願う事は一つだけ、一人でも多くの人に幸あれと。
それはまるで祈りのように。
幸福とは与えられるようなものではなく、自らが獲得していくものだ。
神がいる限り、真の意味で人が幸福になる事は出来ない。
人はきっと、幸せになれる、そう信じたい。
だから・・・
かつて蛇と呼ばれた男は原初において神と決裂し、今もまだ神無き世界の幸福を祈り続けている。
あるがままの世界の中で、なにものの思惑にも左右されない世界の中で、人よ、自由であれと。
いつかきっと、人類全てが、自らの力で幸福を勝ち取れるような、そんな世界が来ることを、ただ祈る。
いまだ、叶った事はない。
いくつもの世界の終焉を見た。
それでも、と、男は何度でも繰り返す。
神からの脱却と、人類の成長こそが、人を救う道であると信じて。
魔王だと呼ぶものもあったし、悪神だと呼ぶものもあった。
自分たちが不幸なのは男のせいなのだとは何度言われた事か数えるのにもとうに飽きた。
神によって最初に生み出された人でありながら、自らの妻を唆し、楽園追放のきっかけを作った大罪人。
アダムという名を、知らないものは無いだろう。
ただその男こそがエヴァを唆した蛇の正体であったとまでは知るものはいない筈だ。
神は、全てを与えて下さった。
ただの動物とし生きるなら、楽園はまさしく楽園であっただろう。
ただ、人間であるアダムにとっては、楽園とは終わらない地獄でしかなかったのだ。
人類の魂を昇華させ、真の幸福を勝ち取る為に、エヴァとともに楽園を離れ、終わらない旅を続ける事を選んだのだ。
いつかきっと全ての人が、幸せになれると、ただそれだけを信じて。