素材採取の理由
聖女の為に、魔物化した蜂の蜜蝋と蜜を、禍の活性化で登山の制限がかかっているこの時期に獲りに来た。
それは私にとってはあり得なさ過ぎる話だ。
聞いただけで不機嫌な様子になってしまった私に、セオが慌てた。
「すまない。規制を甘く見ていたわけではないんだ……」
「分かってます。神官までいるのですから、断り切れない状況下だったのですね。それで、蜜蝋と蜜は何に使用予定だったんですか? どなたか衰弱して食べさせたいと考えているのでしょうか?」
神殿では聖女はかなり身分が高い。その為、神官は命令をされると断れなかったりする。アルフィーとセオは気安い仲のようなので、アルフィーが断れなかった依頼を、セオがフォローする為にきたというところだろう。
この時期に手に入りにくいのは分かっているだろうに、聖女に付き合わなければならない神官は大変だ。だから私も、彼らを責める気はない。
「いや。美容に使いたいと言って……」
「はあ?!」
カッチン。
前にも頭の奥で鳴り響いた、怒りのメーターが振り切れた音が再び鳴る。
元々、聖女関係はあの時から怒りのメーターが緩くなり簡単に振り切れやすくはなっていたが、これは私怨だけで振り切れたわけではないと思う。
「何ふざけたことを言っているの? 美容? そんなもの、緊急時に追い求めているものじゃないでしょ?」
「ま、まあ。そうだな」
「どうしても欲しいなら、自分で来なさいよ。禍を浄化出来るのは聖女だけでしょ?!」
むきーっと腕を振り上げれば、セオが少し引いた表情で私を見ていた。
うん。私怨だ。
やっぱり私怨だ。
私怨じゃないなんて嘘だ。普通ならば、他人のことでここまで怒らない。
それでも、腹立たしくて仕方がない。
「美容の所為で人が死にかけるなんてっ!! あり得ないっ!!」
「アメリアが言いたいことはわかる。ごめんな。ただ聖女達は替えが効かない上に、その能力が出た時点で自分の生きたい道がいけない籠の鳥となるから、神官は叶えてやりたくなるんだよ。浄化できるのは聖女だけだが、数がいない。だからたとえ彼女が自分で獲りに行くといっても神官は危険な場所に送り出せない」
「……分かってますよ。でも時期が悪いです。人の命と美容を天秤にかけられる神経が分からないんです。だって、私が近くで素材採取していなかったら、二人は魔物化か死ですよ?」
今、ゆったりと話をしてられるのは、偶然近くにいた私がキラー・ビーを追い返せる人間でかつ、止血や魔物化の進行を抑える手段を知っている人間だったからだ。もしも私がいなければ、二人が最悪の結末を迎えていた可能性は高い。
「俺もアルフィーも直接聖女に命じられたわけではないからあれだが、多分言った聖女はそこまで考えていない発言だったんだろうな。誰でもふと希望を声に出してしまうことあるだろ? 絶対叶えたいとかではなくて。なんとなく。それを身分が高い神官が叶えようとして、下っ端のアルフィーに命令が下ったんだ。聖女だけが悪いわけではないと、俺は思う」
低い穏やかな声でゆっくりと説明されているうちに、私の苛立ちは急速にしぼんだ。
叶えるつもりのないちょっとした希望を口にしただけで、周りが動いてしまう。それはある意味怖い世界だ。自分の独り言が人の命を摘むなんて知ったら何も話せなくなる。
これは……なぜこんなことが起こったかを知りもしないで、聖女に対して怒るのは違うかもしれない。
「すみません。セオさん達がよしとしているのに怒ってしまって」
「いや。俺も推測にすぎないから、本当のところはどうかは分からない。本当にただのわがままなご命令だったかもしれないしな。でも無駄に俺らのことで怒らなくていい。聖女を悪く言えば、アメリアの立場も困ることがあるかもしれない」
替えの効かない、数の少ない聖女を害するものはこの世界では悪となる。
知ってる。
聖女はこの世界のために我慢を強いられる。
だから、私たちは聖女の為に我慢をしなければいけない。
我慢我慢我慢。
でもカッチンときて就職投げ出して、実家に戻って。
思ったのは、我慢なんて大嫌いだということ。
必要な我慢はあると思う。自分の将来のため、遊ぶのを我慢して勉強してきた日々の我慢。あれは自分の糧とするための投資だ。
でも聖女の為の我慢は……なんというか、もやる。
聖女なんか大嫌いだけど、私怨でしかないけれど、私たちがこれだけ我慢してるんだから、あなたたちも我慢しろと嫌なことを押しつけているような……そんな座り心地の悪い感じ。
「……別に、田舎の素材屋の娘に立場なんてないですけどね。とりあえず、父のところで蜜蝋と蜂蜜の在庫がなかったか確認してみます。あと、禍が活性化しているしていないに関わらず、素材探す場所が悪いですよ。蜜を集める蜂は、花が多く咲いている場所ですから。次に山に入るときは現地の方に協力してもらうのをおすすめします」
「えっ? 俺たち蜂に襲われたから場所は当りかと思ってたんだけど。蜂を見つけて追いかけていたら背後から襲われたんだ」
「いえ。あの巨大蜂であるキラー・ビーは、肉食です。蜜は集めていません」
頭を抱え下を向くセオは、素材集めの任務は初めてに近いのかもしれない。神官も基本は神殿から動かないので、経験はほぼないだろう。
「マジかあぁぁぁぁ。うわー、俺たち間違えて死にかけたのかよ。恥ずかしいっ!」
「浄化の旅では流石に蜂蜜は集めませんもんね。蜜蜂でもアシナガバチでも、魔物化すると全部巨大化してキラー・ビーって呼ばれますから、慣れてないと区別しづらいのは仕方ないですよ」
護衛騎士の仕事は、禍の浄化時の護衛だ。わざわざ素材採取の為に出ることはない。
というか、聖女の美容のために危険な場所で素材採取とかない――いかんいかん。
今はキレる時ではない。落ち着け私。
「あれ? のろし上げたの、アメリアちゃんかい?」
私怨を押し込めていると、第三者に声をかけられた。
そちらを向けば、村のおじさんがいた。
「いいえ。この二人です」
「えっ。もしかして、キノコにやられて?」
頭にシイタケモドキが生えているのを見たおじさんが、今にも噴きそうな顔をした。
分かる。私もキノコが生えたのに驚いてのろしを上げたなら笑っていた。まあアルフィーのような症状が出ると困ってしまうが、この村だったらキノコが生えたらとりあえず下山して診療所に向かうだけの話だ。
「違いますよ。禍の影響が強い巨大蜂に襲われて、魔物化しかけてたので、私が持ち合わせのキノコを生やさせたんです」
とっさだったので、選べる選択肢がキノコで申し訳ない。
「へぇ。流石じーさんの所のアメリアちゃんだね。どれ、そっちの黒髪の兄ちゃんは歩けるかい? 無理なら追加で救援を呼んでくるが」
「俺は歩けますが、アルフィーを担ぐのは難しそうです」
「なら、こっちの神官は俺が背負おう。気を失っているから、ちょっと補助お願いな」
「はい」
私一人では身長差で背負って降りるのは大変すぎるので、とてもありがたい。セオもアルフィーの体を起こすのは手伝ってくれた。
おじさんはひょいと気を失ったままの彼を背負うと、アルフィーの腕を交差させて握る。
「すみません」
「気にするなとは言わんが、次は気をつけろな、兄ちゃん。さて、アメリアちゃん、青色のろしを上げてくれるか?」
「分かりました」
私は言われるまま、解決の合図の青色のろしを上げる。
こののろしが上がれば、さらに人が来ることはない。禍がある場所に入るのは、救助する方も命がけなのだ。来なくていいのに二次災害でも起これば大変だ。
「セオさん、荷物下さい。私が運びますから」
「いや……女性にそれは……」
「大丈夫です。身体強化は得意ではないですが、できますから。血を失っているので、動くと貧血でふらつくと思いますよ? それに荷物を置いていく訳にはいきませんから。」
人間の食べ物に味をしめると村まで魔物が降りやすくなるので、人間のものはできる限り山に残してはいけない。
魔術師は身体強化をあまりしないが、私は学生時代に教えてもらったので使えなくはない。セオはすごく申し訳なさそうな顔をしながら、自分とアルフィーの荷物を差し出した。
こうして私たちはようやく下山を開始した。




