話し合いの結果
アリスの希望をへし折った為にとても苦い昼食となってしまった。
でも彼女の望みをそのまま叶えることはアルフィーの幸せを潰すのと同じだ。それに私としてもアルフィーには是非錬金術師となってもらい、禍の研究の相談役となってもらいたい。
「私はこれから、アルフィー君の師匠になった錬金術師に君がうちに来たことを話すけれどいいかい? そうすれば君が所属する神殿からお迎えが来るはずだ」
「……はい」
しょんぼりとしたアリスは先程までの勢いを失い、小さな声で返事をした。
きっと色々飲み込もうとしているのだろう。
彼女は恵まれた立場だ。でも家族から引き離され、孤児であるアルフィーが同じだと思うぐらい寂しいのだろう。彼女の寂しさを分かち合ってあげられる人はいないのだろうか?
お付きの神官であるシルフィアは心配そうにしてはいるが、彼女に何も声をかけない。きっと彼女は聖女に庇護される代わりに彼女の手足として働く者で、アリスを守る者ではないからだ。
「でもお迎えが来るまでに10日はかかる。なんと言っても、ここはド田舎だからね。とはいえ田舎でも危険がないわけではないから、二人をこのまま帰すわけにはいかない。安全面で何かあれば神殿は私に難癖をつけてくるだろうからね」
「ええ。そうね?」
父の言いたいことを掴みかねて、アリスは首をかしげた。
……あー。なるほど。
父と祖父は似てないなと思っていたけど、しっかりと親子だと私は確信した。なんという分かりにくい優しさだろう。
「この家の中だったら、父さんがアリスを守るのよね?」
「仕方がないね。この店で何かあれば私の所為になる」
「そして泊まる場所はここでいいのよね?」
「何かあれば私が難癖つけられるからね」
やっぱり、私が思ったとおりだ。
私は厳しいことを言った手前、うまく優しい言葉を伝えられない父に笑いかけた。すると困ったように父は頷く。
「アリス。お迎えが来るまでは、この家に泊まって行きなさい。こんな小さな村に宿なんてないから、泊まるなら町まで行かなければいけないけれど、二人では安全に不安があるでしょう?」
「そうしていただけるならお願いします。私ではアリス様をお守りしきれませんので」
アリスが返事をする前に即シルフィアが返事をした。きっとここに来るまでも色々不安があったのだろう。でも簡単に父を信用していいのかと若干不安になる。いや、信用して大丈夫だと私は信用しているけれどね。
なんだか世間慣れしていなくて、簡単に騙されそうな二人だ。
「それはかまわないけれど、世の中には働かざる者食うべからずという言葉があってね」
「私たちに何をさせる気ですか?」
何かよからぬ事を思い浮かべたのか、シルフィアは自分の体を両手で掴んだ。それを見て父がウジ虫を見たような顔をする。
「変な想像をしないでくれるかい? うちの娘もここにいるんだから。……はぁ。ただ、家事を手伝ってくれればいいよ。アメリアの指示に従ってね」
「家事?」
「洗濯や掃除、それから料理のことよ」
家事がピンときていないお嬢様なアリスに、私は指折りやらなければいけないことを伝えると、料理という単語にアリスはピクッと反応した。
「間違っても毒物なんて出されたら困るから、一から教えるわよ? 人手があるならば久々におかし作りもいいわね。クッキーは比較的簡単だしアレンジも効くわ。そうそう。アルフィーさんはナッツ入りのクッキーが好きだとセオさんが言っていたわね」
私がセオから聞いた情報を伝えると、アリスはキラキラとした目をした。
「た、食べて貰えるかしら?」
「分からないけれど、貴方の知っているアルフィーさんはとても優しい人なのでしょう?」
アルフィーは裏で愚痴っているといったタイプではないと思うのだ。味覚がないからアリスの劇物料理を本当にどう思って食べていたか分からないけれど、心を込めてプレゼントしたものを無碍にはしない人だと思う。
「ええ。そうなの。皆の言うことを何でも聞いてしまう困ったところがあるけれど、でもその人を思って聞いてしまうの。いつだってアルフィーはニコニコと私の料理にさえ感謝してくれて、他人への感謝を忘れない人なの。それにとても働き者で掃除や片付けが上手で、幼い子にも丁寧に教えてあげるの。それから――」
アリスはアルフィーの素敵なところをあげていく。
彼女とアルフィーは立場が違いすぎるから、その気持ちがなんなのか明確な言葉はつけられないだろう。それでもとてもよくアルフィーの事を見ている。
「――だからわたくしは、今度こそアルフィーが喜ぶものをプレゼントしてあげたいわ」
「なら、料理では私の言うことをちゃんと聞いてね。とくにお菓子作りは、材料の配合と火力、そして素材の向き不向きを知ることがとても重要なの。配合は先人達がすでに黄金の比率を打ち立てているから、素人はそれに従うべきなのよ」
甘い方が好きだからと砂糖や蜂蜜の量を本来の量より増やすと、悲劇が起こる場合も多々ある。そして素材の使い方を知らないと、焦げ付いたり、油脂と分離して酷い事になったりと最悪なのだ。
「分かったわ。わたくしに料理の英知を与えてください」
「盛り上がっているところ悪いけれど、昼食は早く食べるように」
一足先に食べ終わった父に言われ、私とアリスは慌ててスパゲッティーをほおばる。
「……アメリアの料理の腕は確かだよ。うちは妻がいないから、アメリアは私と一緒に定食屋の女将さんに習ったからね」
父も私も料理がほとんどできず、この村に来た当初は定食屋に通い、お弁当を作ってもらっていた。けれどある日見かねた女将さんが最低限の料理はできないと嫁に行けないと教えてくれたのだ。まあ飲酒をしている人がいるところに幼い私が夕食を買いに来ていたのと、朝食もろくなものを食べていないことに見かねたのだろう。嫁に行けないからと言いつつ、父にも料理を仕込んでいたのだから。父は絶対嫁には行かない。
「確かと言われても家庭料理よ? 宮廷料理みたいなすごいのはできないわ」
「先程の料理の光景を見れば、わたくしより腕があるのは確かですわ」
危険物扱いの料理とイコールにされたくはないが、基本だけは大丈夫だと思う。そして彼女も基本さえ分かれば、劇物にはならないと思うのだ。加熱をしすぎているというところから、生では出してはいけないという忠告はちゃんと聞いていたともとれるわけだし。
「なら、食べ終わったら早速洗い物を一緒にしてくれる?」
「あらいもの?」
キョトンという顔に、私はバッとシルフィアを見た。彼女も困ったように首をかしげている。
「えっ? 今までどうしていたの?」
「洗い物は、孤児出身の神官の仕事でしたから」
つまり焦げ付き悲惨な状況に陥った鍋やフライパンはひたすらアルフィー達が洗っていたのか。それだけでもアルフィーが可哀想だ。鍋の焦げなんて、簡単には落ちないのに。……掃除や片付けが上手って、もしかして料理の洗い物もか?!
とんでもない事実に私は顔が引きつる。
「今から覚えて。料理は作り終わるのがゴールではなく、洗って片付けるまでがゴールです」
焦げた鍋を洗う苦しみを知らなければ再び彼女は焦がすだろう。
酷い汚れを落とすための洗剤とか、手荒れの原因にもなるのだ。孤児の神官がいい薬を貰えるとは思えない。
私は徹底的に、家事というものをこの二人に教え込もうと決意した。




