突入前の打ち合わせ
「うんとね。パーシーもいっしょににげようとおもってちかづいたらね、うでをべしっとされて、足をかまれたの」
一緒に逃げようとしたということは禍が発生した後の可能性が高い。そして腕をぺしっというのは、猫の機嫌の具合でありそうだけれど、そこからかみつくまでの動作が通常よりも攻撃性が増しているように感じられる。普段餌をもらっていたならば、流石に足をかみつかないと思うのだけど、飼い猫ではなく野良猫だからなんとも言えない。
それに魔物ならば、噛みついただけで終るはずがない。それどころか、喉元を食いちぎり命を奪いにかかるだろう。
「一応、キノコ病に感染させた方がいいね。今なら聖女に浄化してもらえるし。かみ傷も怖いけれど、つめのひっかき傷で魔物化することもあるし、直ぐに影響が出る場合と、影響が出始めるまでに時間がかかる場合があるから自己申告だけで魔物化していないとはいいきれない」
襲った猫がどうだったのかを考えていると、隣から父が助言をしてくれた。確かに。魔物でなくても魔物化していないとは言えない。動物が魔物になるまでの様子なんて調べられたことがないので、魔物化中の動物の特徴は分からない。しかし人間が禍の中心部にいない限り一瞬で魔物になるということはないのならば、動物だって似たようなものだろう。
「彼に傷をつけた猫が魔物化をしていないとは言えませんので、彼は魔物化のリスクが高い状況です。現状、キノコ病に感染すると魔物化の進行は止められる事が分かっていますので、村で適切な治療が受けられるまでキノコ病に感染させてもいいでしょうか?」
「えっ? キノコ? あっ。はい。それで助かるならばお願いします」
少年の方は幼すぎる為、母親の方に話したが、彼女は困惑した表情をした。まあ突然キノコ病がと言われてもピンと来ないだろう。でも【助かる】という一点を主張しただけで、その治療方法に納得した。
キノコ病の感染は、胞子の吸引または口からの体内摂取により起こる。少年が感染すれば、近くにいる母親も感染する可能性が高い事、村に戻れば治療薬があるので簡単に治る事を説明した上でキノコの胞子を少年に吸引させた。
「ケホケホッ!!」
ポポポポンッ!
「だいじょう――えっ?!」
胞子に咽せ咳き込む我が子の背中をなでていた母親が数秒もせず頭に生えたものを見て目を大きく見開き固まった。
少年の頭には、赤色に白い水玉模様がついた、毒キノコのような外見のキノコが生えている。シイタケよりかわいい……いや、かわいいというより毒々しいか。
「ゴホゴホッ!!」
「ああ……ごめんね」
少年が咽せる音で母親は慌てたように再び背中をなでるが、その目が明らかにキノコに向かっており、本当に大丈夫かと疑っている気がする。
「えっと……治るんですよね? 痕とか残ったりとか……」
「大丈夫です。村に治療薬があるので、治療を受ければ直ぐに治りますし、痕も残りません。ただし魔物化の治療が終わるまではこのままになりますが」
頭からキノコが生えているのはやはり異常な見た目だ。不安そうな母親を見て、少年も不安そうにしながら、自分の頭を触る。
「あっ。毒キノコなのであまり触らないでね」
かぶれたりはしないけれど、食中毒を起こすものなので、口にしないように始めから触らない方がいい。
「この馬車は他の患者も乗せてから、日があるうちに村に出立するので、急ぐならば自分で歩かなければなりません。どうしますか?」
「……ご一緒させていただいてもいいですか?」
自分の足と子供を見た後、母親は遅くなっても馬車で向かう方を選んだ。今の足では子供をおぶって走る事もできない。
「馬車はもう少しだけ町の近くで停めます。馬車には必ず一人残りますので安心して下さい」
せっかく来た道だが、彼女達だけを優先するわけにはいかない。その代わり、できる限り魔物が近寄ってこないように対策はとるつもりだ。その言葉に母親も少しだけほっとした顔をする。
「よろしくお願いします」
「おねがいします」
二人を乗せて、私達は再び荷馬車を走らせる。ゆらゆら揺れていると、疲れていたのもあってか直ぐに子供は母親の膝の上に頭を乗せて眠ってしまった。もしくはキノコ病により眠気が誘発されているのかも知れない。セオはキノコ病に感染しても頭にキノコが生えている以外変化なかったが、アルフィーはずっと眠そうだった。
「そういえば、村の方へ逃げてきた人が少ないように思うのですが、かなり町は酷い状態なんでしょうか?」
私が山に登っていた時点で助けを求めてきた人がいるので、いち早く逃げ出した人は既に村に着いている。この親子はどちらかと言えば怪我のため逃げ遅れたのだろう。子供もいるので、夜間に発生したとなれば逃げるのが遅くなるのも分かる。
でもそれにしては町から村に来た人が少ない気がする。
その原因はなんなのか。もしかしたら、ほとんど逃げられないぐらい酷い状態なのかも知れないが、事前に知るだけで心の準備はできる。
「たぶん北門の方ではなく、王都に繋がる道がある南門の方から皆逃げたのだと思います。私達はとにかく逃げるので精一杯で、一番近い門から外に出ました」
「ああ。なるほど」
確かに逃げるなら、王都を目指す方がいい。
王都は遠すぎるからそこまでは目指さなくても、南門から出れば別の町へ繋がる道が多い。逆に北門から繋がる道は私の村が最終地点だ。
「それに、南門の方は危ないと叫ぶ声が聞こえたので……」
「人が集まれば、魔物も餌を求めて集まるからね。魔物になりたての時は、特に空腹で凶暴だ。肉体が変化したことで多量の栄養を欲しているんだろうね」
魔物は凶暴というイメージがあるが、肉体が変化した為と言われればなるほどと思う。子供と大人が食べる量が違うように、通常よりからだが大きくなる魔物はそれだけ空腹になるだろう。
「そして餌が足りなくなると、魔物は外に出てくるようになる」
まだこの辺りに魔物が出没していないのは、もしかしたら彼らが餌と認識しているものが南門の方にいるから真逆であるこのあたりに来ていないのかもしれない。
魔物が村にまで来るようになれば大変なので出てきて欲しいわけではないけれど、出てこない理由を想像するといいようのない不快感で軽く胃の辺りを抑えた。
「聖女様はいつ来て下さるのでしょう……」
「王都にまで被害が出てからじゃないか?」
「出てもこないかも知れないぞ?」
女性がぽつりとこぼした言葉に対して、村のおじさんは、待ってても仕方がないという顔をする。今まで村に聖女が来たことがないからだろう。逆に彼女はいつかは助けが来ると思っていたのかおじさん達の言葉に血の気が引いたような顔をした。
「せ、聖女様は、助けてくださらないのでしょうか?」
「今は隣町のような状態になっている場所がいくつかあるからね。……とにかく今は自分達でできる事をしていくしかない」
父は一瞬考え込んだが、心配がるよりもやれることをと話を持っていく。
確かに悩んだところで、聖女を派遣するかどうかを決めるのは神殿と王様だ。王都の方へ避難民が流れていけば、優先順位はどうなるか分からないが、一応は考えてはくれるだろう。
「この辺りで荷馬車を止めよう。アメリア、虫除けの魔道具を設置して。森ではないけれど、食料が足りなくて、町から出てくる可能性が高いから」
「分かった」
町から出てくる虫。
それは……想像してはいけないタイプのものだ。私が帰りも使う荷馬車には絶対近寄らせるわけにはいかない。
私は森でよく使っている魔道具を荷馬車に設置する。
「触っても怪我はしませんが、壊れてしまうといけないので、お子さんには触らせないようにお願いします」
「分かりました」
私は魔道具の設置が終わると、荷物を背負いゴーグルとマスクをつけた。
「アメリアちゃん、完全防備だね。暑くない?」
私はいつもの採取の服装だが、他の人は父も含め軽装備だ。父の場合、ローブにエグいぐらい色々耐性をつけているけれど。
「イヤリングで調節しているので大丈夫です」
「そっか。おじさん、もっと魔術師っぽい服でやるのかと思ったよ」
その言葉に誤魔化すようににこりと笑ったが、マスクとゴーグルの所為で表情が分からないかと肩をすくめる。
「虫がいる可能性が高いので」
完全防備に決まっている。
もう少し時間が経てば、魔物の虫もそれなりに数が減るが、現在は沢山いる家庭内害虫が一気に魔物化していっていると思った方がいい。
虫にひるんでいられないなら、露出は減らした方がいい。
「アメリアはキノコの胞子を風魔法で蒔いていってくれるかい? そして救助を含め自分一人では対応出来ない場合は、赤色のろしを上げなさい」
うなずきながら、私は鞄の中に入っている道具を頭の中で確認する。大丈夫。のろしもちゃんと入れてある。
「遺体の回収は後回しで。見つけた場合は光るキノコの胞子を振りかけるように。遺体を食べた魔物もそれで感染していくから」
遺体の言葉にぎゅっと胃の辺りが縮こまった。
放置すればアンデッドになるか魔物の餌となる。だからできるなら早く埋葬してやりたい。でも今は遺体を処理するための人も時間も足りない。
「自分の安全第一にして、絶対無理はしてはいけないよ」
ぽんぽんと父は私の頭を叩くと、馬車に残る人の交代のタイミング、もしもの時は村に先に出発することなどをおじさんたちと最終確認し合う。
魔術師である父と私はキノコの胞子を蒔くためにも、馬車で荷物番をするのではなく、町の中に絶対入って行かなければならない。
私は不安を追い払うため深呼吸した。




