聖女到来
日課の素材採取と植生を調べ帰ってくると、いつもは静かな父の店で女性の怒鳴り声が聞こえた。
「……えっ。何事?」
こんな店の外まで聞こえるほど怒鳴り散らされるなんて異常事態だ。
私は警戒しながら店の入り口に近づく。父がいればよっぽど強盗などの被害はないと思うが、父も女性が相手ではやりにくいだろう。
静かに玄関のドアを開けそっとのぞき込んだ先には、赤毛をツインテールにした少女と黒髪を後ろで一つの三つ編みにしている女性がいた。怒鳴り散らしているのは赤毛の少女のようで、黒髪の女性はそれをいさめはしないものの、すごく困ったような申し訳なさそうな顔で横に立っている。年齢は明らかに黒髪の女性の方が上なのを見る限り、赤毛の少女の方が黒髪の女性より立場が上なのだろう。
「先程も言ったけれど、私は何もアルフィー君に強制なんてしていないよ? 確かに錬金術師のところへ推薦状を送ったのは私だけれど、やる気がなければ錬金術師も引き受けたりしない。つまり神官を辞めて錬金術師に弟子入りしたのは彼自身の意思だ」
「でもアルフィーに面会を申し込みに行っても、錬金術師はわたくしに会わせてくれないのよ? これが貴方の意思ではなければ誰の意思なのかしら?」
どうやら父はものすごくウザい絡み方をされているようだ。
ぐいぐいとあり得ないことでつのられるけれど、相手が私よりさらに年下な所為で力尽くで追い出すわけにいかないのだろう。
「それとも、もしかしてこれは貴方の娘の意思なのかしら? 女性に会わせないようにするだなんて、なんて嫉妬深い。貴方の娘はそれなりに優秀な魔術師だそうね? もしかして力尽くでアルフィーを脅して、無理矢理錬金術師に弟子入りさせて、わたくしと会えないないように――」
「ちょっと待って。私はアルフィーさんに何もしてないから!!」
どのタイミングで口を挟もうかと考えていれば、話の流れがおかしくなってきた。
待って。本当に待って。すっごく嫌な勘違いをしている。
私が慌てて割り込んだ為、赤毛の少女はこちらを振り向いた。大きな緑の瞳が少しだけつり目で猫のようなかわいい顔立ちの少女だ。こんな状況でなければかわいいなぁと鑑賞したくなるような顔だけれど、今は不快感をあらわにしながら私を睨んでいる。
「立ち聞きとはいいご趣味をお持ちのようね?」
「ごめんなさい。聞くきはなかったけれど、外まで聞こえるほどの声だったから」
立ち聞きして割り込むのは確かに無作法だなと思って言ったけれど、赤毛の少女はさっと顔を赤らめ、更に鋭く睨んできた。
「わたくしがうるさいと言うの?!」
いや、うるさいです。
正直近所迷惑です。
そう伝えてしまいたいが、フーフーと肩で息をしながら睨んでいる少女を見ると、どうにも指摘しづらい。
「君の声が私より大きいのは間違いないね。近所迷惑だよ」
そしてあえて空気を読まない父は、普通に指摘した。
「おつきの君? 君が今は保護者ならば、最低限のマナーを守らせてくれなければ困る」
「彼女はわたくしの保護者ではなく従者よ?」
「従者であろうと、未成年では一人旅できないからつきそいとして一緒にいるのならば、保護者は彼女だ。だから彼女は常識の範囲で君をいさめる必要がある。棒立ちしかできないのならば、君は彼女と二人旅などしてはいけない」
更に父は、多分赤毛の少女には何も言えない立場の黒髪の彼女に文句を言った。
でも正論だと思う。とはいえ、そんな指摘をされると思わなかったらしい赤毛の少女はぽかんとした顔をした。
「わ、わたくしは聖女よ。だから、彼女は私に何も言えないの」
「分かっているならば、君が我慢をし、適切な行動をとるべきだ。聖女だからで許される世界は、神殿の中だけだ。何でも許されたいのならば勝手に神殿の外へ出てはいけない」
少女は慌てたように従者の女性をかばうが、父の方が上手だ。反論を許さないとばかりに正論を丁寧に述べていく。
「神殿から出るなって。わたくしたちが浄化をしなければ困るのは貴方達でしょう?」
「でも神殿がなければ困るのは君たちだ。そして神殿は私たちからお金を集めその地位を維持している。いわば共存関係だ。それに聖女だけでは浄化はできない。君は禍がある場所までたった一人で旅をすることはできないはずだ。騎士と魔術師がいて初めて魔物におびえず旅ができ、錬金術師の作り出した道具で快適に過ごせる。他にも沢山の人に手伝ってもらって旅をしているはずだ。聖女である事を権力として振りかざすならば君は神殿の取り決めに従わなければいけない。神殿は今、君が私の店で怒鳴り散らすのを許可しているのかい?」
確かに聖女がいなければ禍を消すことができない。けれど聖女だけでは何もできないのも事実だ。
父の言葉に悔しそうに少女は顔を歪めた。
「さて。このまま話し合いをするかい? それとも今すぐ神殿に帰るかい? 君はアリス・スカーレット嬢で間違いないね。君が家出をしたことは、王都の神殿で大事になっているようだよ?」
「お、置き手紙はしたわ」
「置き手紙だけで自由に出歩きができないことは君が一番よく分かっているはずだ。そして、不自由だけれど、それは君を守る為でもある。聖女であり、更にスカーレット侯爵家の娘というだけで、君がさらわれる可能性はとても高くなるからね」
聖女はいろんなものが保証され、高い給料もでて、好きなものを買うこともできるけれど、出歩きなどの自由はない。聖女は神殿と学校のみ自由に行動ができるが、外に買い物に行こうと思えば、必ず護衛がつく生活だ。面会は予約制で仮令親でも、会いたくてもすぐに会えるわけではないと聞く。
「私は今すぐ君がここにいることを元部下に連絡することもできるし、本来はするべきだと思っている」
「父さん。一度、私も彼女と話してみたいのだけど、駄目かしら?」
赤毛の少女は今にも泣きそうな顔をしていたが、泣かずに我慢していた。
今までの生活から考えてここまでの旅だけでも彼女にとっては大冒険で、とても勇気が必要だったはずだ。彼女から理不尽に怒鳴られるのは嫌だけれど、彼女が従者をかばう様子を見て、一度話して見たいと思った。
「私はやっかいごとが嫌いだ。だからこの店の中にいる間は、私が彼女を守るつもりだから、話し合った後に王都に連絡をするぐらいは待てるよ? かくまったとかなんとか言われたくないけれど、一時間か二時間連絡がずれたところで、王都からここまで来る距離からみれば誤差の範囲だからね」
「まもる?」
「先程も言ったように、聖女であり侯爵家の令嬢である君はリスクを負ってでも誘拐するだけの価値がある。でもこの店が疑われるのは困るからね。だからこの店の中にいる限り、私は君を守るよ?」
きょとんとするアリスに父は面倒そうに答えた。
「少し早いけれど、昼食を用意するから食べながら話そう。でもその前に、一つだけ言っておくけど、私とアルフィーさんは知人程度の関係で、私はアルフィーさんに何も命令してないわ。たまたまアルフィーさんが死にかけている所を助けただけよ?」
「えっ? アルフィーが死にかけた?」
「ええ。キラー・ビーに襲われて、赤色ののろしをあげたから私が救助をしたの。ちなみに、一緒にいたセオさんも死にかけていたからセオさんを責めるのはやめてね」
護衛と主人の関係ならば、守り切れなかったのは護衛の失点だ。
でもセオはアルフィーの協力者であるだけで、お金で雇われた護衛ではない。だからアルフィーが仮令死んでもセオを恨むのはお門違いだ。恨むなら禍がある場所なんかに神官を行かせた人物に対してだと思う。
「貴方は、命の恩人だったのね……失礼な態度をとってしまってごめんなさい」
「分かってくれて、落ち着いて話し合いをしてくれればかまわないわ」
しょんぼりとした様子のアリスは、面倒ではあるが悪い子には思えなかった。年下であることも相まって、私は苦笑いをする。
「昼食の準備をするならば、わたくしも手伝うわ。わたくし、これでも神殿で料理をするの」
「アリス様。あの、流石に勝手に人様の調理場を使うのはよろしくありません」
今まで止めに入れなかった従者だったが、アリスが料理をすると話した瞬間それを止めに入った。あっ。やっぱり彼女が、料理をするたびに劇物を製造する子か。
「お客様を手伝わせるわけにはいかないわ。昨日の残りに手を加えるだけだから、座って待っていてくれるかしら?」
劇物料理がどんなものかは気になるが、毒と同等の不味さを味わう勇気はないので、私は従者の意見に従い、手伝いはお断りした。




