禍の災害発生
「アメリア。また出かけますの?」
私が素材採取と植生調査に出かける準備をしているとアリスに声をかけられる。アリスが滞在を始めて八日経ち料理を通してかなり仲良くなった。だから私が出かけてしまうとつまらないらしい。
「ええ。今の私は無職だからね。父の仕事の手伝いぐらいはちゃんとしないと」
学校も卒業したのに働かず親のすねかじりしているのは正直誇れる状態ではない。だからこれぐらいはちゃんとやりたいのだ。
「なんで働かないの? わたくし、アメリアは魔術師の学校を卒業したと聞きましたわ」
うぐっ。
言いづらい内容なのだが、アリスは曇りなき眼で聞いてくる。
「一度就職先は決まっていたのよ。でも、ちょっと仲間といろいろあって辞めたの。それで、自分が本当にやりたいことは何かを考える時間を一年父にもらって、今は家事手伝いだけなの」
一緒にパーティーを組んでいた聖女と同じく一緒のパーティーだった彼氏が卒業式直前に婚約して振られたからなんていうドロドロ状態を十二歳に赤裸々に語るのは気が引ける。
いや私の方はそれほどドロドロしてないわよ? もう過去のことだものと心の中で言い訳しても、内容が誰から見ても痴情のもつれなのは間違いない。
「仲間といろいろ?」
「アリス様、あまり個人的なことを深くご質問するのは品がよろしくありません」
言いにくいと思っていると、シルフィアが止めた。
もしかしたら、彼女は何か知っているのかもしれない。……王都でどういう噂になっているのかちょっと不安だけれど、もう関係ないことだ。ここで生活する限り二人に会うことはない。
「そうね。失礼したわ。でも魔術師として働いていないなら、わたくしの護衛にならない? わたくしアメリアにもっと色々教えてもらいたいわ」
「ごめんなさい。私、王都で働く気はないの」
純粋に含みなく言ってくれているのだろうけれど、その選択はない。アリスは世間知らずというか、常識にずれがあって普通なら知ってることを知らないけれど、ここ数日関わった限りでは悪い子ではない。でも聖女衰退計画をやめる気はないし元彼達と会う確率の高い仕事を選択する気はないのだ。
「……どうしても?」
「どうしてもよ」
上目遣いでうるうるされても駄目なものは駄目だ。その様子にアリスはぷくっと頬をふくらませた。
「神殿なら私がお願いすればきいてくれるのに」
「ならなんでも言うことをきいてくれる神殿に早く帰ることね。あと二日もすればお迎えが到着するはずよ?」
「むぅぅぅ。それでもアメリアがいいって言ってるの」
正直罪悪感を感じるけれど、私は振り払うように家を出る。
「護衛としてアメリアを雇えないのはわかったけど、山についていっては駄目?」
「駄目よ。守りながら採取できるほどの技量が私にはないから。基本は習ったけれど、こういうのは経験がものを言うの」
護衛の知識はあるけれど、私の場合はあくまで知識で実戦経験が少なすぎる。素材採取に慣れていなかったとはいえ、セオですらアルフィーを守りながらの採取には失敗してしまったのだ。経験不足の私では、絶対大丈夫とは言えない。絶対でない限り、むくれるアリスには悪いが、やはり留守番だ。
たぶんアリスからしたら、私が楽しいことをしていると思っているんだろう。
「それに山には巨大な虫がいて、本当に気持ち悪いのよ?」
「虫?」
「手のひらサイズの芋虫とか、毛虫とかざらにいるし、ミミズも小さめの蛇サイズなのよ?」
「ひぃ。アリス様、お願いします。ここは安全を優先してください」
アリスは嫌われる虫がピンと来ていない様子だったが、シルフィアの方がしっかり反応してくれた。小さな悲鳴を上げると、アリスの腕をつかみ首を必死に横に振る。
「でも、暇なんだもの。勝手に料理をすると怒られるし」
「当り前よ。うちの台所を壊されたら困るわ。戻ってきたら一緒にまた料理をしてあげるから。それまで、本でも読む? 魔術系ばかりだけど、私の部屋の本棚に並んでいるわ。娯楽本は……あっ。でも確か幼い頃に読んでいた魔術師の童話も入ってたはず。たぶん下の方の段に」
捨てた記憶がないので、あまり読まないものが入っている場所に入れてあると思う。
父は素材の図鑑など明らかに自分が読みたいものをプレゼントしてくれるので、娯楽本はほとんどないのだ。魔術師の童話は、記憶にない母が買ってくれたものだと父は言っていた。
「わかったわ。それを読んで待っているから、早く帰ってきて。絶対よ?」
相変わらず父はアリスたちに対して塩対応なので、余計に私に家にいてほしいのだろう。
「はいはい。本は読んでいいけれど、魔道具系は触らないでね。危ないものもあるから」
「あなたのお父様もそうだけど、どうしてそんなに危ないものを部屋に置いているの?」
「魔術師と錬金術師の部屋はそういうものだと思うけど。扱い方を知らないと危険でも、魔物を退治するのに役立つものとか、護身具とかいろいろあるから」
それに人に触られたくないものほど自分の身近に置くようになると思うけれど、私も自分や父、それと祖父の部屋ぐらいしかしらないので、ほかの魔術師がそうしているかどうかはわからない。
私はアリスと別れると、山に向かった。
アルフィーからの手紙は私しか開けられない文箱の中に入れたし、書き写してくれた鉱物の書類はカバンに忍ばせてきたので、たぶん部屋に入られてもアリスが興奮するようなものはなかったはずだ。
「せっかくアルフィーが調べてくれたから、いろいろ比較したいんだけどなぁ」
木の樹液からできる鉱物に、琥珀というものがあるようだ。ただし数百万年という単位でようやく出来上がる鉱物らしく、マナが樹脂で固まっていると思われるメガネの材料とはちょっと違う。あれも長い年月をかけてできたものだと思うけれど、この山にできた禍は古い方だが、数百万年ということだけはない。多分二百年か三百年ぐらいだと思う。
マナが年月をかけずに樹脂を固める原因だろうかと思うけれど、マナにそんな作用があるとは聞いたことがない。
「どこから手をつけたらいいのかしら?」
あの結晶は一部残してあるから、まずは普通の琥珀を手に入れて違いを比べるところからだろうか? 固まる原因が違えば、差がありそうだ。難点は、琥珀の値段がかなり高いと思われるので、手に入れるのに苦労しそうだ。……この間の素材を普通の琥珀と交換しますよという交渉にすればよかったとちょっと思ったけれど、近隣の医師に眼鏡を配れるように作ってもらうのも大切だ。魔物化した人の情報だってほしい。
慌てず、できるところから徐々に頑張ろう。
山に入る手前で、私はゴーグルとマスクをつける。
最近はアリスが早く帰ってきてというので、植生を調べるのも止まってしまっているしで、セオに対しての手紙を書いたが、研究についてはほとんど書けなかった。……まあすぐに結果が出たら、聖女1強というか聖女頼みの現在のような生活スタイルにはなっていないはずだ。停滞しているっぽいけれど、調べなければいけないことがたくさん出てくるということは知識は前より増えている。何も変わっていないわけではないのだから焦らずここは辛抱強く一つ一つ疑問を解決していくべきだ。
「一年で調べきれる気がしないし、やっぱり父の仕事を継ぐのが妥当かなぁ」
葉をむしりながらぼんやりと自分の将来を考える。
素材採取ならばついでに禍の研究はできるし、医師をやるよりも自由な時間が取れるはずだ。祖父の生活を見ているとどうしても患者優先となり、医療的な研究はできても禍の研究をする時間が取れる気がしない。
考えながら、頼まれた草花の採取もしていると後ろから足音が聞こえ、私はあわてて振り返る。後ろからやってきたのは顔見知りの村人だった。魔物ではなかった為、ほっと息を吐き警戒を解く。
「こんにちは、マイクさん。珍しいですね?」
マイクは農夫だ。普段は畑仕事と家畜の世話をしているので、山に登ることはあまりない。
しかし今の彼は険しい顔をしながら、肩で息をしている。どうやら走ってここまできたらしい。
「無事に会えてよかった……。アメリアちゃん。君のお父さんからの伝言を伝えに来たんだ」
「父のですか?」
何か追加で素材が必要になったのかもしれないけれど、あえて人をよこすなんて珍しい。普段は取引相手が無茶な要求を出しても絶対うなづかないのに。
「落ち着いて聞いてくれ。隣町で禍が発生したから、キノコをたくさん採取してきてほしいそうだ。そう言えば、アメリアちゃんならわかると言っていたけれど……」
隣町で禍が発生?
わかるけれどわかりたくない災害に、私は一気に血の気が引いた。




