も 今や全てが過ぎ去った後に残された、忌まわしい悪夢になっていた。

コンクリートの瓦礫に埋もれ、くの字に折れ曲がった一縷の腹を枕にして 横向きに「自分」が倒れている。どけてやりたいのは山々だが 普段されている事を踏まえるなら、偶には反対の立場を味わわせてやるのも良いかと思えた。

何より 今暫くは動きたくない。あらゆる感覚は息を潜めていて 躰は平穏を保っている。

目に映る一縷は 相変わらず何の表情も無い。

歪んだ此の世界に何を思い 何を考え 何を見ているのだろう。


締め付けられた心臓が 弐弧の心に激しく痛みを訴えた。


「… 馬鹿


「何とか言えよ 馬鹿

「澄まし屋 猫目


無性に腹が立っていた。

「自分」の所為で また一縷が命を落とすところだったのだ。

此の先も 一縷は「自分」と居る限り、不幸の連鎖に絶えず襲われ 其の度に 体も心もぼろぼろに傷ついて、互いに辛い思いをする事になる。

浅はかで、現実に何一つ抗えない無力な「自分」に 何時までもついて来るからだ。

傍に居なければ 傷つく事も、巻き添えに遭う事も無かった。

幾ら悪口雑言を並べ立てたところで 一縷の表情は変わらず 紅い目から感情は読み取れない。

まだ、「自分」から其の言葉を言い出せずにいる。


「自分」を守る為に、どれだけ人を傷つけて来た?

今更、何を躊躇う事がある ―


「… 俺が居なくても、一人でやって行けるだろ


あの日、今と同じ言葉を心に固く誓い


一人でも生きていける ―


廃墟を後にしたのは「自分」ではないか。

其れが 気が付けば、今の暮らしにすっかり馴染んでしまっていた。

一緒に居る事が 普通になっていた。

頭の何処かで 何時か、別の道を行く日が来る事も分かっていた。

卑怯にも、考えないでいた其の日が 巡って来ただけだ。

誰もが、避けては通れない道を 戻る事無く、前に向かって進んでいくしかないのだから。

一縷は幾度となく護ってくれたが 此れからは一縷自身の為に生きるべきだ。

「もうついて来んな

「好きな所へ行って 好きに生きろよ」

散々助けて貰っておきながら 挙句の果てが此の言い草か。けれど 一縷が「自分」から離れて行ってくれるなら、逸そ嫌われた方が楽だ。

「自分」で「自分」が齎す禍を止められず きっと また同じ過ちを犯し、同じ苦悩を繰り返す。

其の時に あの日、決断出来なかった「自分」をどれだけ悔やもうと、時は戻せない。

もっと早くに言えていれば良かった。

此程までに 「自分」に吐く噓が、「自分」を苦しめる前に。

其れでも 互いにとって正しい選択をしたのだ。心の痛みは消えないが


もう、あんな思いは 二度としたくない ―


「分かったらどっか行  … っだ !!

捨て台詞の叫びは 額に一縷の額が強か打ち付けられて 目の前に大輪の花火ほども星が散る事で片がついた。

「… い

「ってーな!何すんだよ!」

諸々吹っ飛んだが 最初に湧き起こった怒りが口を開き

「お前も痛いのかよ!!」

一縷が「自分」と同じ様に、両手で額を押さえて悶絶している姿が目に入ると 一気に冷めた。

「馬鹿。何だよ、それ …

泣きたいのか、笑いたいのか 自分でも分からない。溢れる感情に溺れて言葉が詰まる。

色んな言葉が浮かんでは消えていったが


本当に言いたい言葉を 自身は知っている


「後悔しても知らないからな」

天邪鬼が過ぎて、憎まれ口しか出て来なかった。何時かまた 言える日を待つしかない。

弐弧の言葉に 一縷がにま、と挑発的な笑みで応えた。

言葉にする迄も無く 一縷には弐弧の心が分かる。其の反対が そうである様に。


心の「声」に耳を澄ませば 自身に視えないもの等ない。


「は?何其の顔。巫山戯んな」

口ではそう言いながら 一縷の笑みは弐弧に伝染していた。


互いが選んだ道ならば、何を迷う事があるだろう。

あの日 聞こえた「声」を 今も覚えている。


未来が見えなくとも 真っ直ぐに伸びる道を、二人なら突き進んでゆける ―


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