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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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百鬼弐弧

廃墟は周囲を監獄よりも厳重に鉄針のついた高い柵に囲まれて 言う間でも無く立ち入り禁止区域である。


百鬼弐弧なきりにこは辺りに視線を巡らせ 人気がないのを確認すると

遙か昔に其の用を終えて 今は塵の投げ捨て場と化している水路に降り立った。

折れた傘、壊れた自転車に、タイヤのないバイク 得体の知れない黒い塵袋、椅子にテレビ …

此の中に死体が混じっていたとしても、誰も気が付かないだろう。

色んな液体が混じり合って出来た、ぬらぬらとしたへどろが隅に溜まり ぽっかりと口を開いた暗黒のトンネルが吐き出した吐瀉物の様にも見えた。

茹だるような暑さの中で 更にきつくなった汚臭が鼻を突くが仕方無い。

遠くに微かなサイレンの音が聞こえ 弐弧は一度上を見上げたが

顔を顰めて意を決し、トンネル内に入って行った。

瓦礫が散乱したトンネルの中は ひんやりとしていて気持ちが良い。

トンネルの奥にも柵はあるが 名残と言った代物で訳無く取り外せる。


階段を上がれば 徐々に外の世界が見えてくる ―


ピィィィ…

大気を切り裂く声に 空を見遣った。

小さな黒い影が紙飛行機の様に 街に向って過ぎってゆく。

一陣の風が吹き抜けて 汗の染みた白いシャツをはためかせた。


眼前に 街の屍があった。


鬱蒼と建ち並ぶ高層ビルは樹海を思わせる。

強烈な陽光が乾いた白い地面に照りつけ、目を眩ませた。

此処では 何もかもが干涸らびていて 地面は罅割れ 草木の一本も生えない。

今居る場所は、太陽の光が届くだけまだ良い方だ。

もっと奥に行けば 底の知れない深い闇が広がり ―


「茶々丸ー!」


そばかすだらけの顔に、弾ける笑顔も魅力的な少女が 錆色の髪を揺らし、手を大きく振って駆けて来る。

「サビ子!」

色褪せた小花柄のワンピース、リボンを編み上げた手製のブーツも愛らしく 弐弧の元に来たサビ子は 挨拶もそこそこに手を取るなり、急かす様に引っ張った。

「早く早く!ブッチが待ってるよ」

顔を上気させて 汗を流している。ずっと此の場所で弐弧が来るのを今か今かと待っていたのだろう。

サビ子の健気さに胸が一杯になる。

「もー!茶々丸ったらー!」

先に駆け出したサビ子は 弐弧がついて来ていないと知ると、立ち止まって拳を振り上げた。

「そんな急かすなって」

苦笑しながら歩き出す。

「茶々丸の怠け者ー!

「愚図愚図してたら置いてくからねー!

「そら、如何した!走れ走れー!」

サビ子が両腕を振り回して発破をかけている間に

「誰が怠け者だよ。先に行くからな」

走り出した弐弧はサビ子を追い抜いた。

「え

「ああー!!?

「待てー!こら、置いて行くなー!!」

抜かされた事に気が付いたサビ子も 弐弧の後を追って全速力で駆け出した。




罅割れた煉瓦の通路に 刺繍で縁取りされた上品なクロスをかけた丸テーブルと、小洒落た白いガーデンチェアが三脚あり 其の一つに 髪を短く刈り上げた少年が座っていた。

「お!来たな 茶々丸!」

弐弧の姿を認めた少年は、クールな笑顔で出迎え

「お誕生日会へようこそー!」

対照的なサビ子が両腕を広げて熱烈に歓迎の意を表した。

此の日の為に 二人がかき集めて来た様々な物がテーブルを華やかに彩っている。

銅製のランタン、硝子の浮き玉、ブリキの置物、花瓶には造花のフラワーアレンジメントが入れられている。藍色の花柄の入った高級そうな食器には、色々な缶詰の中身が盛られていた。

「どう?良いでしょー!此処」

建物の一階部分がアンティーク調のカフェだったらしい。

窓硝子は全て地面に堆く積もり シックな木枠だけの窓は全て開かれている。

店内は荒れ放題で薄暗く、陰気だったが 色硝子のランプシェードや、落ち着いた色合いのアンティーク家具が置かれていて 一帯は古い時代の外国の街並みを思わせた。

二人が其処からせっせと物資を運び出している姿が目に浮かぶ。

「ほらほら!突っ立てないで座って座って!」

椅子をひいて強引に弐弧を座らせ サビ子が「コホン」と一つ咳払いをする。

「お誕生日おめでとう!ブッチ!」

其れを合図に、声を揃えて祝い言葉を贈った。

「ありがとう!」

ブッチと呼ばれた少年が、照れ臭そうに笑う。

「おおー!すげー!」

「うわあ!おいしそ-!」

下げてきた紙袋から弐弧が料理を取り出すと、二人は歓喜の声を上げた。


ブッチ と言う名は、此の少年が自分でつけたものだ。

少年は五歳の誕生日を目前に 生まれたばかりの子猫たちと一緒に塵袋に入れて捨てられた。

三人は廃墟で出会い 名のなかった二人はブッチの独断の元に命名された。

冷静な判断力を持つ、仲間のブレーン的存在のブッチと 感情的だが行動力のあるサビ子。

三人は此の荒廃した街で 互いの特技を活かし 足りない部分を補い合って生き抜いて来た。

優れたチームワーク。

俺たち、三人なら最強だな ブッチは事あるごとにそう言っては、誇らしげに笑った。


だが

別れの日はやって来た。


― 俺たちは此処で良いんだ

  好きに生きろよ 茶々丸

  此処には何時でも来れるだろ

  「外」の世界の話を、俺たちに聞かせてくれよ


二人は外の世界に出て行く事を選んだ弐弧の背中を後押しして 自らは廃墟に残る道を選んだ。


「んん~!おいし~♡

「此れぜーんぶ茶々丸が作ったの?」

サビ子は口一杯に料理を詰め込んで 幸せそうに頬を染めながら聞いた。

「当然 って言いたいけど、店で作って貰った」

声を落とした弐弧に

「誰が作ったって良いだろ。オマエの気持ちが入ってるから旨いんだよ」

ブッチは太鼓判を押してくれた。


「外」の世界に出た弐弧の生活は一変した。日々は変わりなくも 瞬く間に過ぎてゆき

廃墟に向う足は徐々に遠退いて 二人と会う事もめっきり少なくなった。其れでも

此処に来れば 二人は笑顔で出迎えてくれた。


「なあ、茶々丸

歓談の最中 何かを切り出そうとしたブッチの顔が一瞬翳り

「俺 … 俺は オマエにまた会えて嬉しいよ」

思い直した様に笑顔に戻った。

「じゃーん!!あたしからのプレゼントだよー♪」

サビ子がリボンをかけた小さな箱をブッチに手渡す。

「おお!ありがとな!」

ステンレス製の腕時計の硝子面には細かな亀裂が入り 中の針は固まった儘、もう二度と動かぬ事は一目瞭然であったが

「どうよ?」

時計を嵌めた腕を上げて、モデルの様にポーズを決め ブッチは自慢げに二人に見せつけた。

既にブッチの腕には幾本もの腕時計が付いていたが 其れよりも ―

弐弧の目は よれたTシャツの袖口から覗く、黒い痣に吸い寄せられた。

「いや~ん見ないでー。変態ー」

弐弧の視線に気が付いたブッチは大袈裟に道化た。


廃墟に蔓延する奇病が在る


此処では 大半が大人になるまで生きられない。

足の先から発症する事が多く 最初は痣の様な見た目だが 痛くも痒くもない。

寧ろ 《《何も感じない》》のだ。

体が動かなくなる訳でも無く、暫くは普通に過ごせる。

やがて 黒い痣が上半身を這い出す頃には 徐々に体の機能が失われてゆき

次に脳が冒され始める。

記憶障害や感情の欠落 別人の様に変貌し そうして ― 全身が黒く染まれば、息絶える。

最期は 干涸らびた体が、灰の様にぼそぼそになって頽れ 散って逝く。

廃墟に降る黒い灰に冒されたのだ、と言う話と 罹患すれば最後 此の病には治療法が無く

何れ体が灰になって死ぬ事から 灰とかけて「バイバイ病」と呼ばれていた。

人体が黒い灰になる等、到底信じられたものではないが

黒ずんだ人間が灰の様に散ったのを 三人は其の目で実際に見た事があった。


幾ら歯を食い縛っても 込み上げて来る悔しさに堪えきれず

「巫山戯んな!!」

両手をテーブルに叩き付けた。

「何で黙ってたんだよ?!」

身を乗り出して激昂する弐弧を

「オマエ、俺が死ぬと思ってるな?」

ブッチの強い眼差しが受け止める。

「… !


「俺が負けると思ってんのか?

「コイツがこっから動けねー儘、何年経ってるか知らねーだろ?

「痣如きでくたばる程、ブッチ様はヤワじゃねーんだよ!アホが」

腕を組んで尊大に反り返り

「まーだ納得出来ねー、ってツラしやがって

「「外」の奴等の言葉は信じる癖に、俺の言葉は信じられないってんだな?」

「違 …!

「そーかそーか、俺等の絆はそんな脆いもんだったってワケか」

「おい!!」

自虐の末に嘆息して見せてから

「仕方無ぇわ。慰めてやるから、もう泣いてしまえ」

挑発的な笑みを返して来た。

「な …! 誰が泣くか、馬鹿!」

「キレんな

「其れはそうと

「オマエ、俺への誕プレは持って来たんだろうな?」

「はあ!?」

「真逆の手ぶらかよ!?」

「あるわ! … ある、けど

「… 悪い。俺も腕時計

ブッチに乗せられた勢いで取り出しはしたものの 腕時計以外の選択肢を思い付かなかった事が恥ずかしく、言葉は中途で消えた。

「あーはいはいはい

「分かった分かった。こう言う事だろ?」

二人からの腕時計を嵌めた両腕を交差させると 舌を出し、ブッチはチャラ男の決めポーズで戯けて見せた。

サビ子が声を上げて笑う。

「にしても お前が料理人になるなんてなー!スゲーじゃん!!」

重い空気を吹き飛ばす様に ブッチは声を張り上げた。

「いや、別に。居酒屋でバイトしてるってだけで」

「廃墟に残ってるヤツ等に 旨いもん食わせてやりたいって思

「飲食って時給たけーし」

「…

「…

互いに沈黙する。

「オマエ!ちょっとは良い様に言わせろよ!」

ブッチはいつも笑わせ役を演じ 場を和ませてくれる。

本音で語り合い 皆で笑い合う。

此処ではずっとそうだ。


そして 弐弧は手を振って二人と別れる。


「また何時でも来いよ!」

「茶々丸ー!またねー!」


「またな」


また ― 他愛のない別れの言葉なのに そんな言葉を 後、何度聞けるのだろう


何時の間にか、弐弧はトンネルの外に 騒々しい光の渦の中に居た。

涙を振り切る様に 夜の街を駆けていた。

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