護衛の提案
「ううう。言ってはいけないと分かっているが、今だけ味覚障害になりたい……」
屍状態のセオは顔を伏せながらぼやいた。
二回目の毒も昨日と同じように激マズだったらしい。そして昨日と同じように半裸で眠りこけているアルフィー。彼も一緒に飲んだはずだが、全く苦しんでない。この場限りはうらやましい体質だろう。
「って、よく考えれば、アルフィーさんって既に半裸だよね? 私が魔力の流れを確認してもよくない?」
ふとアルフィーを見て思った。もう彼は上半身のみ生まれたままの姿だ。頼んだら言うことを聞いてくれそうな気もする。
「さらっと見るのと、まじまじと確認した後、触診を始めるのは全然違う。それに頼み了承が得らればなんでもいいというわけではない。今のアルフィーの意思決定は病気のせいで本来のものとは違う可能性がある」
確かにキノコになりきっている彼が平時と同じ思考とは言えないけえれど……でもなぁ。
「ううっ。セオさん、違います? 駄目ですかね?」
「……できればあまり見ないでやってほしい。知った後のアルフィーの精神が心配だ」
何でも許してくれそうなセオさんにまで諭されたら、私も諦めるしかない。
ちぇ。邪な気持ちはこれっぽっちもないのになぁ。
「仕方ない。分かりました。でもよくなってきてよかったね。キノコもあと少しの辛抱だよ。五日間の薬が終われば、もう除去して大丈夫なので。キノコの除去は薬を直接キノコにつけるだけなので、もう不味い薬を飲む必要もないし」
「……飲み薬もあるぞ」
「じいちゃん……」
飲み薬という言葉にセオがびくりとする。魔物化の薬がトラウマレベルの不味さだからだろう。
「えっ。本当に?」
「あるにはあるけど、あちらはどちらかというと、キノコ病にかからない為の予防薬よ。飲んで四十八時間効果が持続するの。主に、村でキノコが群生してしまった時に飲んでから駆除するの」
基本マスクとゴーグルで対応はできるけれど、村で群生している場合、飲料水が胞子で汚染されている可能性もある。そのため、全員が感染してキノコの村にならないように、予防薬を飲むのだ。
「へぇ」
「それに飲み薬も、魔物化の薬ほど飲みにくくはないから大丈夫よ」
「それなら嬉しいが、あの薬の味はどうにかならないのか?」
「ならんな」
祖父の言葉はにべもない。
「量が少なくなれば、何かにくるんでしまうというのもありだとは思うんだけど……」
「くるむ?」
「胃の中で溶けてしまうもののなかに入っていれば味覚は感じないでしょ? まあ胃からせり上がってくる匂いは無理だけど」
何かいいものはないだろうか。
「魔術師より、料理に精通している人の方がいい案を持っているかもしれないけど、あの量がある限り無理よね。量を減す方法って何かないかしら?」
「……味を変えるのではなく、くるむか。一度に飲む量を変えると考えればいいかもしれん。幼い子が魔物化した時飲ませるのが大変だからな」
幼ければ更に量は減るが、飲ませるのは大人より大変だ。大人の場合は魔物になっていない限り理性があるので、必要な理由が分かれば飲む。でも子供はそうではない。不味いものは不味いのだ。
「後は胃に直接流すという方法も考えられるけど、その場合体に負担がありそうなんだよね」
「直接流す?」
「チューブみたいなものを胃に通せば流せるでしょ?」
転移という方法もあるが、魔物化している時に魔力を使うのはよろしくないと一般的には言われている。だとすれば道具に頼るしかない。
「できればくるむ方で考えていって欲しい」
「私もその方がいいな。意識を失っている相手には有効だが、意識があればチューブを抜こうとするだろ? チューブを刺す場所は鼻辺りになりうそうだからな。それを押さえつけるために拘束するのも大変だ」
「……それはやめてもらいたい」
口からだと確かに噛んじゃったりしてよくないか。鼻からだと、間違えて肺の方に行ってしまっても困るので安全性と簡易性を考えると、やっぱりくるむだ。
「とりあえず、今すぐはできないのだから、セオとアルフィーはどれだけ不味くても魔物にならずにすんでよかったと思い我慢しなさい」
「……はい」
鼻からチューブを想像したのか少し青くなったセオはがっくりとうなだれた。直ぐにいい案を出せなくて申し訳ない。
「それで、アメリアはこの後はどうするんだ?」
「うーん。さっき見せてもらったものをまとめて、色々浮かんだ疑問点と、それを解決する方法を書き出したりする時間にしようかなと。そうだ。じいちゃん、明日、あの眼鏡をセオ達の観察の後、貸してもらってもいい?」
「いいが、どうするんだ?」
「あの眼鏡をかけて山の中を確認しようと思うの」
「どういうことだ?」
私はやりたいことを伝えたが、説明不足で上手く伝われなかったようだ。よく考えると、あの眼鏡は医療用として考えられており、あれで山を見たいなんて言い出す人は普通はいない。
「いや。今回、薬を一度飲んだだけで、魔道節の詰まりがなくなったでしょ? あの詰まっていたものは何かなと考えていた時に、そもそもこのレンズに映るのが魔力だけなのか、高濃度のマナなら映るのかをまずは知らないといけないと思ったの」
魔力だけならどうして魔力が詰まるなんてことが起こるのか。もしもマナも見えるというのならば、あの詰まりが魔力なのかマナなのかの検証となる。
だから大前提として、この眼鏡が何処までのものが見えているのかを知りたいのだ。
「うーん。そう言われると分からんな。勝手に魔力が見えると思っておったが、魔力も濃度が薄ければ見えんしな」
「でしょ?」
もしもすべての魔力が見えたのならば、人間の体はすべて赤く光って見えるはずだ。魔力は血管を通っていると言われ、指先をほんの少し怪我しても血が出るぐらいだから人体は隅々まで細い血管が通っていると考えられる。しかし細い血管を通る魔力は見えていない。
「絶対なくさないし、壊さないし、もしもの時はちゃんと素材を採ってきて新しいものを用意するから。お願い!!」
パンッと手を合わせ拝むと仕方がないと行った様子で祖父が折れた。
「まあ、元々アメリアが寄付してくれたものだし、昔はなかったのだから持って行ってもいいが、十分に気をつけるんだぞ?」
「うん。もちろん。明日なら多分制限も解除するんじゃないかしら? してなくても、新月を越えたから徐々に収まるだろうし」
禍の活性化は一定のリズムがある。季節的はちょっとまだ怪しいが、新月よりはマシだ。ついでに、父から素材採取の仕事ももらえば無駄もない。
「なら、俺も行きたい」
「いや。魔物化の薬を飲んでるんだから、二時間経っても、じいちゃんの目が届く範囲でいないと危ないわよ?」
魔物化の薬は魔力製造器官の機能を弱め魔力を枯渇させるもの。
もしも副反応が出て魔力枯渇による意識低下が見られたら危ない。
「でも眼鏡をかけながらでは、魔物の警戒がおろそかになる可能性が高いだろ? 幸い昨日の感じでは、俺はそこまで体調に影響は出ないようだし」
確かに影響は少なそうだけれど、でも本来は毒なのだ。体に負担がかかっているのは間違いない。
「何もしない状態と、戦闘時に身体強化しているのでは、魔力の使用量が違うわ。私一人で十分だし、無理はするつもりもないから」
「しかし一人だったらもしもの時に人を呼ぶこともできないだろう?」
「その為ののろしがあるんだから大丈夫よ?」
確かに素材採取でも禍の浄化の為でもなく、山のマナの調査の為に眼鏡をして踏み込むことは初めてだ。考え出すと色々おろそかになってしまう自分だが、危機感がないわけではない。
ちゃんと最低限の安全確保はしていくつもりだ。
「のろしを上げてからじゃ遅いだろ? あれは被害が広がらないためにするもので、命を預けるものじゃない」
「いや。そうだけど……」
「いい。セオを連れて行きなさい」
「じいちゃん?!」
言い合っていると、呆れたように祖父が口を挟んだ。
「もしもの時の薬はアメリアが持っていなさい。アメリアでもちゃんと投薬はできるし二時間を越えた後ならば、よほど大丈夫だ。実際、いつもと違うことをするときは二人で行った方がいいが、私は診療所があるし、山登りも魔物退治も足手まといになるだろう。それならば現役で聖女の護衛をしているセオが行った方が役立つ」
じいちゃんは元気だけれど年はとっている。
知識はあっても体力がついていかないのは当然だ。
「ただし、アメリアに手を出すことはゆるさんし、節度ある距離をとりなさい」
「……じいちゃん」
ここで孫馬鹿出さないで。
生真面目に祖父の話を聞くセオを見ながら、これは断れないかと諦めた。




