藁の巨人
懲りもせず もう一方の手を伸ばして、腕ごと薙ぎ飛ばされた藁の巨人は 更に顔の無い頭をもがさせようと突き出して来た。
堕鬼は躊躇いも無く其の顔面に穴を穿ったが 火達磨となって地面に転がった頭は、攻撃した者を幻覚の炎と激痛に狂わせた。
呪詛人形だと注意は喚起した筈だが ― 《《自身の急所》》に良くも手を掛けられたものだ
そう言えば 同じ事をした鬼が居た
あの時は 鬼がこうも単純明快な事柄にさえ、思慮が及ばない生き物だとは知らず 緻密に練り上げた作戦は空振りに終わってしまった
其れもまた一興
驚嘆の最期を見せて貰えるなら 此の無駄な時間も意味を成す
痛覚だけが伝わって来るのだとしても 尋常では無い痛みに違いない。
一縷は両手で顔を覆い 掻き毟らんばかりに爪を立て、偽の痛覚から逃れようとしている。
弱った獲物に群がる執拗な獣の様に、黒い影は一縷の周囲を取り巻き 硝子の銃弾に撃ち抜かれては尾を引く悲鳴を上げた。
弐弧の左手は瞬時に反応し 銃弾は自身の右側に迫った黒い影を、目で捉えるよりも速く吹き飛ばした。
早く 一刻も早く 此の戦況を変えなければならない。でないと ―
逸る気持ちが、自身の心の声に逆らい 白い髪の男を撃たさせた。あの男を斃さなければ 此の悪夢は永遠に終わらないからだ。
「 …っ!!
右手を吹き飛ばした銃弾は其の儘腕を貫いて破裂させ 其の激痛に、迸る悲鳴を抑える事が出来なかった。千切れた腕の断面から伝わる痛みが躰を支配し 正気を保たせようとする自分自身と鬩ぎ合っている。
白い髪の男の盾となって吹き飛ばされた巨人の右腕は 幼虫が蠢く様な気味の悪い動きを見せて藁を編み込んでゆく。
「今更聞かされるまでもないだろうけど 勿論君の髪も失敬してるよ
「作り方の基本は《《君たちの居る世間》》で知られてるのと同じだけど
「違うとしたら 此の人形は攻撃を受ける事に因って呪いが発動するってところかな?
「純情な子でね。攻撃を受けて、痛みを分かち合う度に どんどん君に近付いていくんだ
「君さえ良ければ 最期は一つになれるよ。どう?死の果てまで付き合ってみない?」
白い髪の男は 妖しくもにこやかな笑顔を見せた。
二体目の巨人が男の左側から首を伸ばし、呼応する様に 顔の無い頭を上げて弐弧の方を見る。目も鼻も口も無いのに 其の顔は残虐な行為を欲して にたりと嗤った様に思えた。
「兎も角 君の放った銃弾がどれだけ痛いか、此れで思い知ってくれたよね?
「分かったら 二度と僕に銃を向けない方が良い」
巨人の手が元に戻ると 弐弧の手にも再び感覚が戻って来た。迂闊に攻撃出来ないと分かっていて、尚
此れから自身が狙う場所には 想像を絶する激痛が待ち受けている。
「心臓」を撃て
自身の「声」はそう告げていた。
巨人の「心臓」を破壊する事で 勝機を見出だせる ― そうだろう?
なのに 体が動かない。
「心臓」を欲しがる此の男の言葉を、実行しようとしているのは 本当に 自身の「声」なのか
「其れが君の答え?
「良いと思うよ」
男の紅い目に 自身の心が、乗っ取られていはしないか
何か 自身が、未だ何かを見落としている
「因みに、僕は噓が大好きなんだ
「試して御覧」
巨人は見た目に反して、愚鈍ではなかった。放たれた猜疑の銃弾は 伸び上がった巨人の心臓を逸れて、鳩尾を撃ち抜いた。
「あーあ、残念
「駄目だよ、自棄になっちゃ」
高笑いする男の侮辱が聞こえて来る。
奴等は 呪う相手が如何に愚かな行為に及ぶのか、自分自身の手で如何に苦痛を味わうのか と言う歪んだ愉しみに興じているのだ。
そう分かっていても 此の悪魔の見世物から逃れられない。
叫んでいるのが自分とは思えない。此の激痛が 嘘だとは思えない。
顔を覆っている指の隙間を伝って血が滴り落ち 覗き見える激した紅い目が凄まじい凶気を放って耀く。開かれた口からは 咆吼に代わって紅い炎がめらめらと吐き出された。
「結局は 君も其の選択をするしかないらしいね」
藁の巨人はしゃがんだ姿勢の儘 すばしこい堕鬼を捕らえようと復活させた腕を振り回し 眼もない顔を、凝視するかの様に迫らせた。
紅焔を纏った一撃は巨人の頭を消し去り もう一度振りかぶった爪は、後ろのめりに倒れてゆく上体を貫いた。穿たれた穴から長い髪の様なものがぶわっと飛び出すと 烈しく上がった紅焔の中で狂喜に身悶えながら消えさった。同時に 跳ね返ったとて、実体はない筈の紅焔が現れ 紅い目の鬼の体を包んだ。
「あはは。あったりー。一寸簡単過ぎたかな?」
燃え上がる炎に子供の様に眼を輝かせ 男は無邪気な声を上げた。
「 …っ 一縷!」
しまいにゃあ 自分の炎に燃やされて死んじまうってぇ話で ―
「ふ … 巫山戯んな!」
弐弧は白い髪の男に向かって 憎悪の銃弾を立て続けに撃ち込んだ。此の男を消し去って遣りたかった。呪いの巨人から跳ね返って来た自身の銃弾が どれだけ自分の躰を痛めつけようとも 一縷を失う痛みとは比べものにならない。
一縷の死を認めさせようとする心を 自身の絶叫がかき消した。
「そろそろぶっ壊れて来ちゃった?」
戯けていた男の顔から ふいと笑みが消えた。
紅焔が黒焔に変わり 漆黒の炎の中から 猛禽の様に鋭く耀く紅い双眸が男を見ている。
ああ そう言う事か
此の鬼の行動は狂っているとしか思えなかったが 唯の馬鹿ではなかったらしい
自身と巨人が 《《「急所」を共有してはいない》》、と自らの躰で確かめ ― 然りとて 自害する気は毛頭無く ― 男の言葉から、呪いに効力を与えている「もの」があると知った。
図らずも 其の位置を 百鬼弐弧の銃弾が示してくれたのだ。
少年の「力」を借り 堕鬼は遂に男が仕組んだ茶番劇の真相を突き止めた。
此の有象無象の中で、最も洞察力に優れているのが 堕ちた鬼だとは
「本当に 君達は二人揃うと厄介だなぁ」
烈しく吐き出される怒りの炎が 正気の沙汰だと応え
黒焔は 自身の躰を燃やす紅焔を、呪い共々焼き祓い 此の地を劫火の地獄に塗り替えようとしている。
「こうなってくると
「デスゲームの結末は 第四の選択肢が有望かな?」




