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訓練開始

「えっ。まだ開けない方がいいんじゃない?」

「なんで?」

「はやく、はやく!」

「いや、だって。年頃の二人だよ? シルフィアさんもそう思いません?」


 セオとの夕飯がちょうど終わったころ、外ががやがやとうるさくなった。特に玄関のあたりからルナたちの声がする。

 どうも玄関先で何やらもめているようだ。私はどうしたのかと扉を開けに行った。

「どうしたの? 早く中に入って」

 扉を開ければ、ルナとシルフィア、それにオリヴァーとロージーがいた。ドアが開いたことで子供たちが一目散に中に入る。

「ルナさん、シルフィアさん、何かあった?」

「……ううん。あると思っただけで、何もなかったことにちょっとがっかりしただけ」 

 がっかり?

 よくわからないが、ルナは異界の常識で物事を考えるので、何か思っていたのと違ったのかもしれない。シルフィアはあまり表情を変えていないが、若干ルナのことを呆れた目で見ていた。


「失礼します……うわぁ。すごい。ザ、ファンタジーって感じ。えっと、ここが素材屋だっけ?」

「そうだよ。ここで売買もするけど、基本的には王都に魔法陣で卸してお金を得ている感じかな」

 だから色々店頭に並べているわけでなく、倉庫にしまってあるのが大半だ。まあ倉庫の中は、ずっと使われず眠っているのもたくさんあるけれど。


「さっそくだけど、この後ルナさんに聖女の魔法の練習をしてもらおうと思うけれど体調とかどう?」

「体調は大丈夫だから、よろしくお願いします!」

「ただ時間的に子供達をどうするかだけど……」

 魔物化は落ち着いているので、すぐに危険なことにはならないはずだ。でもシルフィア的には昨日のようにきっちりと私が管理することを望むだろう。

 ……申し訳ないが、ここはセオを頼ってしまおうか。セオの実力なら、子供達がたとえ魔物になっても遅れをとることはないし、シルフィアも安心できるはずだ。

「私が寝かしつけします」

「えっ。シルフィアさんが?」

「アリス様もおられませんし、もしもの時はためらいなく聖水を使わせてもらいますけれど」

「もちろん、それは当然の権利ですが……」

 襲われそうになっても自己防衛するなとは言えない。でも……。


「少しだけ、ルナ様とクラーク先生にこれからしようとしていることを伺いました。……今は時間が必要なのでしょう? アリス様に手伝うように言われたのですから、私は手伝うだけです。それに貴方を手伝った方がアリス様の安全につながります」

 確かに浄化をすればこの場所の危険はぐっと減る。

 少しでも早く浄化に踏み切れるかは、私とルナ、そして魔術具が出来上がる時間にかかっている。

「それにこの中では私が一番、子供の世話に慣れていますから」

「……すみません。ご迷惑をおかけします」

 兄弟がいない私は小さい子の世話なんてほとんどしたことがない。だからすべて手探りになる。セオは分からないけれど、今日初めて会った相手だと子供たちが緊張しそうだ。

 確かにシルフィアの方がきっとうまくやれるだろう。


「謝罪はいりません。その代わり、必ず成功させて下さい」

「……わかりました」

「さあ、二人とも。今日はわたくしと一緒に寝ましょう。まずはトイレに行きますよ」

 シルフィアは二人を連れて、就寝準備を始めてくれる。

 それに申し訳なさを感じつつも、私はルナの方に向き直る。


「室内で魔法の練習するのは危ないので外に出ようか」

 屋敷の外はすでに日が落ち、真っ暗だった。

 なのでランタンに火を灯し外へ出ると、ルナとセオが一緒に出てきた。

「それも魔道具なの?」

「これは油で火を灯しているだけだから魔道具ではないよ。魔道具を使ってもいいんだけど、魔術訓練をする時はできるだけ魔力ではなくても使える道具を使った方がいいの。魔力切れになった時困るから」

 魔力切れを経験したことは片手で数える程度しかないけれど、父もいないし時間帯も夜だ。用心しておく方がいい。


「すごく星が見えるわね……。この世界は街灯ってないの?」

「ガイトウ?」

「んー。道路とかを照らす光かな?」

「魔力がもったいなくない? 夜は寝るだけだし。もしかしてルナさんの世界はあるの?」

「うん。二十四時間三百六十五日、つまり一年中夜はついていて明るかったわ」

 ええええ。なんてもったいない使い方。夜なんてそれほど人通りもないだろうにずっと明るいってもったいない以外の何物でもない。

「寝る時に明るかったら邪魔じゃない?」

「家の中まで明るくなるほどの光じゃないから、そんなことはないと思うけど……。あーでも、場所によっては違うのかな? うるさかったりもするし」

 光るのにうるさい?

 場所によってというのは光源に近いかどうかとしてもうるさいとはどういうことか。


「光るとうるさいの?」

「ああ。違う違う。うるさいのは人が騒ぐから。その、私たちの世界は暗くなったら寝るというわけではなくて、夜に働いている人もいるの」

「なんで夜に?」

 夜に働くと言われると首をかしげてしまう。

「忙しかったり、夜の方が都合がよかったりとか理由はいろいろかな」

「忙しいって……それ、昼からずっと働いているってことだよね?」

「うん。それでも終わらなければ夜にやるしかないでしょ?」

 さも当たり前のように言われるけれど、昼も夜も仕事をしていたら、一体いつ寝るのか。それとも寝なくても異世界では大丈夫なのか。

「……なんでそんなに忙しいの? というか、夜は眠くならないの?」

「眠いから、眠たくならないようにする薬が売られていたわ。私もお世話になったものよ。でも飲み過ぎで死んだというニュースを聞いた時はぞっとしたわね」

 何、その世界。怖いんだけど。

 近場でも馬車に乗り、階段も床も動き、二階に行くのに部屋ごと持ち上げられるすごく動かないことに熱意を感じる世界だと思ったのに、寝ないで働くための薬があるとか……。なんでそんなに極端なの⁉


「あ、別に違法薬物ではないのよ? 入っている成分は普通の食品にも入っているものなの。同様の成分が入ったコーヒーとかなら眠くなくても飲むしね」

 私の顔がドンびいていたせいか続けて説明を入れてくれた。

 眠くなくても飲むということは、そこまで影響の強い物ではないのだろうか。いや、薬品だから、もしかしたら効能だけ高めているのかもしれない。


 そんな話をしていると、民家のないひらけた場所に着いた。ここならば多少魔法に失敗しても大丈夫だ。 

 村は町のように塀に囲まれていないので魔物の不安は常にあるが、その代わり囲われていないのでとても広く土地が使える。

「一度見せましたが、もう一度火の壁を見せますね」

 私は火の壁を見せるために私は手を前に上げた。

「火の精霊、サラマンダーよ。我を守る盾を与えたまえ。悪しき者を焼き払う煉獄の力を我の前に。炎壁フレイム・ウォール

 私から吸い取られた魔力が1メートルほどの壁となり、赤く周りを照らす。

 壁が出現すると、おおおっという歓声とともに、セオとルナが拍手する。

「この壁を出現させる時は、どこに出現させてほしいか、規模はどれぐらいかなどはその場で明確なイメージを伝えているわ」

「これって、火壁フレイム・ウォールって言うだけでは発動しないの?」

「呪文の短縮は可能だけど、最初に精霊の名を呼ぶところを削っている人は見たことはないわ。やっぱり手伝ってもらうんだから、ちゃんと相手の名は呼んだ方がいいのだと思うの。後は私みたいに複数の属性を持っているタイプは、名を呼んだ方が誰に話しかけているのか、精霊も反応しやすいだろうし。そして呪文が長いのは、その間に術者がイメージを明確にしていっているからかな。無から生み出すから、明確に想像するというのはなかなか大変なの」

 ぼんやりとしたイメージはできても、大きさ、形、位置まで細かくとなると、頭の中に浮かべるのににも時間がかかる。

「後は細かい部分まで言葉にして精霊が認知していてくれると、想像が多少甘くても魔法は発動するというのもあると思うわ」

 呪文を短縮すれば、それだけ魔法が発動するまでの時間が短くなるので、とっさの時に使いやすい。しかしその魔法ばかりを使うならまだしも、色々使うならばやはり長い呪文の方が使い勝手がいい気がする。そして過去の魔術師が作った呪文を使っているので、突然短縮すると呪文が変わったと精霊が感じるのか発動しづらい。


「ずっと壁が出現しているけど、終わる時は呪文はいらないんだよな?」

「ええ。精霊に渡している魔力を止めればそのまま消滅するから。こんな感じに」

 私が魔力を止めれば、目の前に出現した炎の壁は一瞬で消えた。

「そっか。維持するにはずっと魔力を流しておかないといけないのね」

「うん。ただし魔法で起こした火で、何かを燃やしている場合は、魔力を止めても燃え続けるけどね。例えば薪に魔法で火をつけて薪が燃え始めたら、水をかけるか燃え尽きるまで待たないと消えないわ」

 精霊が起こした火でなければ、術者の魔力は関係なくなる。

 

「まあ後は、できるまで何百回も何千回も訓練するだけよ。お互い頑張ろうね」

「えっ。なんびゃく?」

「はい。でも大丈夫。とっさに呪文なしで聖女の力で浄化できるぐらい精霊が近いならば、今日中に何とかなると思うもの。精霊に通じやすい呪文も一緒に考えるし」

「元の世界よりブラックゥ……」

 ブラックってどういう意味だろう?

 分からないが私もルナも、やれるやれないではなく、やるしかないのだ。私は安心できるよう笑いかけた。

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