アンデッドとの遭遇
地脈云々に関してはまだ分からないが、とりあえず下水道がこの町の下にあるのは間違いなくその位置を調べておくのは有効かも知れない。
禍は目に見えるのでもしも目につきやすい場所で発生していれば噂になっていてもおかしくはないのだ。しかし魔物が出たという話は出ても禍に関する情報が一切集まっていないので、可能性の一つとして地下で起こっていると仮定し調べておけば、今後聖女が来てくれた時もスムーズだ。
「とりあえず下水道をこの町に整備した時の配管図はないのかな?」
下水道など公共的なもので、定期的に清掃や点検が必要なので、何処かにありそうな気がするけれど、そういった仕事に携わったことがないので、何処にそういったものがあるものなのかも分からない。
「あるなら、役場かな。避難している人で知っている人がいないか確認しようか」
父に言われ、私もよく分からないまま探すよりその方がいいと頷く。そもそもこの町の役場が何処にあるのかも知らないのだ。役場など、この町に住んでいなければ行く機会などない。
一度神殿に戻り、下水道の配管について知っている人はいないかと確認すれば、部署は違うが役場勤めだった男性が軽傷者の中にいた。その為、彼と元気な人で役場中を調べることが決まり、私と父は違うことをして欲しいと言われてしまった。
「確かに配管図を探すのはそこで勤めていた人の方が見つけやすいだろうし、人海戦術の方が見つけられる可能性が高いけど、外は魔物がいるから危ないよね。それなのにいいのかな?」
魔物のネズミが入り込めない神殿の中にいると、外に魔物がいることを忘れがちになってしまうだろうが、危険は過ぎ去っていない。むしろ魔物の出現はこれからが本番ではないだろうか?
「もちろん危険だよ。でも彼らはこの町の者でない私達だけが危険に向かうのはおかしいことだと思ったんだろうね」
魔法が使えても剣が使えても、魔物が危険なのは変わらない。
聖女の護衛が殉死したなんてよくある話だ。どれだけ鍛えても、どれだけ学んでも、魔物相手に絶対大丈夫なんてことはない。
「だから他の人ができるなら、それは任せて私達は別のことをやろう。南の方に近づけば魔物が増える可能性もあるけれど、魔物が多くいるからこそ、逃げそびれて隠れている人がいるかも知れない」
「うん。そうだね」
一人でも多くを助け、南門から誰かにキノコの胞子を持ち出してもらう為にもそちらの調査も重要だ。
中央広場の辺りまで来た私は、自分の腰辺りの高さの木と見つけて目を見開いた。
「えっ。嘘?! 種を昨日植えたばかりなのに」
昨日はこんな木はなかったはずだ。私は道のど真ん中に生えている真新しい木を見て目を見開く。
「一日でこんなに成長するものなのか。流石、禍の影響だ」
「一度眼鏡で確認してみていい?」
いい? と聞きつつも既に私はごそごそと鞄をあさっている。父もそんな様子の私を止めるようなことはなかった。
わくわくとした気持ちで眼鏡越しで見れば、木からすごい勢いで赤いものを吹き出ている姿が見えた。山で見た木よりも吐き出す量が多く、木の幹まで赤く光っている気がする。
「えっ。すごっ。……ん?」
一本一本観察していると、一つの木に赤いこぶのようなものを見つけ、私は眼鏡を取った。
「ああ。キノコの胞子もついちゃったのか」
こぶになっている部分はキノコだった。そういえば、セオに生えていたキノコもマナを放出していた。キノコは植物なのか魔物なのか微妙な位置づけだけれど、マナを放出しているところを見ると、やはり植物に近い気もする。
どんなキノコだろうとまじまじと見て、私はその異様さに首をかしげる。
「ねえ、父さん。ちょっとこのキノコ見てくれる? なんだか、柄の部分の下の方が半透明になっていない?」
木に生えていたのはシイタケモドキだ。
しかし半透明の部位があるシイタケモドキなど見たことがない。何度も森に入っている父ならば知っているかも知れないと呼び見せるが、父はものすごく難しい顔で固まった。
「父さんはこんなキノコ見たことある?」
「いや。ないけれど……結晶化しているように見えるね」
「結晶化? そんなことってあるの?」
結晶化といえば、眼鏡の材料にもなっているアレだろうか? アレはキノコが変質したのではなく、木の根からしたたり落ちたものがそうなっていたようだったのだけれど。
「私も初めて見たけれど、もしかしたらマナが多すぎる状況が原因かも知れないね。せっかくだから他の木にもキノコを生やしてみたらどうだい?」
父の顔もわくわくしている。
初めて見る現象にわくわくしない人なんていない。
「ならこの辺りいったいに胞子を蒔くね」
どうせ蒔くならば、すべて一緒くたにやってしまった方がいい。……いや。本当は実験を考えるなら、様々な種類のキノコの胞子をつけておくべきなのだけれど、今は実験より救助が優先だろう。
こんな状況でなけばもっと色々調べ実験をするのに。残念だが私は今できる最大限の実験の為に呪文を唱える。
木にも胞子はついたはずだが、人や魔物が感染するように直ぐには生えてこない。こればかりは気長に待つしかないので、私は捜索の方に加わる。
父とも別れ、適当な建物に入る。
昨日で少しは慣れたつもりだったが、やはり人様の家に土足で踏み込むのは緊張する。襲いかかってくるネズミを凍らせながら一部屋一部屋確認していく。そして寝室に入ろうとしたところで、大きめの物音が聞こえた。
その物音に息をのむ。
ネズミサイズの音ではない。……人か、魔物か。
扉を開ける前に光るキノコの胞子をひとつかみした私は呪文を唱えながら終わる直前に開け放つ。
「風の精霊シルフよ。我に澱んだものを払う力を与えたまえ。新しき風によりこの地を満たしますように。換気」
風が起こり、部屋の中のカーテンが揺れ光がわずかに差し込む。
薄暗い部屋の中にいたのは人間サイズのものだった。ズリズリとはいずるそれの周りは赤く染まっていて、粘ついた液体がはねる嫌な音に鳥肌がたつ。
私はとっさにそのまま扉を閉じた。
ダンッ!!
扉に衝撃が加わった。
開けろといわんばかりの力だ。
でも人の声はしない。助けも求めない。
扉を押さえ続けていると、やがて衝撃が加わらなくなった。それでも恐ろしくて、私は浅く何度も呼吸を繰り返しながらしばらく扉を押さえ続けた。
あの血液の量は、どう考えても致死量だ。
だからあれは助けを待つ患者ではなく、アンデッドのはず。でもアンデッドは元は人間で、この部屋の住人の可能性が高い。アンデッドを見たことがないわけではない。しかし今までに私が見たのは森でさまよい続けているもので、元は人間という感じは薄く、魔物という感覚が強いものだった。
でも先程のは、人間からアンデッドに変わっていくのが生々しく分かる姿だった。だから余計に動揺してしまう。あれはもう死んでいるのだと何度も自分に言い聞かせる。
しばらくドアを押さえつけ座り込んでいたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。それでももう一度扉を開ける勇気が出なかった。
私は身体強化をかけて短い距離だけど全力で走って外に出た。外に出て扉をバタンと閉める。
手が震えて情けなくて涙がにじむ。
それでも、もう一度確認に戻る勇気がどうしても出なくて、私は赤色ののろしを上げた。
アンデッドを倒す手段を私は持っているというのに、それでも体が震え、気持ちが落ち着かない。
「アメリア、大丈夫か?」
近くの家を確認していた父がのろしを見て直ぐに駆けつけてくれた。
「……呼んでごめん。寝室にアンデッドらしきものがいて……。光るキノコの胞子は蒔いたけど、どうしてももう一度確認ができなくて……」
「教えてくれてありがとう。アンデッドを見落とせば夜間が危険だからね。お手柄だよ」
どう考えても二度手間だというのに、父は怒ることはなかった。私もついて行こうと頑張って足に力を入れて立ち上がる。でも震えが止まらない。
「アメリアは外から魔物が入ってこないように見張っていてくれるかい?」
「……分かった」
私が絞り出すように声を出すと、父は建物の中に入っていった。




