嘘つき
「寂しいんでしょ」
瓦礫の上に座って、遠くに光耀く街を静かに眺めている少年の傍に立ち サビ子はぽつりと呟いた。
「ねぇ、やっぱり
本当は 茶々丸と一緒に行きたかったんでしょ?
だが あの時、ブッチは自分の体に「死」を見つけてしまった。二人に心配をかけまいと 発症した事を自分一人の胸にしまい込んで
どんなに悔しかっただろう。
其れでも そんな素振り一つ見せず
ブッチは死ぬまで二人に隠し通す気だったに違いない。
― サビ子 会いたくなったら俺は何時でも此処に居るから
茶々丸と一緒に行けよ
― 如何して そんな事言うの?
あたしは馬鹿だから、何にも知らないって思ってるんだ
馬鹿はブッチだよ
嘘つき
あたしを追い出したら 一人で死ぬつもりなんでしょ
行かない
あたしは 何処にも行かない
ずっと此処に居る
ずっと ブッチの傍に居るから
どれだけ嫌われたって 絶対離れてなんかやらないんだから
ぼろぼろと大粒の涙を溢し、声を震わせて頑なに拒み続けるサビ子を ブッチは困った様な顔で暫く見ていたが
有り難う
そう言った気丈な少年の目も 同じ様に涙で光っていた。
― 走れ!
人買いからあたしの事助けてくれたじゃない
― 名前無いのか?俺がつけてやるよ
あたしに名前をくれたじゃない
― 仕様が無いヤツだな。お前は
いつだって あたしの事心配してくれたじゃない
有り難う、なんて言わないでよ
「サビ子。お前が居るのに俺が寂しい訳無いだろ?」
不意に向けられたブッチの笑顔に
「え…!いや、まぁ 其れはそうだけどさ」
サビ子は頬を染めて、もじもじと人差し指を付き合わせながら言葉を濁した。
ブッチは 何処か晴れ晴れとした 穏やかな笑顔で街に目を戻し
「… なぁ 昔っからアイツって、直ぐバレる様な嘘ばっか吐くよなー
思い出と語らう様に切り出した。
「あの指見ただろ?傷だらけでさ
「ぜってーアイツが作ったんだぜ?」
ぶははと笑う。
「あー!笑うなんて酷ーい!
「一生懸命作ってくれたんだよ?
「今度茶々丸がご飯持って来ても、ブッチには食べさせてあげないんだからね!」
茶々丸を弟分として可愛がっているサビ子の地雷を踏んだと気付いたブッチは まぁまぁと宥める様に手で制し
「別に馬鹿にしてる訳じゃねーよ
「顔に出さない様に、アイツがあんまり必死になるからさ
「つい からかいたくなるんだって
「分かるだろ?」
其れこそ必死に弁解する。
「なら良し!」
サビ子の高飛車な許しを得たブッチは苦笑しながら
「変わったヤツだよなー …
「雨降ったりとかさ 何か良くない事が起こるとか 不思議だけど、アイツには分かるみたいだったよな」
― 何だよ、急に
…
― 「外」に出てどうしようってんだよ?
どうって、別に …
― 行く宛があんのかよ?
ない … けど
― はあ?無計画過ぎんだろオマエ。そんなんで俺を説得出来ると思ってんのか?
… ! 仕方無いだろ?!自分でも分かんねーんだよ!悪いか、馬鹿!!
― キレんな!!
「其のアイツが此処から出て行く事を選んだ。きっと、何かあるんだろうな」
「いっつも何聞いたって 別に どっちでもーなんっつって好い加減な奴だったのによ」
「此処から出て行くって言い出した時は 全っ然譲らなかったもんな」
懐かしい記憶に目を細め
「アイツが決めた事だ。其の選択は間違ってなんかない。答えはきっと自分で見つけるさ」
「けど、アイツ 絶対自分では何にも分かってないんだぜ?」
したり顔でウィンクすると 愉快気に注釈を付け加えた。
「あはは 言えてるー」
サビ子は無理に笑って見せた。
二人の心に開いた小さな穴は もう二度と埋まる事は無いのだろう。
けれど あの日、三人で決めた事だ。誰にも異論は無かった。
またね ― 自分が吐く噓の言葉が 胸を締め付ける
笑顔で送り出した筈なのに 今も 一時の別れがこんなにも辛く感じる。
去って行く其の背中に追い縋って 本当の事を言えたなら。
どれだけ強く唇を噛み締めても
開いた小さな穴から 心が流れ出してゆくのを止められない ―
ねぇ 茶々丸
戻って来てよ
傍に居てよ
前みたいに また三人で暮らそうよ
「ね、次に茶々丸が来た時はさ、あたし達がご馳走しようよ!」
「ああ、そうだな」
思い立ったが早いか サビ子は貰ったカレンダーを広げ、弐弧が次に来る日に付いた丸印迄の日数を指折り数え始めた。
「なぁ… サビ子」
「なにー?」
最期の時が来る 其の日まで
「お前と一緒に居られて 俺は
声が詰まって 言葉にならない。気弱な事を言うな そうサビ子に怒られるかと思ったが
「うう~!さっむ!!」
サビ子は派手に身震いしてみせると
「茶々丸ー!早く戻って来ないとブッチが壊れちゃうよー!」
街に向って声を張り上げた。
「あ、テメ!人が折角
サビ子はブッチに向かってあっかんべーをすると 廃墟の方へと駆け出して行った。
やれやれと苦笑したが サビ子の行為は間違っていない。
そうだ。
こんな台詞は自分には似合わない。リーダーたるもの いつも、どんな時でも 毅然としていなければ。
仲間を不安にさせて如何する。
無情を装いながらも、優しさを隠しきれない。此の世界で生きて行くには、茶々丸は余りにも純粋過ぎる。其れでも
心配はしていない。
アイツなら きっと 其れを分かってくれる仲間にまた出会えるだろう。
そんな不思議な力がアイツにはある。
「茶々丸、またな」
最後にもう一度だけ街を振り返ると ブッチの姿はサビ子の待つ廃墟の闇の中に消えて行った。