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鬼禍刻  作者: 亥乃沢桜那
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序章 終わりの始まり

太陽は黒雲に覆い隠され 辺りは薄暗い。

時折 空が閃光を放つと、雷鳴が腹の底まで轟いた。

蜘蛛の糸程も細い雨が音も無く降りしきり じめじめとした大気と相俟って 体に纏わり付いてくる。



微かな血の臭い


明るい色の短髪 黒い着物に濃い蒼の羽織を雑に引っ掛けた長身の男。

血の臭いは 男の躰に染み付いている様だった。

遥かな先に「其の姿」を捉えると 男は笑みを浮かべた儘、明るい短髪の髪をかきあげ 雨滴を払った。

雨は重さを増して もう直ぐ、雪に変わるだろう。

髪を伝い、顔から雨粒が流れ落ちるのも もう其の儘に 男は天を仰いだ。

見上げた暗い空から 雨が男に降り注ぐ。

瓦礫に挟まれた階段の間から  遠く   廃墟が見えた。


廃墟は生ける屍の様に聳え立ち 此の地を侵蝕している


男は懐から取り出した煙草に火を付け、悠々と燻らせた。

煙が流れてゆく先に 黒服姿の、何れも屈強な男達が居並んでいたが

其の存在は 霧雨の中で影のように佇み 気配も感じさせない。 


間もなく 終わりが始まろうとしている ―




陰鬱な光を帯びた 冷やかな眼を感じている

周りの地面だけが、奇妙な程真っ白で 暗闇にくっきりと浮かび上がり


其処には     音も無く  動く者も無い


辺りは深い闇に包まれて 何も見えない   其の先に何が在るのか

闇は少女を閉じ込め

浮かび上がった大勢の人間の双眸が 突き刺す様に少女を見ている

憎悪に歪んだ眼光に蹂躙され   躰が 動かない  息が苦しい


声が 出ない


首を押さえていた両手を離すと 血で真っ赤に染まっていた

其れは 斬られた首から流れ出る血であった

掌から零れ落ち

足下から 白い地面に広がりゆく血は 生ある物の様に這い

視界を紅く染め上げる

醜く 歪んだ眼は、少女を冷たく蔑んだ


躰から 血が流れ出てゆく   血が  止まらない      止 まら  ない


「 ― 

   声 が   出 な 


唇が戦慄く。

ゆっくりと目を開き 少女は震える白い息を吐き出すと、虚ろな瞳で辺りの様子を窺った。

廃墟は静まり返り 闇の中を、何時の間にか音も無く雪が舞っている。

雪は湿って重く 蹲る少女の、憔悴した躰に降り積もって体温を奪った。


目を覚ませば 其の目に映るのは  堕ちて往く世界


暗い空からは黒い灰が降り   聳える黒い影は少女を取り囲む檻となって 何時までも消えない


前は何処に居たのか ―

思い出そうとすると頭が強く痛んだ。

嫌な夢を見たからかも知れない。夢 ? 此処に居るのも 本当は …


夢の中で いつも 少女は殺される    残酷な眼が 少女を殺す


ふ と「何か」を感じ 少女は顔を上げた。躰がざわめく。

少女は此の先に起こる事を、予知出来得る訳では無い。唯 感じるのだ。

辺りには物音も人影も無い。怯えた黒い眸は、暫く辺りの様子を窺っていたが 立ち上がると直ぐに其の場から離れた。

歩き出した足は、追われる様に速まり 疾走に変わっていった。


何処に居ても 何処まで逃げても  歪んだ視線は、絶え間無く少女を追って来る。

激しい憎悪に燃え 殺意に満ちた大勢の人間の眼が 少女を取り囲んで雁字搦めにする。

歪んだ影が 地を這う様に進み来て


直ぐ 後ろに ―


不意に頭が強く痛み 躰が感覚を失って、其の儘勢い良く地面に倒れ込んだ。

「誰か」の手が伸びて来る。

少女は直ぐ様半身を起こし 背後を振り返った。

辺りには 唯、暗闇があるばかりで誰も居無い。

少女は傷ついた足を、震える両手で抱え込み 其の場に小さくなった。




年季の入った車が一台 土埃を巻き上げながら、罅割れた道路を進んで来る。

廃墟の外れで停車し 酷くドアを軋ませて、然も不健康そうな男が一人 のっそりと出て来た。

「立入禁止」と大きく書かれてはいるが 錆びた針金一本でぶら下がった、威厳もない警告看板だ。

見張りも無く、監視カメラがある訳でも無い。

有刺鉄線のフェンス 上部には鉄条網が張られた、刑務所等で馴染みの塀が延々と侘しく続いている。


陰惨に佇む廃墟を、殊更陰気な目で見遣り 見るのも不快だ、と言わんばかりに 男は小さく舌打ちした。

闇に連なる黒い影は 人々から忘れ去られ 訪れる者も無い墓標の群れだ。

陰気にならいでか ―

ダウンジャケットを脱ぐと、乱暴に助手席に放り込み 代わりに塵溜めになっている後部座席から、破れたコートを引き摺り出して、悪臭に噎せながら羽織った。

コートの裂け目から、身を切る様な冷風が入り込んで来る。寒さに震えあがったが、此れも仕事だ。

心優しい廃墟の住人を装って「獲物」に近付き 油断したところで牙を剥く。其の為に

風呂にも入らず蓬髪も其の儘に 残飯がしがみついている髭すらも剃っていない。

黴びたコートを身に付けると 己の汚臭に身が震える程、吐き気を催したが

今の所、此れが一番効率が良いのだから仕方無い。

男は廃墟に向き直ると辺りを見回し やおら歩き始めた。


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