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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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黒い影

ギィン …


左手は再び銃を取り 自身の思考よりも速く弾丸を放っていた。

銃声は闇に吹雪く風の中に吸い込まれてかき消えたが 同時に 長く伸びる悲痛な女の叫び声となって返って来た。戻って来る銃弾は 更に布を引き裂く様な叫び声を伴い 二人は暗闇に向けて銃を構えた。

唯の闇夜であったなら視界は変わらないが 此の吹雪では殆ど何も見えない。

だが 「何か」 ― 得体の知れない「何か」 邪悪な其の存在を感じ取っている。

荒れ狂う吹雪の音さえ何処か遠くに聞こえる程の 張り詰めた緊張感が二人を取り巻いた。

激しい鼓動に耐えきれず 心臓が壊れてしまいそうだ。

闇の中に渦巻いているのは 果たして風雪の音なのか 密やかに嗤う女の声なのか。

気は動転していたが 躰は相手の動きを読んでいる。

連射された銃弾は慧の脇をかすめ 新たな悲鳴が次々と上がったが 弾丸が肉体を貫いたと言う感覚はまるで無かった。雪の上には撃ち倒された屍も 飛び散った血もない。目の端に映った様な気がして視線を向けた時には もう其処から消えている。

「何 此処ユーレイいんの?」

さしもの慧の抑揚の無い声の中にも 見えない敵への焦りと苛立ちが滲んでいる。

幽霊かどうかは分からないが 徐々に包囲網が狭められて来ている。節くれ立った長い指を開き、捕らえようとする気配が彼方此方から感じられたが 幾ら頭を巡らせても、視界から逃げられ 焦燥感に疲弊するばかりだ。 

既に逃げ場はない。

唸りを上げていた風雪は邪な闇に取って代わり 辺りは不意にしんと静まった。重苦しい静寂の中に、自身の鼓動だけが響き 穢れた大気に呼吸が乱れた。降り積もった雪の冷たさだけが 正気を保たせてくれている。

「うお」

慧の体の周りを 音も無く 黒い影が緩やかに流れる様に過ぎって行った。

「… !」

慧を脅かす黒い影に気を取られて 自身の直ぐ背後まで迫っていた影に寸での所で気が付き すかさず銃口を向けたが姿は無く 今度は前に気配を感じて向け直すも 其処にも姿が無い。

自身に任せれば、正確に撃ち抜くだろう事は分かっているのだが 体がもう追い付かない。そんな悠長な事を言っている場合では無いのに 途轍もない疲労感が全身を襲い 割れる様な頭の痛みに 目を開けているのも辛くなって来ている。

「うわキモ。無理無理」

其の声に はっとして顔を向けると

木乃伊の様に萎びて、骨の浮き上がった黒い手が 幾本も地面から伸びて慧の足を掴んでいる。先細りした鋭利な指先が爪を立てていたが 慧の動きを止めただけで、其れ以上の危害は加えていないらしく 痛みを感じていないと言うのは慧の声音からも分かる。

「慧 … !!

咄嗟に構え直した銃は 《《慧に向けられた》》。自身が 慧を撃とうとしている。

「?!

弐弧の左腕に黒い手が添えられ 銃口を向けさせていた。自身の体が陥った状況に漸く気付かされて ぞっとした。生のない黒い手が絡み付く様に群がり 体を意のままに操っている。

「マジか」

慧の声には はっきりと此の退き引きなら無い状況に対する恐れが感じ取れた。

「… ぐ

引き金を引かさせようとする黒い手に持てる力全てで抗い 銃口はがくがくと震えた。血塗れの右手は銃を掴めず 何度も虚しく空を引っ掻く。


「強情だなあ さっさと撃っちゃえば良いのに」


不意に 闇の中から無邪気とも言える明るい声が上がり


「大丈夫 君の銃なら痛みを感じる前に死んじゃってるから」


漆黒のマントが音も無くはためく 其の中に 白い髪の華奢な男が立っていた。

同年代の様にあどけない顔立ちで 仮面とは思えない笑顔を見せている。

此の状況下では違和感しか覚えない小綺麗なスーツをそつなく着熟し すっきりとした立ち姿から年齢は上だと思われたが

「あ 此れ?

「魅鹿の長に一言御挨拶申し上げておこうかと思ってね

「其れにはやっぱりきちんとした服装でないと失礼でしょう?」

にこやかに話す其の顔は 邪心の無い子供の様だ。

「君達みたいな塵屑ならどうでも良いんだけど」

其の目は 一縷とは又違った毒々しい紅色で 奥には深い闇を孕んでいる。

「世間じゃ塵ってゆーヤツが塵って話もあるけど?」

慧が辛辣に返す。

「あはは 君は世故に長けてるみたいだね

「呪い君だっけ?さっきの話 聞いてたよ」

白い髪の男は何処までも無邪気に話し続ける。

「確か

「試してみろって言ってたよね? 其れ 僕が試してみても良いかな?

「僕がもっと面白くしてあげるよ」

天真爛漫な笑顔とは裏腹に 紅い目に邪心を潜ませ

「例えば 悪意が無い者から攻撃を受けた場合はどうなるのか

「此の子が君を撃ったらどうなる?

「攻撃は攻撃として認識されるのかな?

「其れとも 此の子に悪意は無いから君が死ぬ?

「一体 どっちが先に死ぬんだろうね」

話す言葉にはどす黒い悪しか見えない。

此の残酷な悪行に因って引き起こされる結末を 慧は知り得ているのだろうか。


だとしても 「未来」は変えられる。何度でも 逃げずに死の運命を覆す。


強い思いが黒い手を振り解き 銃口は過たず男に狙いを定めた。

「へえ、凄い精神力だな。てっきりビビり屋の軟弱者かと思ってたのに

「君の事、今迄散々馬鹿にして御免ね?」

無邪気も過ぎると 残虐さしか見えて来ない。


「さてと 悪いけど、僕も暇じゃないんだ

「そろそろケリをつけて貰わないと」


白い髪の男は 此処に来て漸く本性を現し 「あの女」と同じ笑みを見せた。






腕を失った右肩から 黒ずんだ毒の沼の様な陰鬱な炎が燃え立った。鎧武者が地獄の底から捲土重来した不死の武者となって 炎の中から怨念の如き姿を現す。

「どーしたよ? 苦しゅうないぞ? そら、もっと近う寄れ」

勝ち誇った目を耀かせ 戯れ言を吐き出すと、アキは狂った様に嗤った。其の姿は今にも堕ちそうに思われる。

「悪代官かよ」

祀貴は蔑んだ軽口で返した。此の炎は三下君のものでは無い。虎の威を借る狐だ。

「毒の炎」を操るのは「あの女」しかいない。

どうやらボスのお出ましらしい。

雪原に出来た地割れの淵から、幽々たる炎が手を伸ばして這い出し 陰滅とした巨大な花を其処彼処に咲かせた。めらめらと燃える花弁は地表を溶かし始め 其の香は大気をも蝕んで 間も無く 一帯は押し寄せる猛毒の炎に飲み込まれるだろう。

自身の「力」は あの女よりも強く、風雪が毒の炎から護ってくれるが 雪と炎の拮抗に尽力する様な時間的猶予は残されていない。

自身の限界を解除して 永久凍土の世界を創り上げるのは動作も無い事だが 耐性の在る自分以外に生きていられる者はないだろう。

其の代償で失ったものは 未来永劫得られないのだ。


自分はまだ十代で 代償をすんなりと受け入れられる程 大人では無く 又 鬼でも無い。

「ま、しゃーねーわ」


   急げ 雪迅ゆきはや

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