(閑話4) 地震は既に発生している
何もかもが上手くいかず、どんどん悪化している。
私自身の仕事場は神殿ではなく城仕えなのだが、神殿とのやりとりをしている為、頭を抱えたくなった。
色々な問題が起こりすぎて、そもそもの始まりは何だったのか分からない。
でもとにかく色々な歯車がかみ合わず不協和音を奏で、大きな問題に発展してしまったという感じがする。
まず一つ目の大きな問題は、【暁の聖女】こと、アリス・スカーレット様の家出だ。いや、ご実家は侯爵家なので出奔と言うのが正しいのか。
とにかく、侯爵家令嬢であるアリス様がある日突然神殿から出奔してしまったのだ。
聖女は貴族と養子縁組して○○家令嬢となることが多いが、アリス様は正真正銘、侯爵家の血を引くご令嬢である。アリス様の居場所が分からない当初は、侯爵家のお怒りはすさまじいものだった。
当たり前だ。これまで聖女であるアリス様の安全を考慮するためという建前で、神殿は侯爵家とアリス様の面会に制限をかけていたのだ。それなのに出奔されましたとかキレられて当然である。せめてアリス様が成人されずとも、通常子供が働き始める十六歳を越えていれば本人の責任と神殿も言えただろう。
しかしアリス様のご年齢は十二歳。十二歳の小娘に出し抜かれた神殿。これで面会を制限するほど手厚く守っているとかどの口がいうのかと言うやつである。
もちろん今回の出奔が、アリス様のご意志だということだけは置き手紙で分かっている。しかし従者は子爵出身の女性神官ただ一人。誰がどう見ても、駄目に決まっている。
もしも何か犯罪に巻き込まれでもしたらと、胃がキリキリする毎日だった。
そしてそれから五日たったある日、錬金術師からアリス様の居場所の情報がもたらされた。神殿も王宮もよかったとひとまず安堵し歓喜した。しかしその居場所がクラーク王宮魔術師だと分かった瞬間、うわぁぁぁぁと全員が頭を抱えた。
いや。ある意味頼もしい。クラーク王宮魔術師は、本来なら元王宮魔術師なのに誰もそう呼ばないぐらい、いまだに頼られるような凄腕魔術師だ。しかしクラーク王宮魔術師は聖女と神殿に喧嘩を売って辞表を叩きつけて田舎に帰った人物だ。
どうしてそんな場所に行ったのだと皆が青ざめたのも無理はない。
クラーク王宮魔術師は安全だけは考慮して預かるからさっさと受け取りに来いと錬金術師を通して伝えてきたので、誰が迎えに行くのか揉めた。そして最終的に、神殿と侯爵家と王宮から人が出されることになった。神殿は侯爵に口を出されるのを嫌がったが、侯爵も自分の家の娘を危険にさらした神殿など信じられるかと突っぱね、またクラーク王宮魔術師と色々あった神殿だけが前に出ると今度はどんなことが起こるか分からないため王宮の者も間に入る為に行くという事情で、なんとも豪華なお迎えだ。
色々胃が痛かったが、これで一安心と思ったところで、とんでもないことが起きた。なんと各地で禍が発生したのだ。しかもその一つはクラーク王宮魔術師が住む村に行くために必ず通らなければならない町だった。
町に入れないと分かった時点で、魔道具で神殿と王宮に連絡が入った。各地で禍が同時発生したので直ぐの浄化は難しく、引き続きクラーク王宮魔術師に面倒を見てもらう事となったが最悪である。
クラーク王宮魔術師がいるのだから、アリス様の身だけは安全なのはわかる。しかし問題はアリス様は侯爵家令嬢であると同時に聖女なのだ。異世界から来られたルナ様や力の強さを見込まれ公爵家の養女となられたイリス様には劣るが、十分に力の強い方だ。しかも聖女はとても希少だ。そんな方が抜けた状態で、各地で禍が発生とか何でこうなる?! と神に文句を言いたい。
そして二つ目の問題は、現在この世界で一番強い聖女の力を持つ、異世界から来られたルナ様の件だ。
ルナ様は少し前にイリス様と共に浄化の旅に出られ、神殿に戻ってこられたのだが、それ以来部屋に引きこもってしまわれるようになった。
引きこもってしまった原因は様々な理由が考えられるが、一番は浄化の旅だろう。ルナ様の浄化の旅にはこの国でも指折りの護衛をつけていたが、ルナ様の護衛が長期休暇を取っていたため、今回の旅は違う者がつけられた。肝心な時にいない護衛など首を切ってしまいたいが、その護衛が長期休暇を取った理由がルナ様にあったため微妙なところだ。
そして今回ルナ様につけられた護衛はまだ不慣れな人物だった。またイリス様の護衛も新卒で他者へのフォローができる技量のないものだった為、突然出てきた魔物からルナ様を守る為にその者は殉職をしてしまったのだ。護衛は聖女に傷一つつかぬように守り抜くのが仕事で、怪我をすることは珍しいことではない。
しかし目の前で即死した護衛を見たルナ様は浄化こそやりきったものの、憔悴してしまわれた。元々、とても安全な世界からこられたそうで、目の前で人が死ぬ経験も少ないそうだ。それなのに頭から血をかぶることになったのだからショックも大きいだろう。
聖女は何があろうと守られなければならない。
だからその心構えを作る為の教育は幼い頃から受け続けている。それでも目の前で護衛が死ぬとショックを受ける聖女は少なくない。それでも聖女は聖女同士で語り合い前を向く。
幼少期から共に聖女として学び、同じような経験をしてきた仲間同士だからこそできることだ。
でもルナ様にはそんな仲間もいない。
突然一年前に異世界から召喚され、周りにいるのは世間の常識に疎い神官ばかり。その上で王太子と婚約して地位を与えられたが高すぎる地位は周りから一歩引かれる。年齢が高いことと様々な常識が違う為、聖女達とも上手くいっておらず、この間も他の聖女と仲良くなりたくて蜂蜜で美容品を作ろうとしたがそれが原因で暁の聖女であるアリス様を激怒させてしまったし、その件もあってなのか美容品の方も聖女の間では好評ではないようだ。
引きこもりたくなるのも分からなくもない。
聖女の悩みなど王太子も分からないだろう。そもそも違う世界で生まれた彼女の感覚に共感できる人はいないのだ。
ルナ様についている神官は、毎晩ルナ様がうなされていると報告している。食事量も減り精神的にかなり限界に近いそうだ。ただ部屋からは出てこないが美容品を作ったり、聖女としての本を読むための文字の勉強をされたりと自分を立て直そうとされる姿は見られるらしいので、心が砕けきったわけではない。
しかし突如各地で禍の災害が起こった今、彼女にゆったりとした時間を与え、引きこもり続けることは許されない。
たとえ彼女が望んでこの世界に来たわけではないとしても、彼女が浄化をしなければこの国は魔物に飲み込まれて終わってしまう。
きっともっと早くからルナ様には積極的に禍の浄化をして慣れてもらい、精神的フォローを入れていかなければいけなかったのだ。この大災害を見て、その為の一年だったのではないかと今にして思う。神殿と王家がルナ様の所属などでにらみ合いをして時間を無駄にしてしまった。ルナ様の安全を優先と囲ってしまったことで、とても経験が少ない状態で大災害を迎えたのだ。
幸い長期に休んでいた護衛騎士は戻ってきているからルナ様の守りは万全にできる。
「申し訳ございません。……どうか、私達を助けてください」
禍の浄化ができるのは聖女だけだ。そしてこれほどの禍を浄化できるのはルナ様しかいない。
無力な私達は願うしかできない。
私は開かぬ部屋の前で懺悔をした。




