表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/155

味覚障害

「大丈夫?」

「……これは……人の飲むものではない……。うっ……」

 薬を飲んだのに、飲む前よりも元気がないセオに、私は苦笑する。この薬は、患者からすごく不評なのだ。あまりに不味すぎて。

 ただし健康な人が飲んでは駄目なものなので、不味ければ普通は飲み間違えもない。ある意味、このまま味の改善をしてないのはいいのかもしれないけれど。


「よく分かってるじゃないか。これは人が飲むものじゃない。魔物化している者が飲むものだからな」

「……魔物が飲むと何か影響はあるのか?」

「そもそもこんな不味いもの、魔物は飲まんし、理性のない魔物に飲ませるのはまず無理だ」

「魔物すら飲まないものなんだな」

 どう好意的に見ても、見た目からして美味しそうではないので、魔物すらさけて通る。……魔物に食べられそうになったら、これを頭からかぶったら魔物は逃げ出すのだろうか? ちょっと気になる。


「そうだ。じいちゃん。アルフィーさんはどうする?」

 食欲はまだある見たいだけど、彼は完璧にキノコになりきっている。この不味い薬を素直に飲むかは微妙な線だ。食事に混ぜるにしても、混ざる気がしない存在感。

「鼻を摘まめば口を開けるだろ」

 ……鬼だ。

 でも必要な事なので私もそれしかないなと思う。

「いや。アルフィーなら、飲むように言って渡せば飲むんじゃないか? 食事も伝えれば自分で食べていたし」

 鼻をつままれ無理矢理口を開かせるのを哀れに思ったらしいセオが助言した。確かに無理に口を開かせたことで気管の方に入って咽せてしまっても困る。

 飲んでもらってこその薬なのだ。


「お前さんも飲んだだろ。本当に飲めるか?」

 一口口に含めば不味さは魔物でも分かる代物だ。吐き出されるのも困る。

「アルフィーなら、いけると思います。この不味さはアルフィーが普通に食べた聖女の料理と同じぐらいな気がするので」

 ……むしろ料理下手な聖女は一体どんな手料理を周りに披露しているのか。毒と同じとか、正直怖いし、それを食べていたというアルフィーがすごすぎる。

「毒のような手料理とか一体どんな聖女だ。まったく。とりあえず、やってみるか。おい、アルフィー、薬だ。飲みなさい」

 祖父はアルフィーをくくりつけていた縄を解くと薬湯を目の前に差し出した。

「はい。分かりました。ありがとうございます」

 アルフィーは意外にも理性的な言葉を返すと、ためらうことなく薬湯の入った椀に口をつけた。不味すぎて吹き出したり投げ出したりしないか心配だったが、彼はごくごくと嚥下していく。

 ……すごい。


「ごちそうさまでした」

「……いい飲みっぷりだな。少し眠くなるだろうから、ゆっくり休みなさい」

「はい。ありがとうございます」

 アルフィーは再び原木を抱き枕のようにして、目を閉じた。

 本当に一気に飲みきるとは、マジですごい。何でも食べられるのが特技と言われるのも分かる。


「セオさんの言うとおり、アルフィーさんは本当に好き嫌いをしないんですね」

「ああ。俺が神殿で会った時からそうだな」

 昔から好き嫌いがないタイプだったのか。

 すごいなと私は素直に思ったが、祖父は哀れんでいるような微妙な顔をアルフィーに向けた。

「……隠しているのだろうが、彼は味覚障害者だ。友人ならば、傷んだものなどを誤って食べてしまわないよう気をつけてあげなさい」

「えっ? 味覚障害?」

 セオは目を丸くして、首をかしげた。そしてアルフィーの方を見てから、慌てたように祖父の方を二度見した。

「えっ。いや。でも、アルフィーはナッツ入りの甘いクッキーが好きだし、それ以外でも甘いものは全般好きだと思ったんですけど?」

「味覚障害は別に味覚がない人間という意味ではない。これまで置かれた環境や精神的苦痛、怪我などから味覚異常が起こったものを指す。そしてすべての味が分からないのではなく、塩味が分からないだけなど一部だけということもある。あの毒を平然と飲めるのはそういうことだ。味覚が消えても食感は分かるからナッツなどを好むものもいる」

 その言葉を聞いた瞬間、セオはこれまでにないほどショックを受けた顔をした。蒼白した顔でアルフィーを見つめる。


「アルフィー……味覚障害なのか?」

「んー? どうなんだろうねぇ?」

 半分寝かかった声で答えるアルフィーは気がつかれて気まずいなども感じていなさそうだ。

「そうなら……すまない」

「別にいいよ? 何でも食べられるのはいいことだから。……セオ、ごめん。眠い」

「ああ。起こして悪い」

 すやすやと寝息を立て始めたアルフィーを見て、セオはとても落ち込んでいた。

 この様子だともしかしたらアルフィーは、自分が味覚障害であるという自覚すらないのかもしれない。

「……彼はどういう生い立ちなんだ?」

「俺も詳しくは……。元は神殿前に捨てられた孤児だとは聞いていたんです。そして俺が知り合った頃には何でも食べていました。それこそ失敗した料理でも」

 聖女による地獄の料理の処理をしていたというアルフィー。どの時点で味覚を失ったのか。

 そして孤児というのはとても立場が弱い。

 弱いからこそ身を守るためにかなり早くに失ったのかもしれない。最初から味覚のない世界に生きていれば、自分が味覚障害だと気がつきにくい。


「俺は全然気がつかなくて」

「知識がなければ気づかないし、ずっと昔からそうならば、別にお前さんの所為で味覚を失ったわけでもないだろう。人は知らず知らずに他者を傷つけることなんてよくある。知ってから、気遣ってあげればいい」

 セオには冷たい祖父だが、落ち込み方が酷いためかセオを慰める。

「私もそう思うよ。セオさんはアルフィーさんが頼まれた素材採取を手伝ってあげるぐらい優しいのだから、あまり気にするとアルフィーさんも困ると思う」

 味覚障害者に毒のようなものを食べさせるのはいじめのようかもしれないけれど、ちゃんと好きなものをプレゼントしたり気をつかっていたのは知っている。

 アルフィーさんは隠していたのか、本当に自分の病状を知らなかったのかは知らないけれど、セオが傷つくことだけは望んでいないと思う。こんな風に隣で安心して寝ていられるのは、心を許している証拠だ。


「そうだ。今薬を飲んだから、明日薬を飲む前に一度また服を脱いで魔力製造器官を見せてもらっても――」

 パシン。

 祖父は近くにあった紙束を持ち、私の頭を叩いた。

「じいちゃん、痛い」

「痴女か、お前は。私が見るから、男の服を脱がすようなまねをするな」

「でも、セオは前も別に脱いでくれたじゃない」

 暗くなってしまったので、話題を変えようと思っての発言なのだから叩かなくてもいいと思う。

 それにこの間、見たい理由も話したのだから、祖父は少々融通が利かなさすぎるのではないだろうか?

「自分の目で実際に見るのと、書面で知識として読むのでは違うし、実際に見ることによって新しい気づきも出るかもしれないわ。だから魔術科の授業の中には解剖学の実践があるのだし」

「えっ?」

 セオが解剖という言葉にギョッとした顔をした。

 そんなおおっぴらに解剖したと話したりはしないので、もしかしたら知らないのかもしれない。


「勿論人体ではないよ? 検体がある場合は、先生によっては解剖してそれを見せてくれるそうだけど」

 そんな機会があれば、私は勿論見学に参加しただろう。しかし残念なことに私の在学時はなく、絵で解剖された人体構成を覚えた。

「もしかして、俺のことも解剖したかったりする?」

「しないよ。流石に。気になりはするけれど、魔物化が治っていく経過観察をする方が大切だもの」

 解剖したいかどうかは、何を目的としているかによると思う。個人的には魔物はちょっと解剖してみたい。そうすればどうして不可逆的なのかが分かるかもしれないからだ。


「そ、そうか。よかった。裸を見せるのは、アメリアにとって必要ならば、俺はかまわない」

「セオさんありがとう。でも私、やりたいことがあると周りが見えなくなることが多いから、嫌なことがあればははっきりと断ってね」

「ああ。そうする。とりあえず、解剖はしないで欲しい」

 困った顔で言うセオに、私は分かったと笑顔で答えた。魔力製造器官の変化を実際に見せてもらえるなら私は満足だ。

 そんな私たちを、祖父は呆れたような目で見て、ため息をついたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] この後にキノコ除去するのですね。 キノコが付いた状態で魔力低下する薬を飲んでも大丈夫です? 分量を調整しているのでしょうか。 [一言] 黒焦げ料理なんて聖女の料理に比べて些事ですね^^…
[良い点] マッド。 しっかりとマッドがつたわりました! なんだろー、アルフィーさん、不遇っぷりも含めて株が上がってます。 幸薄そうだけど、本人はニコニコしてそーなイメージが。 幸せになってくれー。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ