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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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闇夜の灯火

「おい いい加減起きろよ、化け物」


乱暴に顔を蹴られ 否応なしに目は薄らと開かれた。

体格の良い少年が「自分」を見下ろしている。邪悪な顔を歪めて嗤い、激しい嫌悪の籠もった目で 片手に刃物をぎらつかせて見下ろしている。

生きている人間がする事は皆同じだ。

誰もが どろどろとした黒い感情を込めた目で「自分」を見る。誰もが 「自分」を「ばけもの」と呼んで 誰もが 「自分」を殺す為に 繰り返しやって来る。

無駄な事だ。

心の全てを失ったとしても 此の躰は 死なない。

意識が戻ると真っ先に 激しく、鋭い痛みが全神経を貫いた。次いで 詰まっていた血が吐き出され 口中に粘ついた生温い血の味が充満し 体の下に滲み出している血の臭いに噎せた。

体の至る所に刃を突き刺されたが 怒りも 悲しみも 恐怖も ― 声すら失い 幾ら残忍な仕打ちを受けようとも 此の躰に残されているのは「虚無」しかない。

闇の中に 表情のない白い顔が面の様にひっそりと並んでいる。其のどれもが、感情の見えない暗い目で 冷たく「自分」を見下ろしている。

何故 如何して ― そんな疑問も 疾うの昔に消え失せた。

人の心を変える事は出来ない。

「自分」ですら 「自分」を如何する事も出来ないのだから。

何度同じ目に遭わされても また 目が覚めてしまうのだ。

乾いた大地に落ちる黒い影の中に 延々と何処までも続く灰色の景色の中に 光を失った夜闇の中に 溶け込んで消えてしまえたら どんなに良いか。

どれだけ望んでも叶わない。誰も 叶えてはくれない。


「起きろって!!」


嫌だ。

此の儘で良い。もう此の儘が良い。此の儘 此処で果てられたなら ―

「起きろ、此の馬鹿!

「一縷!」

…  いちる ?

…  ああ そうだ   此の声はいつも 何故か「自分」の事を「いちる」と呼ぶ。

「行くぞ 一縷」

噓の笑顔だ。

何処か寂しげな目をした少年が 「自分」に手を差し伸べている。


如何して ― 此の少年は そんなに悲しい顔で笑うのだろう

何故 「自分」を起こそうとするのだろう


其の声を聞くと 「自分」の中で 何かが目を覚ます。

「ほら」

直ぐ目の前に 少年の手があるのに

体は鉛の様に重く 力が入らない。血溜まりは何時しか黒い影になり 影は「自分」を中心にして、地面を這い進みながら広がり 深い闇が世界を満たした。

「一縷」

駄目だ。

体が 動かない。手が震えて 直ぐ其処に在る少年の手を掴めない。

突如 影から燃え立った漆黒の炎が、少年に襲いかかり 炎に巻かれた少年は 声も無く消え失せた。

まるで 存在していた事が 幻ででもあったかの様に。


此の炎は 「自分」の炎だ ―


「自分」の黒い炎が意志を持って 「自分」から少年を永久に奪い去った。


此の世界を焼き尽くす炎を ― 


何もかも 消えてしまえば良い  「自分」は ずっとそう望んでいたのではなかったか。

全てのものを消し去る「力」をと そう願っていたのではなかったのか。


「自分」と共に在るのは 永遠の闇に堕ちた世界に 燃え続ける黒い炎だけ ― 


では 何故  失った筈の心が痛むのだろう

躰に刃を突き立てられた時よりも 痛いのは何故だろう


にこ ―





ギギギギギン


高速で烈しくぶつかり合う刃の鋭い音響と共に、閃く軌跡は蒼い火花を散らし 激突した刃の衝撃波に因って高々と巻き上げられた雪煙が、縦横無尽の竜巻となって吹き荒れた。黒い地表が露わになり 砕け散った氷柱は 鋭利な氷の刃を風の中に仕込んでアキに襲い掛かる。

鎧武者は何度破壊されようとも アキの炎が失われない限り、滅する事無く アキの太刀を砕けば 其の炎からも太い腕が飛び出して来て、大太刀を振るった。

無間地獄の様な攻撃も 祀貴の槍捌きと風雪の刃の前には届かず 蒼い炎は吹雪に幾度となく飲み込まれた。

人智を越えて繰り広げられる熾烈な戦いは、其の烈しさを増す一方で 二人の動きは今や目で追える速度ではなくなって来ている。


「彼奴 マジの鬼だよなー」


其の声が耳に入るまで 魂ごと眼前の光景にすっかり奪われてしまっていた。

我に返ると 弐弧の穴の開いた右手を取り、慧が包帯代わりに自分のネクタイを巻き付けている。

手当をする慧の手も、抑揚の無い声も 吐き出す白い息さえ 余りの寒さに震えていた。

凍てついてゆく体に 自身の死を予感したのだが 何の事はない。一帯が極寒だったのだ。真逆此の季節に雪が降る等と、誰が思うものか。衣替えはしていたが、まだ暑さの厳しい折 二人共半袖のシャツで通していたのが災いした。

吹雪は猛威を振るい 波紋の様に広がった衝撃波が雪を舞い上げ、冷え切った二人の体に情け容赦なく積もらせた。祀貴自身は当然耐性がある。味方を選別して極寒から守る様な都合の良い「力」がないだけだ。


其れはさておき ―

何て口だ。

手当をしてくれている慧に 礼の一つも出せないとは。体の震えは寒さに因るものだとしても 引き結ばれた口は寒さとは関係が無い。

「何?めっちゃ睨んで来るじゃん」

轟々と吹き荒れる風と、震える手に苦戦し ネクタイを結び合わせる努力をしている慧が薄い笑みをくれた。

誤解している様だが 単純に、感謝の表現を試みた自身の

「嫌ならやめろ」

幼稚な反抗心が止められないだけだ。

「あー、嫌なんだ?」

「… !」

「しょーがねーじゃん。こんなとこに美人の看護婦とか居るワケねーし」

其の声音で分かる。分かる様になってしまった。慧が弐弧の心情を知りながら、からかっていると言う事を。

「ウザ。いちいち揚げ足とんな」

極寒が幸いして 顔の紅潮は雪に埋もれた。

「逆ギレかよ。俺のが正論なのに」

今の今まで 自分が他人とこんなたわいのない会話が出来る様になるとは思わなかった。

何があっても変わらない慧の姿勢に心を動かされる反面 深く関わっては駄目だ、と自身が訴えて来る。

自身が まだ「何か」を感じ取っている。

其れが何なのか分からず

口には出せない不安と恐れは刻々と募ってゆくのに 其れに対して自分は何の術ももたない。


心の中の黒い靄が 自身の感情を覆い隠して じわじわと躰を蝕んでゆくのを 唯、見つめている ― 


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