悪い夢
― 茶々丸
茶々丸 助けて
深い闇の中に 背を向けて一人立つサビ子の姿が 其処だけ、妙にくっきりと浮かび上がっている
― あたしの中に 化け物がいるの
サビ子? サビ子!
― ほら 見て
振り返ったサビ子の顔の半面に 紅い眼を陰惨に光らせ
化け猫が口を裂いて嗤い 赤黒い肉塊をどろどろと吐き出した
カシャン カシャン… 次々と地面に落ちる腕時計が 乾いた金属音を立てて、血溜まりの中に転がってゆく ―
跳ね起きた体は恐怖に戦き 激しい動悸に息が詰まった。
夢だ 唯の 悪い夢だ
片手で目を覆い 後ろの壁にぐったりと凭れ掛かる。体は力を失って項垂れ、憔悴した顔を膝に埋めると 間も無く心は逃げ出し、頭の中は空虚で満たされ始めた。
かち かち … かち
… ?
何処からか 何か硬い物を打ち鳴らす様な音が響いて来るのに気が付いた。
思考も定まらない状態で、目は薄く開かれたが 頭も視界も、靄が掛かった様にぼんやりとしている。
奇妙な音は未だ続いていた。
無意識にリモコンを操作したらしく 冷房の風音が聞こえている。
雨音はもうしない。窓外は夜闇の黒一色で、何も見えない。
胸ポケットを探って、スマホを手にする。液晶画面の光が 寝惚け眼には殊更眩しく感じられた。
2:20
デジタル時計の表示から顔を上げようとした途端、痛みが走った。
「痛た …
座った儘の姿勢で寝ていた体は凝り固まり 油の差していない車輪の様に軋んだ。
徐々に思考がはっきりして来る。打ち鳴らす音の源は どうやら、自身の直ぐ目の前に在る様だと分かった。
少年の亡骸を放り込んだ下段のベッド。
今 其処には
青白い幽鬼の影が横たわっている。唇の端から覗くのは、人の其れとは明らかに違う 鋭利で禍々しい
牙だ。
ベッドの上で、血の色をした目が闇の中に光り 白い牙が虚な音を響かせていた。
上下の顎が小さく噛み合わされているだけで 感情の欠片も、表情の一つもなかったが
生きていたのか ―
但し 化け物として、だ。人では無い。
見守る内に、目は閉じられ 牙を打ち鳴らす音も止み 少年は、其れきり動かなくなった。
冷房の心細い風音が、静まった部屋に再び聞えて来る。
ふ、とスマホの明かりが落ちると 部屋は再び闇に帰した。
途端、少年がカッと紅い目を見開いて 部屋は瞬く間に血の海に ―
此れがホラー映画なら、そんなショッキングな展開が待ち受けているに違いない。
弐弧は少年から目を離す事が出来なかった。




