冷酷王の花のようなお妃
「陛下は、なぜあの王妃殿下がお気に召さないのか……」
「王妃殿下が和平の為、お輿入れになった際、『もっと愛らしい姫はいなかったのか』と仰られたのは有名な話。
美人とは申せませんご容姿ではあられるが、野の花のような可憐な御方であられると思うのだが……」
「陛下はお心をお見せになる事はない。やはり、王妃殿下にも冷酷でいらっしゃるのではないだろうか?」
わたくしの嫁いで来た国の宮廷では、様々な噂が飛び交っているの。
でも、陛下は毎夜、夫婦の寝室へいらっしゃるのよ。夫婦仲は、悪くないと思うの。
ただ、愛されているのかは……。分からないわ。外交も、義母上が陛下に付いて仕切っていらっしゃるのも、何もおっしゃらないし……
それでも、わたくしはわたくしの出来る事を致しましょう。
戦後で医療も税も国民の生活も逼迫していて、やる事は多くありますもの。
◇
「王女さまがお産まれです!」
「わたくしの、可愛い姫……。お母さまは、貴女を慈しんで育てますからね」
産着き包まれた、わたくしの初めての赤ちゃん。何て愛おしいのかしら。
「陛下のおなりでございます!」
「陛下……」
「……。そなたに良く似た赤子だな。名は、そなたが落ち着いてから決めよう」
「はい」
こんなに早く、姫を見に来て下さるなんて……。驚いたわ。
それに、いつもよりお顔が優しいような……?
嫁いで二年目。一人目の子供を授かったわ。産まれたのは姫だったのだけど、陛下は姫が産まれて直ぐ、姫の顔を見に来て下さったの。
姫にはご興味がないかも知れないと思ってきたのだけれど……。お顔を出して下さって、少し和らいだお顔を拝見できて安堵したわ。
いえ。産まれたのが姫でも、きっとお越し下さるって知っていたように思うわ。
だって……
◇
一人死産してしまって、その次に産まれたのも姫だったけれど……。陛下は嬉しそうでいらっしゃる。
とても安心するわ。今回は頭を撫でて下さって、出産を労って下さって……。とっても幸せ。
「まあまあ、サーラン。お姉さまになったのですから、もう自分でカトラリーを持って食事が出来ますわね?」
「でもね、かあさま……」
「サーラン。母上は、妹の世話をしておるのだ。一度にそなたと妹の面倒は見れぬ。
……こちらへ」
「はい、とうさま……」
わたくしは可能な限り、子供は自分の手で育てておりますから。妹が産まれて、サーランの事に今までのように手が回りません。
どうしましょうと思っておりましたら、サーランの産まれる前は、あまりご一緒に食事をする機会はありませんでしたのに……
今は毎食、都合の許す限り陛下もご一緒に食事をお摂りになり、サーランの事を見て下さるの。
とっても嬉しい。
◇
「王妃さまの祖国との戦争の時、まだ婚約者であられた王妃殿下は、捕らえられていた兵たちに食料や医者、薬、衣料などを届けて下さっておられたらしいぞ」
「おお、聞いた事があるぞ」
「今は不作で餓えている俺たちに、こうして食料を贈って下さる。
あの方は、今も昔もお優しい」
「ああ、本当にな。そんな王妃殿下を、国王陛下は蔑ろになさって冷遇なさっていらっしゃるそうだ」
ああ。国民たちも知っているのね。
以前、一度、陛下に進言申し上げた事があるのだけど……
「政治の事ならば、私が王太子の頃に摂政に付いて下さった母上が頼れる。母上は、そちら方面に大変秀でておられるからな。頼りにしている。
私は貴女に、政治に口を出してもらう心算はない。貴女には、只、子供を産み育ててもらえれば良い」
そう、はっきりおっしゃられたわ。
とても悲しかったけれど……
子供たちを可能な限り自分の手で育てても、何もおっしゃられないわ。
仲の良いお友達も沢山できて、一緒に慈善事業ができているし。芸術家を招いて芸術の保護や、少女たちに手に職を付けさせる活動や……
他にやる事がたくさんあるから、そちらに注力するには、お義母様が政治を受け持って下さっているのは、ある意味助かっているかも知れないわね。
◇
「お母さま!」
「母さま!」
「あ、父さま!」
「え?」
「ウルリカ、皆もそろそろ城へ入りなさい。もう風が冷たくなる時間だ」
「まあ、もうそんな時間でしたのね。お手を煩わせてしまって、申し訳ありません」
「いや。気分転換のついでだ」
そうおっしゃって、陛下は腕を差し出して下さったの。エスコートはいつもスマートで、歩調はその日のわたくしに合わせて下さると知ったのは、いったいいつだったかしら?
陛下の腕に掴まり、四阿から城までの道を歩く。三男四女の子供たちに囲まれて……
うふふ。日差しもまだ温かで、まるで今のわたくしの心のようだわ。
◇
「陛下、王妃殿下はもう打つ手がございません」
「そうか…………
しかし、彼女の生きている限り、可能な限りの治療をいたせ」
「は」
子供を産む度に、体が弱くなっている気がしていたのだけれど……
麻疹が流行った時、わたくしたち家族も麻疹に罹ってしまって……
陛下と、麻疹に罹った子供三人は、幸い重症にならなかったのだけれど。わたくしは重症になってしまったの。以降、寝ているか、椅子に座っているかの生活になってしまったわ。
思うように動き回れなくって、ちょっと不便になってしまったけれど。陛下と子供達が無事だったのだもの。喜ばしい事だわ。
「王妃殿下、ご機嫌よう。先日来お会いした時よりお顔の色も良く、安堵いたしましたわ」
「ええ、今日はとても気分が良いの。
最近は少し調子が良いから、以前から話していた案件を進めたくって」
「左様ですわね。今日までに、わたくしも色いろ細かい所を練っておりますの」
「まあ、どんな事かしら?」
慈善事業などで外へ出る事は難しくなってしまったけれど、少しの時間、こうして座って何かをする事は出来るの。だから調子の良い日は、以前と変わらず、お友達と新たな事業を立ち上げるお話をして過ごしているのよ。
でも……
「ウルリカ。今日はもうそのくらいにしておきなさい」
「陛下」
「陛下。王妃殿下、ゆっくり進めましょう。わたくし、今日はこれで失礼致しますわ」
「そうね。ゆっくりでも、しっかりした事業を立ち上げる事が大切ですものね。
今日は有難う。また近い内に」
夫人は、まさか陛下がお越しになると思っていなかったみたい。目を白黒させて、とても驚いていたわ。悪いことをしてしまったわね。
「寝室まで運ぼう。夕食の時間まで、体を休めなさい」
「はい。そう致しますわ」
陛下自ら寝室まで運んで下さり、そのままベッドの側のイスに腰掛けてしまわれたの。きっと、わたくしが眠るまで、そこからお動きになられないのね。
短い時間、新しい慈善事業の事を話していただけだったのに……。思ったより疲れていたみたいだわ。ベッドに入ってすぐ、うとうとし始めてしまったの。
? 今のは、陛下……? 額……に…………
すうーー……。すうーー……
◇
「今年の夏は酷く暑い。離宮で、子供たちと過ごすと良い」
「白の離宮? 宜しいのですか?」
「構わぬ」
確かに、今年の夏はとっても暑いわ。祖国も涼しい国だったから、暑いのは慣れていなくって。
まだ夏の始めでこんなに暑いから、とっても体が大変だったの。だから、夏の静養地として作られた白の離宮へ行けるのは、とっても嬉しい。
次男と末の娘が夭折し、少し人数の減った子供たちと共に、白の離宮へ避暑へ向かうわ。
自然豊かで、居城とは違う趣きの白の離宮は子供たちも大好きで、大喜び。わたくしも、こじんまりしていて、可愛らしい白の離宮はとっても好きなの。
暑い年でもあそこは王都より涼しいでしょうし、体を休めて体力を回復いたしましょう。
そう思いながら、うきうきと白の離宮へ避暑へ行ったのだけれど……
「陛下! 王妃殿下が流行病にお倒れになられたと、今、報せが……!」
「王子さま方は念の為、王宮へお戻りになられるとの事でございます」
「妃が? して、容態は?」
「は……。医師によりますと、夏の終わりまで、お命は持たないだろうとのお見立て……」
「あ!? 陛下! 何処へ?!」
「陛下!!」
「陛下?!」
「ウルリカは?」
「は、中でお休みになられておいででございます。
あ! 陛下! なりません! 陛下に病が移っては……!」
「へい、か……」
「ウルリカ……。元気になるようにと、この離宮へ向かわせたものを……」
「もうしわ、け……」
「いや、謝らせたいわけではない。さあ、そなたが元気になるまで側におる。良く眠って、病などに打ち勝つ体力を付けよ」
「陛下……。ごせ、い、むは……?」
「母上と廷臣たちがおる。それに、そなたは政務の事など気にせずとも良い」
「は、い……」
陛下はご政務を放り出し、白の離宮へおいで下さったご様子。
三年前、麻疹に罹ってから少し痩せてしまっていたのだけれど、流行病に罹り、さらに痩せたわたくしの手を陛下は取って下さり、手ずから看病までして下さったの。
陛下は、人前でわたくしに優しくするのは大変苦手でいらっしゃったわ。それが人目も憚らず、病に倒れたわたくしの元へ駆け付けて下さった。
結婚してから今が一番幸せかもしれないなんて、不謹慎かしらね。
「陛下はずっと、春の野の花の王妃殿下に冷たかったと思っていたのだが……」
「いや、驚きましたな」
「医師は散々、陛下に流行病が移っては一大事。王宮へお戻り下さいと進言しているそうだ。だが、陛下は片時も春の野の花の王妃殿下のお側を離れられないそうだ」
「いや、真に驚きですな。各国の大使を迎える時など、儀式の時は母君を未だに横に付けられ……。春の野の花の王妃殿下は、いつも一歩下がらせておいでで……
大切になさっているご様子は、丸でなかったのに……」
陛下がわたくしの元へ駆け付けて下さり、王宮では驚きと様々な噂が駆け巡ったようだわ。
もちろん、わたくしは知らなかったのだけれど……
「ウルリカ、ウルリカ……。私を置いて逝かないでくれ……っ」
「わたくし、の……。こころの、はん、ぶんは、祖国に……。のこり、の、半分、は、陛下に遺して……、遺し、て、参ります、わ…………ね…………」
「ウルリカ……っ!」
人前では、けっして睦まじい様子を晒す事のなかった陛下。
多くの男性が、愛妾や愛人を持つ中、陛下は只の一人もそういった方をお置きになられなかった。一夜限りの浮気すらなさらなかったのよ。
でも、不器用ながら、とてもわたくしを慈しんで下さった夫君だったわ。
陛下、わたくしは幸せでございました。
最期はこうして陛下の腕の中、陛下に看取って頂けたのは、望外の喜びでしたわ……
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王妃のモデルは、スウェーデン王カール十一世の王妃、ウルリカ・エレオノーラ・アヴ・ダンマルク。
ウルリカ王妃、良いですよ〜。宜しければ是非、調べてみて下さいませ。