軍
あけましておめでとうございます
あの海賊退治から1ヶ月、レミィたちのPT「ファミリア」は着実に宝石を貯めていった。
特にU.N.がPTに加入してくれたことが大きい。
レミィの魔法による遠隔攻撃の負担が減ったし、ケィンとチェスカに補助魔法をかけてあげられる隙も大いにできた。
またU.N.が射る矢に氷や風のエンチャントをかけて戦いを有利に運ぶ戦術も可能になった。
ホムンクルスとは本来人間が人間の代わりに家事をさせることを目的として作られるので、U.N.もそうだと思っていたのだが、どうやら彼女は最初から戦闘をさせる目的で作成されたようだ。
そもそも大陸で奴隷制度が撤廃され、人間が、特に富裕層が代わりの労働力を欲してホムンクルス研究が進められたらしい。
しかしそれさえも「人道に反する」との声が上がったため、ナパジェイなどの特殊な国以外ではホムンクルスに関する研究は禁忌とされた。
ただ普通の子供として産まれてきた赤ん坊を「忌み子」だと言って差別するあたりどうやら人間は差別というものと切り離して生きられない生き物らしい。
そんなことを考えながら、レミィは10個目のA級赤の宝石の練成を終えた。これで赤と白のA級宝石は合計で20個。そろそろラバマシーのアンデッドにも充分対応可能な回数の「太陽神の杓杖」を使える個数まで来たのではないだろうか。他の色の宝石もかなり集まった。
U.N.は戦うときに使う矢は自分で木の枝から作るので宝石を使わないのも大きい。矢尻も石ころから自作したりチェスカが鉄くずから打ってあげたりする。矢羽も野鳥をハントして自分で作る。その野鳥の肉はレミィたちの胃袋に納まる。非常にエコロジーだ。
しかし神経毒まで調合できるとは、彼女を作るのに使われた細胞の持ち主は一体どんな弓手だったのだろう?
まさか本当にどこかにノスナ・ヨイチーの細胞がどこかに保管されていてその複製を作る実験をしていたのではあるまいか。
ノスナが活躍したというシコク島のキヌサのヤーシマにもシューキュ島は船ですぐだし、彼女のその最期も不明だ。
……ばかばかしい。
ノスナは数百年前の人物だ。最期は不明だが、その細胞が現存するなど想像力の働かせすぎだ。
レミィはそんな妄想に耽りながら小さな依頼で手に入った小粒な透明度の低い宝石を同じ色同士で練成して純度を上げていく。
買い物をしてお釣りなどでもらう宝石もこうやって価値を上げておけば赤と白以外も戦闘時に使い物になる。
「ふう……」
もう昼時にさしかかる。朝から水しか飲んでいない。食費も節約しているからだ。
だが、さすがにお腹が空いてきた。
ケィンは臨時で剣術道場の指南バイト。
チェスカは鍛冶場。
U.N.は孤児院、と今日は見事に朝からPTメンバーが誰もいない。
レミィだけが酒場のテーブルに座って独り、水だけを供に宝石を練成していた。
残しておいたジャラ銭同然の宝石でバゲットを注文してかじる。早くこの節約生活から脱してまたあの温泉旅館のようなところで贅沢したいものだ。
『脇差級になったら……』
あの夜のケィンとのやり取りを思い出し、レミィは思わずパンを喉に詰まらせる。
「ごほっ、ごほっ」
水を飲み、平静を保とうとした。
「大丈夫か、レミィ。最近ちょっと根詰めすぎじゃないか?」
マスターがそう言ってお冷のお変わりを持ってきてくれる。ここの酒場のマスターは愛想は無いが、ある程度気を許せば心根の優しさを見せてくれる人だった。
「ありがとう、マスター。でも気を抜いてもいられないのよ」
今夜にでもPTメンバーに軍にラバマシーへの立ち入り許可を出したい旨を話すべきだろう。そう簡単にいくとは思えないので太陽神の杓杖は持って行ったほうがいい。話の流れ次第では自分が太陽神の信徒になったことも説明すべきだ。
☆
そうして、夜にPT一同が酒場に介したところでレミィは話を切り出した。
「そうだな、レミィの言う通りだ。いつまでも宝石集めばっかりやってても埒があかない。明日にでも軍を訪ねよう」
まずケィンが二つ返事で同意してくれる。
「U.N.が自作した破魔矢がアンデッドに有効なのもこないだの依頼で証明されたわ。戦力もアップしたし、そろそろ攻め時じゃない?」
チェスカもそういう言い方で合意してくれた。残るはU.N.だが。
「マスターとお二方が賛成ならば私に否やはありません。どこへなりともお供する所存です」
思った通りの答えが返ってきた。彼女はチェスカがイエスと言えばイエスと言う。
「じゃあ明日ガサキの軍支部に行ってラバマシーへの入場許可をもらいましょう。なんなら軍からの直接の依頼ということにしてもらってもいいわ。わたしたちは冒険者なんだから」
レミィがまとめると、4人はうなづきあう。
☆
予想はしていたが、軍の上層部に会うための待ち時間は長かった。
ある程度の級の冒険者なら軍には顔パスになっているものである。しかし、レミィたちはまだ級が低い上に案件が大きい。そこそこには立場が上の者に話を通さねばならない。
皮袋に入れた水が空になり、便所を何往復かしたタイミングでようやく呼ばれた。
対応してくれたのはマーリと名乗った美丈夫だった。階級は大佐らしい。やはり将官クラスはこんなちっぽけな冒険者の相手はしてくれないようだ。
「話は聞いた。ラバマシーへの入場許可の申請だったな」
「はい。ラバマシーの浄化が目的です」
「知っての通り、あそこはラバマシーの乱時の大量虐殺による怨嗟が未だ渦巻いておる。危険だと承知の上だな?」
「はい、こちらには切り札があります」
レミィは布で包んであった太陽神の杓杖をマーリ大佐に見せた。
「一時的に日光を発する神器です。ブドーキバから来た太陽神の司祭から預かりました。わたしも太陽神の信徒です」
「待て、そんな一度に言われても状況が飲み込めんぞ、事の発端から詳しく話せ」
はっきり言って交渉ごとはケィンに任せきりたかったが、レミィは仕方なくシモーヌとの出会いからゼンチクへの旅、リトとの交渉まで包み隠さず話した。
聞き終えるとマーリ大佐は「うむ」と大きくうなづいて、理解した旨を示した。
「事情は分かった。ぬしらに勝算があることもな。だがラバマシーのアンデッドは想像以上に多いぞ。虐殺された約4万人全てがアンデッド化しているとは思えんが、苦戦はまぬがれまい。全滅したとしても自己責任だ」
国是を言われてレミィは一瞬震えてしまった。
「本来ならばゼンチクあたりから冒険者の応援を呼びたいところだが……、シューキュ島の冒険者たちはほとんどが海賊退治に海へ出ているのだ」
「海賊退治ならこないだあたしたちもやったわ」
そこでずっと黙っていたチェスカが口を開く。
「おお、あの海軍も手を焼いていた『キャプテンハット』を討ったのはお前たちか、たしかに骨はありそうだな」
どうやら帽子をトレードマークにしていたらしい、帽子を傷つけられたらキレたあのお頭がいた海賊団の名前は「キャプテンハット」とのことだ。
なるほど、そんな風に呼ばれるのも戦った今なら分かる。
「よかろう。許可を出そう。しかし、何度も言うが成否は自己責任だぞ」
言われてケィンが獰猛な笑みを浮かべた。
彼がこういう顔をするときは自信があるときだ。
「しかし、少し心許無いのも事実。そこで決行までに対アンデッド用の秘密兵器を用意させよう」
「秘密兵器?」
レミィは眉をひそめた。太陽神の杓杖だけでは足りないというのか。
「セイクリッドウォーター。いわゆる聖水だ。武器にかければアンデッドへの攻撃が何倍にも効果的になる。また直接体に降りかけてもアンデッド避けになる。役に立つだろう」
マーリ大佐の言葉にU.N.を除く3人が「おおお」と声を上げた。まさか軍からも支援をもらえるとは、これは心強い。
「ピュリフィケーションの魔法が使えるガサキの軍魔法顧問に依頼するから数日くれ。宿に届けさせる。たしか『森の家亭』だったな?」
「はい!」
こうして思わぬアイテムまで手に入ることになったPT「ファミリア」はラバマシーへの行軍に胸を高鳴らせた。
「でもそんなすごい魔法使いが居るなら同行してもらう訳にはいかないの?」
チェスカが無遠慮な質問をすると、マーリ大佐は顔を曇らせた。
「もうかなりのご高齢なのだ。もう70年もガサキの魔法顧問をしてもらっている」
それは下手すれば100歳過ぎているだろう。冒険者の冒険に連れ出すわけには行かない。
とにもかくにも一行は宿で待つことになった。チェスカなどは「許可が下りた記念に一杯!」とか言って久しぶりに酒を呑んでいた。さすがに一杯だけにさせたが。
二日後、聖水が入った瓶を大量に持った軍からの使者が来た。
出発だ。
世界観補足説明
キヌサのヤーシマ:那須与一が扇を射落とした逸話が残る屋島の合戦から
マーリ大佐:戦国時代に当時の長崎、備前国を発展させた大名、有馬家から。
キャプテンハット海賊団:ワン(ピー)スの麦わら海賊団から。




