暁の聖女の我が儘
昨日の挽肉が保冷庫に残っていたのでそれと乾麺でスパゲッティーを作り、スープとついでに作り置きしてあったフルーツのコンポートを盛れば即席の昼食は完成だ。
料理中ずっと穴が開くぐらい見られ続けていたので、すごく作りにくいが、かなり特急スピードでできたと思う。
「えっと。私の祖父は医師だから、毒を盛るなんてまねは絶対しないと誓うわ。だからそこまで警戒しなくてもいいわよ? あっ。勿論、毒味はちゃんとするから」
お嬢様であり聖女が食べる料理だ。間違いがあってはいけないので従者がじっと見ているのは分かるし、アリス自身も警戒するのも分かる。でも視線がうるさくて、とてもやりづらい。
「いえ、そうではなく、とても手際がいいと思いましたの。お皿も一枚も割れてませんし」
「割れたら生活できませんから」
お皿が割れるかどうかは、手際がいいとかそういう話以前の問題だと思う。感心したように言われてもあまり素直に喜べない。
「なんでこんな短時間にできるのよ。しかも器具が綺麗すぎるわ」
「それはうちに保冷庫の魔術具があって、一部作り置きしているからよ」
料理好きとは言わないけれど、料理は実験に近い部分があるので嫌いではない。それに父と二人暮らしならばどちらかが料理をしなければいけないので、それなりの家庭料理だったら問題なく作れる。忙しいときは定食屋にお願いしてしまうけれど。
「というか、綺麗すぎるって、不衛生な状態にしておくとお腹を壊すわよ?」
まさかアルフィーに腐ったものは食べさせてないよねと心配になる。私の家の調理器具はそれなりに使い込まれているので、このレベルで綺麗すぎるだと恐ろしくなる。
「不衛生ではないわよ。そうじゃなくて、料理をするとどうしても黒くなるじゃない?」
ならない。
普通はならない。
それは料理をしたのではなく、焦がしたと言うのだ。
「それに食べ物が底にくっついてしまうし」
「……炒め物の話でいいかしら? えっと、油をひいていてという話かしら?」
もしかしたらしっかりと熱する前に入れてしまったとか何か原因がありそうだけど……。
「油?」
油で首をかしげないで欲しい。
私も通じていない話に首をかしげたくなる。いったい彼女はどんな劇物を生み出してきたのだろう。できれば、溶岩が固まったような料理がアルフィーの前に出ていないことを祈るのみだ。
「……料理は誰に教わったの?」
「教わってないわ。だって、教えてくれる人なんていないもの」
とんでもないパワーワードに私は固まる。
教わっていないだと?
たしかに聖女であり貴族のご令嬢である彼女が料理をすること事態が普通ではないのだ。親も神殿の偉い人もやけどの可能性だってあるのだからできればやらせたくないだろう。
「えっ。でも、それだと刃物も使うし危険よね?」
「大丈夫よ? 包丁の持ち方とかまどの火の扱いと生肉は食べてはいけないことだけは、料理人に教わったから。だからしっかり火を通すのだけど、でもどうしてもくっついてしまうの」
それは大丈夫とは言わない。
私はこの少女が神殿で必要な教育をされず放置されているのではないかと逆に不安になった。私の村で、子供に料理を教えずに料理をさせているなんてできごとがあったら、親が他の大人達に怒られる。教えなかった結果不味いゴミができても誰もが仕方がないと思うはずだ。むしろその親が責任持って食べなさいというやつである。
「料理人には聞かないの?」
「わたくしが彼らと話したら、料理人の方が神官に叱られてしまうわ。彼らにも生活があるのだから無理は言えなくて当たり前でしょう? 包丁の持ち方やかまどの火のおこし方だけは知っておかないと危険だからと教えてもらう許可が神官から出たけれど」
「……そうなのね」
父から神殿は特殊な環境だと聞いたことはあったけれど、実際に神殿で暮らしている聖女が、さも当たり前のように神官以外と話せないことを聞くと怖くなる。
彼らは聖女を損なわず守っているのは知っているけれど、制限の仕方が怖い。そういえば、一緒にパーティーを組んでいたイリスは私と話すのが楽しいと言っていた。最初は全然話さない子だったので、おしゃべりが好きではないのかと思っていたけれど、しばらくすると沢山話すようになった。もっとも神殿の中の話はあまりしなかったけれど……。
料理をテーブルに並べながら、聖女に同情してしまいそうな自分に戸惑う。
「でもね。本当は分かってるの。わたくしに料理をして欲しくないから神官達は何も教えてくれないんだって。でもわたくしが癇癪を起こすから仕方がなく、本来聖女がするべきではない料理をする自由をくれているの。上手くできなければそのうち飽きるだろうと思って」
「……それは、私は貴方が持つべき普通の権利だと思うわ。癇癪を起こしていいと思う」
料理をすることが我が儘なんて世界、神殿だけではないだろうか? 貴族だとしても、やりたければ、講師をつけて貰えると思う。
「貴方って、すごくいい人ね。そうだわ。自己紹介がちゃんとできていなかったわ。わたくしの名前は、アリス・スカーレット。スカーレット侯爵家の次女で、聖女をしているわ。髪色から、暁の聖女と呼ばれたりもしている。年齢は十二歳よ」
「私はアメリア・クラーク。魔術師の資格を持っているわ。年齢は十六で、今年卒業したの」
「へぇ。なら、イリス様と同じ学年だったのね」
私の話は何処まで知っているだろうかと思ったが、年下の彼女はそこまで卒業式の騒動は気にしていなかったようだ。もしくは、私が出席しなくてもなんの騒ぎにもならなかったのかもしれないけれど。しょせん私はただの一魔術師にしかすぎない。
「先程はごめんなさい。わたくしの大切なアルフィーが突然いなくなって、不安になったの」
「アルフィーと貴方はどういう関係なの?」
アルフィーは孤児出身の神官で、彼女は聖女。普通は接点などない気がする。
「アルフィーはね、わたくしが作った料理をただ一人、笑顔で食べてくれる人だったの。わたくしが料理をするのを嫌がられているのは知っているわ。でも彼だけは、必ずわたくしが作った料理に対してお礼を言ってくれたの」
いや。うーん。
料理をするのを嫌がられる理由の一つは劇物な料理だからな気がするけれど、でもそもそも彼女に料理をちゃんと教えようとしない神官が悪いわけで。でも教えない理由が彼女に料理をさせないためだと思うと、やっぱり料理をするという行為を否定しているのは間違っていない。
「わたくしとアルフィーはとても似ているわ。わたくしも孤児のようなものだもの。養女ではなく、侯爵家の実子で聖女だからとても価値があるのだと皆はいうけれど、親は年に数回しか会いに来ない。きっとお兄様やお姉様、そして弟の方が大切だからよ。わたくしはそれほど聖女としての力はなくて、役立たずだから神殿に聖女として捨てられているのよ」
飢えることもなく、彼女達の言い分はなんでも聞いてもらえるから、聖女になれることとは名誉なことと言われている。
でもアリスは全く幸せそうには見えないどころか、自分が孤児のようだと言う。
歪だ。
「それは違うよ。君は聖女で、アルフィー君こそが孤児だ。君の境遇には同情はするけれど、アルフィー君と同等と思うのは思い上がりだ。彼の立場は君なんかよりずっと低い」
アリスと話していて、どう慰めようかと思っていると、食事を食べに来た父から鋭い言葉が飛んだ。
「おいしそうだね。アメリア、ありがとう」
「あ。うん。どういたしまして」
「じゃあ、具体的に君が何をしたくて、どうしていくか食べながら話そうか」
父はにこりと笑ったが、私にはいつもよりも口調が冷たく聞こえた。




