(閑話5)すべての震源地はここですか?1
異世界聖女視点です。
私の名前は星野瑠奈。二十五歳、会社員。まだ独身。
親にもいい人はいないのかと言われ始めて、最近ずっと耳が痛い。折角大学行ったのに、結婚して仕事を辞めたらもったいないでしょ? という言い分を前面に出して見合いをかわしているが、実際のところは結婚を考えるだけのキャパがない。毎日残業してキャパいっぱいまで働いていると、そっちに頭がいかないのだ。
いい人がいればとは思うけれど、そもそもここまで彼氏いない歴を積み重ね、少ない休みは溜まった家事か、オタ活でキャッキャして気力回復をしている私に出会いなどあるはずがない。
とはいえ、会社でも産休やら結婚やら子供が熱を出したやらと、私とは縁遠い話題はたくさん出てくる。出てくる分にはいいし、まあ子供がいない人――つまり私に負担が来るというのも、私はそこまで気にならない。むしろ子育てご苦労様と思う。いまいち子供の可愛さが分からない私には、自分のための時間をすべて子供のために費やしている人に尊敬の念さえある。
問題はそこからの、上司による星野さんは結婚予定はないの? 的世間話だ。
うるさい。人の私生活をわざわざ気にするな。親だけでも耳が痛いのに、会社でまでとか本当にうんざりだ。セクハラだと言ってやりたいが、これが彼らのコミュニケーションなのだろう。
理事長の男は蝶だから浮気しても、最終的には妻のところに戻るからいいとかいう武勇伝話も本当にやめてもらいたい。潔癖で結構。そういう色恋の話をこっちにふるな。仕事の話だけをしろ。というかお前の武勇伝で仕事時間をつぶすのやめろ。こっちは毎日残業当たり前になってるんだぞ。
仕事ではない部分に煩わせられながら、でもお金が必要だから働かなければならない悲しき現実。これも推しのためと思いながら、イライラする話を笑顔でかわす。
それでも疲れるのは否めない。
だからちょっとだけ魔が差した。
「明日、顔を合わせなくてすみますように。……会社で働かなくても生きて行けるようになりますように」
そんなことを言いながら、たまたま出張先で通りかかった神社にお賽銭を投げ入れた。その瞬間足元が光る。えっ? っと思った時には、異世界にご到着だった。
大混乱のまま神官に連れられ、聖女というものにさせられた。拒否権などない。
生活基盤も何もかもを失った上に、常識も違う場所では、とりあえず衣食住を保証してくれる相手からの要望に応えるしかやれることがないのだ。
『禍』、『魔法』、『聖女』、『騎士』、『魔術師』。出てくる単語がすべてファンタジー。最初こそ、どこかの宗教関係者だけが住むような村か何かに連れ去られたのかと思ったのだけれど、水を魔法で生み出している姿とか、聖女が癒しの魔法で怪我を治す様子を見て、手品ではなく本当に異世界に来てしまったのだと納得した。
それにこの世界の人の髪や目の色が日本人のそれではないのだ。いや日本人どころか、人間の持つ色ではない。哺乳類は鳥とは違い、黒金茶白といった髪色しかないはずなのに、普通に青やピンク、紫の髪色の人がいるのだ。染めたわけでもかつらというわけでもなくだ。ここは地球上の進化とは別の進化を遂げた世界なのかもしれない。……もしや鳥が進化した世界?
しかし特徴は哺乳類のそれで、鳥っぽさは残っていないので分からない。
とにかくまずはここの世界を学んで、元の世界に戻れるかどうかを考えなければいけない。今頃私は行方不明者だ。年間に何万人も行方不明者が出ると聞くので私もそのうちの一人となってしまったわけだが、果たして戻れるのかどうか。
小説や漫画では戻れるパターンと戻れないパターンがあるのを知っている。戻れるパターンは、役目を終えたらというものだ。今回私は聖女という立場にいるらしく、禍の浄化や癒しの魔法を使えるようになっているそうだ。つまり、ゲームでいう白魔法というものだろう。
彼らが一番に私にやってほしいのは禍の浄化らしい。そして禍というのは神官から話を聞く限り、多分自然現象に分類されるものなのだろう。つまり、これ、終わりがないやつ……オワタ。
でももしかしたらこの禍の出現というもの事態をなくすことができる何かがあるのかもしれない。私はどうやらこの世界の聖女よりも浄化の力が強いらしい。らしいというのはどう強いのかがさっぱり分からないからだ。何故ならば強いか弱いかが分かる道具はあっても、それを数値化する道具はないためだ。だから客観的な評価が難しい。
聖女の力というものがゲームとかで言う白魔法の類なのだとすると、威力の強い力があるというのは、レベルが高いとかMPが高いとかにあたるのだとは思う。
この浄化の力の強さは生まれた時から決まっているという話なので、レベルが高いというよりはMPが多いからと考える方が妥当で、MPの総量は生まれ持った量から増えないということだろうか?
このあたりがよくわからず神官に質問するも、彼らも分からない様子だ。そもそもMPのような概念がなく、聖女のお力は聖女のお力で神から与えられたものなのだと言われる。確かに、異世界から移動させられるだけの力があり、異世界人に聖女の力を与えられる存在がいるとすれば神様なのだろうけれど、そこで止まらないでほしい。いや。もしかしたらこの力を伸ばす方法とか、逆に効率よく使う方法とかあるかもしれないじゃん? そうすれば異世界人でなくても、浄化をより多くできるわけだし。
この聖女の力が白魔法ならば、魔術師は黒魔法というものだろうか? この魔術師の中には魔力量という考え方があるらしいので、是非もう少し詳しく魔法について聞いてみたい。
しかし神官からの言葉はNOだった。
どうも聖女は神から与えられた特別な力の持ち主で、ただの魔術師や騎士がおいそれと話してはいけない存在だとか。ちょっと待て。本当に待って。なんでそこで情報制限なんてするの⁉
どうやら聖女というのは貴族階級のようなものらしく、誰とでも気軽に話せる立場ではないのだとか。唯一彼らとの会話が許されるのが浄化の旅の時だけだけれど、その時も移動のための必要最低限しか話してはいけないのだとか。
えっ。これ絶対、ヤバイ系だよ。この世界の情報くれるの神官一択とか、嫌な予感しかしないんだけど。
しかもこの神官の常識も本当にこの世界の常識なのか怪しい。
通貨関係のことを聞くが、返答があいまいで、まるで自分でお金を使ったことがなく、話として聞いたことがありますみたいな話し方なのだ。……もしかして神官って、給料が物資支給パターン? それって、やっぱり宗教村じゃん!
頭を抱えたくなるけれど、神官は何故私が頭を抱えているのかも分からないらしい。どうやら聖女は欲しいと言えば、たいてい用意してもらえる立場で、お金のことなど考える必要などないそうだ。……えっ、だって、いくらほしいと言っても予算というものがあるでしょうが?
というか、町にも行かせてもらえないので、この世界でどんなものが売られているのかも、全然わからない。だから何が欲しいということも最初から言えないのだ。うん。予算云々以前の問題だった。
生活していく上で、この世界には水道はなく、井戸があることは分かった。井戸は川から水がひきいられているタイプで、下水の整備もされているらしい。井戸はポンプではないので、技術はそのあたりなのかと思うが、魔法があって適性があればきれいな水を作り出せる世界なので、もしかしたらその所為でポンプ技術が進んでいないだけの可能性もある。
服はどうも手縫いで作られているようなので、産業革命が起こっていない世界なのかもしれないけれど、ゴム製品っぽいものは存在しているので、この世界の文明がどのあたりなのか本当によくわからない。とりあえず、電気がないのは間違いない。
……一体誰に聞けばわかるのか。
これはもう、浄化の旅というものに出た時に、この世界の発展状態を見るしかない。
聖女と呼ばれる私が話すのは基本神官だが、どうやら聖女とも話していいらしい。
私と同じ立場! とウキウキ気分で紹介された相手は、幼稚園から小学生ぐらいの女の子達だった。……うそーん。待って。私、子供のいない二十五歳。どんな話をしたらいいのかもよくわからない。
もう少し年がいっている人は学校に通っているそうで忙しいとか。
……なるほど。聖女も学校には通うのね。とりあえず新しい情報が入ってきたけれど、私は年が行き過ぎているので、浄化に必要な魔法とかを一人で詰め込み勉強となるようだ。ちなみに私と同じぐらいの年齢の人は、みんな結婚して子育て中らしい。……マジか。
いや。うん。昔は日本も結婚適齢期が早かったからね。
そして聖女の結婚相手はたいていが貴族。時折、とても優秀な魔術師だそうだ。そして結婚したら表舞台には立たなくなる……何それ。えっ? 私、この先どうなるわけ?
聖女の仕事は浄化だけではなく、優秀な次代を生むことでもあると神官に言われた私は、青ざめるしかなかった。




