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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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序章 捕獲屋

男は孤児を捕えて売り飛ばし 其れで稼ぎを得ている「捕獲屋」だ。


廃墟には孤独な子供達が棲みついている。

子供達の多くは「群れ」で生活し 時折街に出ては悪事を働く。

廃墟から出て真っ当に生きていく事等 夢のまた夢だ。

其れはそうだろう。

戸籍すら持たない者が殆どなのだ。此の世に存在しない存在。

独自のルールで生き 秩序も良識も糞食らえ。

多くは闇の仕事に手を染め ロクでもない一生を終える。


自分の様に。


夢など持った事も無い。だが

生きている限りは金が要る。

誰にも咎め立てされない子供を金に換えるのは 最も楽な仕事だった。

どうせ大人になってもロクな事をしない。此の地に在るのは穢れた土に蔓延る悪の芽だ。

此の先起こり得る、凶悪事件を減らしてやっているのだから 感謝されても良いと思っている。

稀に 馬鹿みたいな慈愛の心で非難する者も居たが 試しに此の地のガキを連れ帰ってみると良い。

真の悪とはどう言うものかを教えてくれるだろう。街の奴等には分かるまい。

雑草も蔓延れば手に負えなくなる。

「群れ」にはそれぞれのルールが存在しているが、共通しているのは 殺人も厭わない、と言う点だ。

子供達が手にする「オモチャ」は 街の常識とは違う。

リスクは大きい。

だから男が狙うのは 「群れ」に入れず孤立している憐れな幼子だ。

はみ出し者の子にはやはり何かしらの「難」があり 大半は売った所で二束三文にもならない。

「難」の中には奇妙な子供も含まれる。


人を喰い殺す「禍いまがいこ」と呼ばれる存在 ―


「禍い子」は血の様に真っ赤な目を持ち キメラの様に奇怪な姿をしていると言う。

其れに「魂の無い子供」 だ。

魂が抜け落ちたかの様な其の様相から「抜け殻」とも呼ばれている。


生ける屍   彷徨いながら「何か」悪いものに憑りつかれ やがて其れが「禍い子」となるらしい。


此の手の話は数限り無く存在し どれも真相は定かでは無い。話は尾鰭を付けて広がっている。

何が面白いのやら。

唯 絶望の末に放心状態になった「抜け殻」なら、何度か見かけた。

捕えるのは訳も無いが 眼窩は深く落ち窪み 痩せた躰は腐敗した土壌に立つ枯れ木宛ら。

闇市では買い叩かれ、薪代にすらならなかった。

もう一つのリスクを上げると 此の場所は蒼蓮会の縄張りで 見つかれば只では済まないだろう。

高潔な長殿は闇市を好まないらしく シマ内で商いをしようものなら ― 

関わった者達は皆 ある日突然姿を消し 其の儘「消息不明」になる。

話題にする事すらも禁忌で まるで 話せば呪われる、と言わんばかりに誰も口を開かない。

馬鹿馬鹿しい話だ。

今の今迄「仕事」に精を出して来たが、何のお咎めもなかった。

全ては都市伝説、と言う奴だ。

信じる者だけが馬鹿を見る。

其れが証拠に 此の商売は今以て売り手市場だ。

「商品」を求める客は 入手が困難になれば成る程余計に欲しがる。

売った「商品」がどうなろうと男の知った事ではない。

道が欲しければ自分で切り開け。自分は飼い主を喰らいながら生きてきた。

「店」に奴隷の如き扱いを受けていた時も

   ああ あれは最高だった

   あいつが最期を覚った時の顔と来たら いつ思い出しても愉快だ

陰惨に唇を歪めて笑う。

   俺の邪知には禁忌すらも及ばない

良い思い出に浸っていると、幾分か気も晴れて来た。

「禍い子」とやらが本当に居るのなら是非ものにしたい。

上流階級の連中に金を出させるなら、相応の品を用意しなければ目通りすらも叶わない。

危険を冒してまで此処に来た甲斐があると良いのだが。

男は乾いた地面に何本目かの煙草を落とすと 苛々と踏み躙った。

際になるまで気付かなかった煙草の火で髭が焦げていたのだ。顔を顰め 燃え滓をはたき落とす。

平静なつもりだが、今日はやけに落ち着かない。

此の先起こりうる運命を 第六感で ― そう言うものが自分にもあるのなら ― 

察したとでも言うのか。

   下らない

躰を切り裂かんばかりに吹雪いているが 月が照らしてくれるお蔭で白白と視界は開けている。

しかし 月夜に吹雪とは奇妙な天気だ。

獰猛な目で辺りを見回す。

時間は幾らもあるが 物見遊山に来た訳では無いし 神経は常に研ぎ澄ましておかなければ

闇の中に身を隠している「獣」の襲撃から身を守る事は出来ない。

廃墟を密林とするならば ガキ共は野獣も斯くや 何処に潜んでいるのか。

気配を感じれば素早く逃げるか 或いは 「群れ」なら退屈凌ぎに襲撃して来る事もある。

此方も命がけだ。


黒い子供を見たら、命は無いと思え


そう教えてくれた古狸の同業者とは、其れ以来二度と会う事は無かった。

もう此の世に居ないのか 街を出たのか。兎に角姿を消した。

陰気な場所に居る所為か、良い心持ちも直ぐに陰気なものになり

廃墟は無限の迷宮の如く 幾ら進んでも同じ所をぐるぐる回らされているだけだ、と言う気がして来る。

奥まで入り込んでしまえば二度と出られなくなる、と脅されたが

今更引き返せない。

確かに 不気味な事は不気味であった。

人の気配どころか、其の痕跡すらも感じられない。鼠一匹、虫の一匹も居やしない。


黒い心臓


そう呼ばれる。都市の真ん中に位置する廃墟の樹海。

今まで狩りは樹海の周辺で行って来たが 近年はガキ共も激減し、其の分狡猾になっていて

やりにくい。知恵のある者だけが生き残っていくのだから、其れもまた然り。

男がこんな所まで来る気になったのには訳がある。

「禍い子」の名を最初に世に出した マキリ と名乗る人物の著をネットで拾ったからだ。

無論信じては居ない。面白半分に見ただけだ。

だが

此の仕事も もう、そろそろきつくなってきた。此処らで一山当てて 大金を手に隠居といきたい。

マキリの著によると 「禍い子」は黒い心臓の中心部に生息しているらしい。

一匹くらい手に入れられないものか、此処最近そんな事ばかり考えるようになっていた。

何とはなしに深く入り込んでみたが 拍子抜けする程、何も無い。

騙された、と言うのは 騙す側にいた男にとって堪えられない事だった。

馬鹿を見るのは嫌だ。

だが 此の場所に来たのは矢張り無駄足だったのか。男は憤って手近な瓦礫を蹴り飛ばした。

飛散した瓦礫が闇に虚ろな反響音を響かせたが 暫くするとまた重苦しい沈黙に支配され

男は喚き散らしたくなる衝動を必死に押さえた。


こんな最果てまで来て ―


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