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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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黒狐の男

日は落ち 辺りは暗闇に包まれ、外灯の明かりも疎らであったが 夜目が効くので何の問題もない。

足の向く儘に歩き続けている。

湿り気のある生温い風が吹きつけると 木々の影が不気味な生き物の様にざわめいた。


ふ、と顔を上げた 其の先に


駅が在った。

嘗て、多くの乗客で賑わっていた頃の面影を残し 木造の駅舎は、時の流れと共に風化して 所々錆び落ちた柵がホームの先端まで伸びている。草一つ生えていない赤茶色の線路が一本。

見たところ、無人駅らしい。

点滅を繰り返す灯りは、点いているよりも消えている時間の方が長く 殆ど意味を成していない。風雨に曝された自動販売機は飲料のみで、一縷の期待には添えそうもない。直ぐ横手にタクシーの会社が在ったが、シャッターが下りている。

劣化の進んだ建物は 倒産したのか、営業を終えているだけなのか 見分けもつかない様な外観をしていた。

近隣に幾つか在る、似た様な建造物も沈黙を決め込み 辺りは、ひたすら深い闇の中に沈んでいる。

唐突に警報音が鳴り響き 線路の両側の丸い赤灯が、交互に忙しなく点滅を始めた。ぎぃぎぃと撓みながら遮断機が下りる。白い光が先駆け、特急列車が耳障りな軋り音と共に凄い早さで走り抜けると 遅れて突風が吹き付けた。

列車は走っている様だ ― 

そう分かっても 「自身」が駅に向かわさせようとしない。

あの時、スマホすら持って出る様な猶予はなかったが 備わった手癖を駆使すれば、必要な物資は行く先々で調達出来る。

先程のサーファーから、悪趣味な蛇皮の財布も賜わっていて 列車に乗ろうと言うのなら、金はあるが ―

後方に立つ一縷を振り返った弐弧の目に 紅い目をぎらつかせ、牙を剥き、口から真紅の炎を吐き出している化け物の姿が映った。

其の目が自分に向けられているのではない、と分かったのは 背後の駅舎から襲い来る、異形の気配にやっと気が付いたからだ。

一縷の右手が真紅の炎を纏い、爪を立てて振りかぶられる。割れる様な悲鳴が耳を劈いた。弐弧の察知する能力がなければ、諸共頭を砕かれていただろう。

地面に倒れ伏して、紙一重で身を躱し 直ぐ様反転すると駅舎の方に向き直った。地面を深く抉った爪痕に紅い炎が上がっている。

物凄い速さで、ぞわぞわと駅舎の屋根に這い上った黒い異形は 反対側に隠れて見えなくなった。

人では無い。

長い胴体には、数え切れない程の足がついていた。


けーん … 


甲高い動物の鳴声がしたかと思うと 再びあの割れる様な悲鳴が、今度は先程よりも長く響いて来た。

悲鳴と言うよりは咆吼に近い。黒い影が「何か」と対峙している。かと思えば

喚き声は不意にぱったりと止み 間も無く、気配は消え失せた。

緊迫した静寂の中に、自身の激しい鼓動だけが響いている。


けーん …


何処かで、また甲高い鳴き声がした。生き物の気配はしないのに 其の声は、はっきりと聞こえる。唯 耳に聞こえたと言うよりは 頭の中に直接響いた様な感じであった。

息を殺して立ち上がり、闇の中に目を凝らす。一縷は迎え撃つ態勢の儘だ。

未だ 危機は去っていない ―


「鬼子が堕鬼と仲良しこよしって

「一体全体 どーなってんだろね」


軽い調子の声が頭上から降って来た。


   え …?


言葉の意味を理解する前に 上空から巨大な黒い影が、態と人を脅かす様に勢い良く降り立った。

ほっそりとしなやかな体。青白い炎が、黒い体毛に沿って細波の様に走り 目尻の赤い、気品を放つ金色の双眸が闇に光っている。一見狐の様だが、体長は三〜四メートル位ありそうだ。耳はぴんと立ち、長い尾はストールの様に軽やかになびいていた。動物、と言うよりは幻想世界に棲まう格の高い生き物 ―


「弐弧たんじゃーん!」


其の美しい狐が、頭の悪そうな台詞を発した事に驚いたが ― 違った。

黒い狐の後ろから 黒のスーツに黒のネクタイ、黒の中折れ帽、黒の革靴 と言った全身黒尽くめの男が姿を現わした。黒い髪はふわりと緩く巻き 男は涼しい顔で、黒いスマホを胸ポケットから取り出すや


「百鬼弐弧 黎明天生学院高等部一年

「堕鬼を匿った挙句に学生寮を大破させ、多数の負傷者を出して逃走。もれなく全国に指名手配中~♪」


絵本の読み聞かせでもするかの様に 抑揚を付けて楽しげに読み上げる。

突如として現れた不審な男。更には 其の口が、衝撃の内容を告げ 頭の中は真っ白になった。

だが 未だ体は行動に移らない。

二十代前半位の此の若い男は 思わず聞き惚れそうな艷やかな声で続ける。

「クラスは三のはん

弐弧は最初驚きに目を瞠り 次に凡と言った時の、弐弧を憐れむ様な男の目に苛立ちを覚え ―

時間の無駄だ。相手にしない方が良い。

「待って待って!行かないで弐弧たん!」

瞬く間に 背を向けた弐弧の肩に腕を回して、抱く程に距離を詰め 驚いて声も出ない弐弧に

「弐弧たんに嫌われたら 俺、殺されちゃうから」

端正な顔を間近に寄せて来て耳打ちする。弍弧は忌々しげに男を睨み付けた。

「あれ?若しかして気付いてない?

「あの鬼 弐弧たんとリンクしてるみたいなんだけど?」

殺される、等と物騒な台詞を吐く割に 終始笑っている顔は、悪巫山戯に興じているとしか思えず

「弐弧たんの心一つで、俺の運命が変わっちゃうかも知れないってワケ

「自慢じゃないけど 俺は此のシマ最弱のエリアリーダーなんだ」

気取った態度で、ぐっと親指を立て 殊更良い顔で笑んでみせたが、自慢にもならない。

最後には蔑んだ目で男を見るに至った。

「だからさ、俺も弐弧たんと仲良しって事にしといてくんない?」

視線を一縷に向けた儘 手で口元を隠し、男は弐弧の耳元に囁くが

闇に潜む黒い狐に弐弧と一縷は包囲され 逃げ場を失っている。気付いていないとでも思っているのか。今や一触即発の状況だ。

其れに 先程から鬼、鬼と ―

「何であの鬼は弐弧たんの事襲わないんだろうね?」

此の男 人を馬鹿にした様な顔でにやにや笑い 話す事と言えば何一つ分からない。

「…!

「放せよ!」

感情に任せて男の手を振り解いた刹那 黒い炎が鷹の様に急襲して来た。弐弧の真横で激しく黒い炎が上がる。

男の姿は既に無かった。

「危ない事するなぁ。此れだから堕鬼なんてねぇ?」

帽子のつばに手を遣り、気取ったポーズで いやー其れにしてもビビったビビった、と笑い 男は狐の背に乗って何時の間にか上空に逃げている。

「あれ?此れは流石に一寸ヤバイかな?」

   

闇に喰われた者の魂は 何処までも堕ちてゆく


殺戮に駆られた少年の目が、血の様に紅く、禍禍しく耀き 口はめらめらと黒い炎を吐き出した。真紅と黒の入り混じった炎を体に纏い 上空では 長い尾を引いて、円を描きながら黒い猛禽が飛び交っている。炎に巻かれた男と狐は其の場から動けない。


「二度と俺達の前に現れるな!

「次は殺す!」


誰も彼もが 巫山戯た言葉で自分達を嘲笑う。


もう沢山だ ―


弐弧は一縷の腕を掴んで、闇に犇めく金色の目の中に飛び込んだ。

青白い炎が揺らめいたが、攻撃はして来ない。身を引いて道を空け 黒い頭を巡らせた狐は 唯 去って行く二人の背を見送った。

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