白銀の戦い
皇祀貴
蒼蓮会では最年少の長だが 「五嶺皇」に名を連ねる傑物だ。
「鬼」の年齢は大概不詳で 故に 会に属している者なら、容姿だけで力量を測る事はない。
此の少年は 見た儘の年齢であった。
前当主を殺して鬼魂を奪った、との噂もあるが 沈黙は未だ守られ、真相は闇の中だ。
共に消えた養女の最期を語る者も無い。
鬼魂を奪ったからと言って 其の人物に取って代われる訳もなく 況してや 長の座を、「五嶺皇」の名をそう簡単に得られる筈も無い。
其れだけの資質が、此の少年には備わっていたと言う事だ。
気高く蒼い目は 冷たくも、降って湧いた愉楽に耀いている。既にフィールドは此の少年のものだ。
「身を切る寒さ」は言葉通りの意味を成していた。
槍の先端は万華鏡の様に姿を変え 白透明の刃が凄まじい勢いで迫って来る。祀貴に付き従う風雪は、槍を薙ぐ度に勢いを増してゆく。氷細工の槍は鎧武者の躰をいとも簡単に寸断した。風雪が残炎ごと吹き飛ばしたが 本体への攻撃を目前に、蒼い炎の躰を激しく燃え立たせては復活し
「おお?」
砕けた太刀が蒼い炎に変じた其の中から 鎧武者の巨大な刃が振るわれた。
「やってくれるじゃん 三下君」
あっさりと躱されては、心からの賛辞とは到底思えない。攻撃力を侮っている訳で無くとも 格下である、と言う姿勢は未だ崩れておらず、間髪を入れずに現れては猛襲する鎧武者の太刀も、巻き起こされる氷刃の風に阻まれて届かない。風を自在に操り、渦巻く猛吹雪の中に姿が見えなくなったかと思えば 疾風に乗って急襲を仕掛けて来る。
開戦時から変わる事の無い余裕の顔で、死の遊戯に興じている。
本気を出していないのは分かっていたが 自身の太刀も鎧武者も 幻想的な武器を氷片に変える事すら出来なかった。
白い炎を思わせる、細く吐き出された息と共に 間近に迫った冷笑する蒼い目に見られ 屈辱に囚われた時には右腕を失っていた。其の儘、胴体を切断するかと思いきや
「… っがは
上体を足蹴にされ 叩き付けられた瓦礫から飛び出していた鉄杭が、背中から胸板を突き抜けた。
戦慄く左手は鉄杭を掴んで抜き取ろうとしたが 激痛が力を削ぎ、杭を持つ手は血で滑った。
「手伝ってやろうか?」
耳元で囁く甘い声がした時には、胸倉を掴まれており
「ぐあ …!!
勢い良く引き抜かれた後、地面に投げ捨てられた。仰向けの醜態を、高慢的に見下ろされるも 不思議と怒りが湧いてこない。
直ぐ真上に 切れ長の目を優雅に細めて微笑する、憎たらしい少年の顔があるのに。
端正な容姿は相手を籠絡し 魂を奪う為の鬼の武器の一つだ。惹き付ける力の大きさが 其の鬼の強さを表わしている。
其の眼から 目を離す事が出来ない ―
威光を放つ蒼い眼を前に 自分の中から負の感情も、抵抗する気力さえも失せてしまったかの様だ。
獰悪な鎧武者は 吹雪の幕を突き破って、蒼い炎火から執拗に現れ続けた。武器を破壊すれば、変じた其の炎からも出て来るとは なかなか良い技を持っているが ―
斬り落とした右腕は 闇に棲まう化け物の様に醜悪だった。
鬼の炎に焼かれたのだろう。人間の扱う武器で受けた傷なら とっくに跡形も無く消え失せている。相当の苦痛を味わった筈だが 堕ちなかったとは大したものだ。抑えきれない狂気を目に表わしていながら 此の冷静さは何処から来るものなのか。
破滅を恐れず 尚 確実に復讐を果たそうとしている。遺恨は深そうだが 同情する気は無い。鬼は非情な生き物であり 其れはお互い様でもあるのだから。
「どんだけ引き出しあんの、お前」
最年少の長は 数え切れない程、立ち塞がる鎧武者を消し去ったが 少しは度肝を抜いてやれたらしい。
「まだ始まったばっかだぜ?
「こっからが本番だろ」
自身から流れ出る血が 白雪を鮮やかな紅に染めてゆく。
そう
本当の地獄は今から始まるのだ ―
「ぐ
「…っの野郎!」
両拳を怒り心頭に叩き付け 其の勢いを借りて瓦礫の中にめり込んだ体を起こした。多武二明は奇女を完全に邪魔者扱いし 殺すには至らなかったが、動きを完全に封じていった。
目覚めてみれば、眼前の光景は余り芳しくない。
血の臭いに群がった黒い羽根の化け物が 濁った紅い目をぎょろぎょろさせて奇女を見ている。
「うっぜーんだよ!てめーら!」
放った銃弾は 彼方此方から耳障りな非難の声を浴びた。騒ぎはするも、逃げるどころか反対に仲間を呼び寄せている。
げげげげげ と嘲笑うかの様な声を上げた化け烏の頭を冷酷に吹き飛ばし
「此れでも面白ーかよ?ああん?」
次の標的に狙いを定めた 刹那 バキバキバキと一塊の枯れ枝を、一息にへし折る様な音と共に 断末魔の金切り声が闇を切り裂いた。
逃げ惑う化け烏が、次々と喰い千切られてゆく。
瓦礫の上を足音もさせず、軽やかに駆けているのは 白銀の狐だった。あの憎たらしい男が従えている黒狐と同じ姿だが 此の白銀の狐には明確な性別が見て取れた。如何にも雌、と言わんばかりの強烈な色気すら感じさせる。
白銀の狐は、とろんとした艶めかしい金色の目に奇女を映すと にんまりと笑った。
狐が笑う、と言うのも可笑しな表現かも知れないが そうとしか見えない。人間じみた其の表情から伝わって来るのは ―
「ケッ 雌狐が
「カンタンに殺れると思ってんなら、後悔すんぜ?」
奇女が短い指笛を吹くと ややあって、歪な黒い影がのっそりと姿を現した。
頭は猪で、前傾姿勢ではあったが二本足で立っている。五メートルは優にある巨躯に 四肢の先端は蹄ではなく尖った指がついており 体には黒い体毛が生えていたが、不気味な暗赤色の、今にも腐り落ちそうな皮膚が所々から覗き見えていた。黄ばんだ牙の間から生臭い息を吐き出し 鼻息も荒々しく、ギィーギィーと罅割れる様な声で鳴き喚いている。
そんなおぞましい姿にも 腹立たしい事に 白銀の狐は目を細め 先の黒い三本の白い尾を手招きでもするかの様に、ふわりふわりと揺らして焚きつけて来た。
「毛皮にすんぞ、クソ狐!!」
奇女の銃弾は虚しい音を響かせて吹雪の中に消え 狐は猪の爪を躱して首を獲りにかかった。二発目は狐を飛び退かせただけでかすりもしない。巨体の割に動きは敏捷、と言うよりは 風になびく羽衣宛らに優美なものだった。
猪は躍起になって爪を振り回すも、まるで追い付かず するりと逃げられては、其の長い尾さえ掴めないでいる。猪突猛進するしか能の無い化け物には、元々何の期待もしていない。命令しなければ 其の辺で何か喰うものはないかと探し回っている様な連中だ。敵の注意を此方から逸らしてくれれば其れで十分 尚且つ 其の巨体を盾に攻撃も出来る。
奇女は二丁の銃を手にすると 烈火の如く銃弾を放っていたが 徐々に其のスピードが落ちて来ている事に気付いて困惑した。見れば 手が凍り付こうとしている。
「はあ?!」
手だけでは無い。髪も体もスプレーを吹きかけられたみたいに白くなっている。唯、白いだけではなく セメントの様に固まりつつあったのだ。
手で払うとあっさり割れたが 降りしきる雪がやまない限り 何度でも同じ状態に陥る。
「ざっけんな… !此の … !!
極寒に、体全体の動きまで鈍くなって来たと言うのに 自身の吐き出す白い息が視界の邪魔をする。
蒼蓮会 魅鹿の長が「雪鬼」だとは聞いていた。未だ十代で学生だと聞いて、鼻白んだ上に完全に舐めていたが 巨大な逆さ氷柱が幾つも聳え立ち 闇に吹雪く、一面白銀の世界を前に 脅威を感じ始めている。
猪の攻撃を真面に受ければ、即死は免れないだろうに、狐は苦も無く躱しては翻弄し 空振りする爪は仲間を傷つけ 同士討ちをさせられそうになっていた。
猪共の動きが愚鈍なのは、此の極寒の所為もあり 対する相手が雪狐では、勝算もない。
だが 間も無く戦況は一変する。
今度は此方が嗤う番だ。




