葛藤
壁に耳あり障子に目あり と言う奴か。
何奴も此奴も 「自分」の力を面白がって、愚にも付かない提案ばかりして来る。
確かに あのお調子者の鬼が言った通り
暴力には暴力で、死には死を ― 「自分」の力は 攻撃相手に対して同等のものを返す。
但し 言葉上は同等だが、非道さの程度は相手次第だ。当然ながら 負の念が強い程、強く返される。
あの時 災禍のカウントダウンが始まっている事を、連れの表情から読み取った
「予知」など出来なくとも 邪な気配があれば直ちに行動に移れるが 「自分」の力は 広範囲の災禍と巻き添えに対しては何の効力もない
だから ハイエナ共が何処まで「自分」に対して悪意を抱いているのかが鍵だった
結局は「自分」の死を望んだが為に ハイエナ共が災禍を被る事となったが
ひっでーな、お前 ― 酷い?
何も酷い事など無い
此処では 殺るか、殺られるかの選択肢しかなく
日も差さない様な闇の世界に生まれて 情が齎すものは死だけだと思い知らされて来た
何よりも 其の人を食った笑みが同感だと言っているではないか
此の非情さは 同じ世界に生きる者ならではだ
余計な事するなって言っただろ ― そうだよな
だが仕方無い 今回ばかりは体が勝手に動いたのだから
自己犠牲の精神など不要だと 互いに分かっているのに おかしな話だ
いつか 其れが自らの死を招く事になる
そう強迫する心の声が聞こえて来ても 尚 「誰か」を求めてしまうのは 人の性なのか ―
「うわ!?
「…っ 雪迅!!
闇に再び吹き付けた一陣の風雪と共に、白い毛並みを血に染めた狐が姿を現し 獲物を捕らえるが如く「自分」を咥えると、其の儘攫って行った。
運搬用の保護毛布らしきものを間に挟んでくれたのは良いが、安定が悪く 振動で腹に牙が食い込んで来るのを避けられない為、長い鼻面にしがみついた。
進む方向へ先回りして氷の道が敷かれ 白銀の狐は風雪に護られながら、其の上を足音もさせず跳ねる様に駆け抜けた。
あの中で 誰を選ぶのか ― 雪迅の判断は妥当なものであった。
負傷している体では「自分」の足手纏いになる、と弐弧は心を砕いていた様だったが あの場で最も厄介な存在は 巫山戯た余興に利用される力を持つ「自分」に他為らず 其れを穴埋め出来る柔軟性が、瀬戸際で発揮されたのは幸いだった。
何も盗み聞きをしていた訳では無い。
武器を探して奔走していたら 有益な助言が瓦礫の向こう側から、馬鹿みたいな大声で張り上げられたのだ。
お調子者は得てして、こう言う所でやらかす。
弐弧が連れているあの堕鬼は 炎から炎へと移動出来るらしい、と即座に記憶された。もっと早くに呼び出す事も出来たが 人を馬鹿扱いするも、より馬鹿な級友がどう言う行動に出るか ― 誰かが自分の所為で傷つく事に強い反感を示す此の少年は 其れが堕鬼であっても例外ではない。
自分達だけで対処出来れば良かったが、相手が悪く もう一刻の猶予も許されない状況に迄追い込まれた。
堕鬼の救援は賭けでしかなかったが 何故か、絶対に来ると言う自信があった。
死に神の様な男と対峙するには 相応の力を持った人外の者の助力が要る。其れに 「自分」は死に神男とは少しばかり考え方が違う。
きっと 一縷が弐弧の助けになる、と希望を託しているのだから
「… お殿様の忠臣が早々と戦線離脱しちまったみてーだぜ?」
何だ。まだ狂っていなかったのか。
「えー?何お前 正面切って彼奴を殺れねー癖に そりゃねーわ
「おっと危ねー」
冷笑で答えてやると 秒で割り込んで来た鎧武者に嚇怒の太刀を返された。
炎を纏った刀身は毒の火粉を撒き散らし 大地は気の滅入る色をした炎の花苑に埋め尽くされてゆく。
炎を操る鬼同士は こう言った共闘が可能だ。但し 相手の炎が強過ぎれば 何かしらの悪影響を受けるのは免れない。
同族の炎に自尊心を焼かれ 再起を図って毒の炎を受け入れたが為に、醜怪な容貌になってしまった様だが 其の一方で 毒に対する耐性を獲得しえたと言う恩恵に与ってもいる。
残念ながら 「雪鬼」と言う自分の存在は極めて稀で 其の「力」は共闘する仲間の炎の「力」を弱めてしまう。唯 敵ならば遠慮は無い。
バキバキバキ
炎の苑から姿を現した「何か」は一瞬にして巨大な氷像に変わり お調子者の顔にもようやっと自分に対する畏怖が見て取れた。
鬼子の二人が居た場所に 更なる「鬼」が乱入して来たと言う強い気を感じ取った。恐らく、百鬼弐弧の連れである堕鬼。其れも「劫火の鬼」 ― の「力」を持て余す半端者だが 此れで加勢に向かわずとも、此処で手加減抜きの「力」を思う存分に振るえると言う訳だ。
頭上に在る巨大な口から 氷柱の牙が正に襲い掛からんばかりの所で固まっている。
瞬く間に ジェットコースターのレールの様に曲がりくねった氷像が、遙か先まで建ち並んだ。炎の苑の上に氷が張り 地上の形勢も知らずに突き破って出て来た憐れな怪物が、戦きにのたうちながら凍り付いた、最高峰のアトラクションだ。凍てつく吹雪に毒の香は払われ 雪のフィールドは復活したかに思われたが
「マジかよ」
氷が裂け 火山が噴火するが如く、炎を伴って猛毒の噴煙が天に達するかと思われる程高く上がった。巨大な花弁が開く様に毒が広がってゆく。避けた所へ、鎧武者の恐るべき豪腕から渾身の一撃が繰り出され 躱し様に炎に戻して遣ったが 嘲笑う毒煙を残された。
再び急激に大気が汚染され始め 攻防に加えて、自身の体を浄化するのにも「力」を割かねばならず、面倒な事になってきた。
三下君は寸劇の間に敵前から逃走し 斬り飛ばされた自身の右腕を無事取り戻したらしい。端から 相手になどしていない。あの黒い腕を二度と振るえない様に、叩き壊してやっても良かったが 奇しくも自分自身に止められた。
自身が 復讐心だけで生きている此の捨て鉢な三下君に対して「何か」を感じ取ったらしい。
其れを振り切れないとは ― 冷めた吐息は自身に向けられたものだった。
心は振り切れなかったが 振るわれた氷の槍は、自身が造り上げた氷像を破壊し 幻想的な衝撃波の蒼い環は 爛漫たる毒花を吹き飛ばして、氷のアトラクションを地表に帰した。




