避難誘導
最終的に神殿まで助けを求めに来たのは、子供も合わせて全部で八人だった。
最初に来た三人の親族は来なかった。治るかどうかわからず生活するより、消える方を選んだということだ。
「じいさんは、子供のために生きろって言ってましたから。老い先短い自分たちの面倒を見るよりも、子供を優先しろって。……だからいいです」
時間になり、説得をしに行くかと確認した時、きっぱりと旦那の方が待たなくていいと言い切った。
「それにじいさんは生きてはいますが、右足と右腕を失いました。……元兵士だったので、自分が何もできない厄介者になる方が辛いでしょう。ばあさんはじいさんと一緒がいいと言っていましたから」
魔物化すると傷の治りは早い。しかし欠損した部分が再び生えてくることはない。たぶん本来ならば失血死になるはずだったが、魔物化とうまくタイミングが合い生き延びたのだろう。
治療面で何かを言おうと口を開きかけたが、言葉が見つからず私はそのまま口を閉じた。
彼だって進んで両親を見殺す選択をしたわけではないのだ。本人の意思を尊重し飲み込んだのだ。それを赤の他人である私が無責任に何か言って気持ちを揺れさせてはいけない。それに助けを求められなかった人は彼の両親だけでなく、他にもいるかもしれない。
でもこれ以上は助かった人すら危険にさらす。
怪我人の治療と同じだ。私がすべきことは、目の前にいる確実に助かる命を優先して助けることだ。
「魔物化の症状がある人は、私と一緒に北門の外を目指します」
「門の外までは俺も行くし、アメリアの魔術師としての腕は確かだから安心してください」
八人の大所帯になったので、門のところまでの誘導はセオに協力してもらい、その後の道中は私一人が警護につくことになった。セオは北門まで行った後、また戻って今度はルナの手伝いをするので大変だが、これならば確実に私達が町の外に出た後に浄化ができる。
金色の扉を開け、私が先頭を行く。その後ろを避難者が走り、最後尾をセオが守ることになっている。
「水の精霊、ウンディーネよ。我に清めの力を与えたまえ。悪しきものを押し流す清流の力をここに。激流」
私達の方に気が付いた魔物を一気に水で押し流してから走り始めた。
身体強化は使うが、早すぎると追いつけない人が出てくるかもしれない。なので、後ろに気を配りながらの移動だ。
こういうのは学生時代に練習したけれど、まだまだ慣れない。特に大人の足と子供の足は違うし、性別でも年齢でも変わる。急ぎたいところだが、幼い者を引き離してしまうと、セオへの負担が増えすぎるので遅い者に合わせるのがいい。
「風の精霊、シルフよ。火の精霊、サラマンダよ。水の精霊、ウンディーネよ。悪しきものを切り裂く力を与えたまえ。水の子を冷たき刃とし、すべてを切り裂く風の力をここに。細氷」
空からこちらを狙ってくる魔物を振り向きざまに刃で切り落としていく。一気に惨殺する残酷な光景だからだろう。後ろから悲鳴が聞こえたけれど、魔物が死んだ魔物を食べあっている間に逃げるのは時間稼ぎとしてはいい。
周りを気にしながら、私は北門の外へと駆け抜ける。ある程度離れたところで私は足を止めて振り返った。
「そのまままっすぐしばらく進んでください」
「えっ」
「私はセオさんを見送ってから追いつきます」
門の外へ出た後は、どちらかというと魔物が減る。むしろ町から追ってくる方を片付けないと、村に迷惑が掛かる。
避難者とすれ違うように私は逆走して町の方へと向かう。
「セオ、魔法を使って火の壁を作るから、中に戻って!」
最後の一人まで門の外に出たところで、セオも出てきた。なので私は魔法を使う前に大声で叫ぶ。
「わかった。アメリア、無理するなよ!」
「セオもね!!」
短い挨拶だけで、セオは門の中へと戻っていく。
少しだけ名残惜しいというか、寂しい気持ちもあるが、この場を私に任せてもいいという信頼の証でもある。
セオはセオの出来ることをする。だから、私も私の出来ることをするだけだ。
「火の精霊、サラマンダーよ。我を守る盾を与えたまえ。悪しき者を焼き払う煉獄の力をわれが示す方に。炎壁」
北門の入口を塞ぐように火の壁があらわれる。
しかしその中を火炎耐性のある魔物が出てきた。
「風の精霊、シルフよ。火の精霊、サラマンダよ。水の精霊、ウンディーネよ。悪しきものを切り裂く力を与えたまえ。水の子を冷たき刃とし、すべてを切り裂く風の力をここに。細氷」
ためらわず、第二弾の魔法で切り裂いていく。
昨日はセオが切り伏せてくれたから楽をさせてもらった。でもその動きを見たからこそ、私もどうするか考える前に動くことができる。
どんどん切り伏せ、出てこなくなったなというところで、氷の刃は解除する。
「火の精霊、サラマンダーよ。目の前の者を弔う力を与えたまえ。最高神の身元にかの者を送る鎮魂の炎を。火葬」
最後に魔物の死体をすべて焼いてしまえば完了だ。
焼けていく死体を見ながら、続いて魔物が出てこないか目視するが、一応出てくる魔物はいないようだ。
魔力的には大丈夫なはずだが、ほっとすると同時に、一気に疲労感が出て体がふらついた。
「……私も寝不足だもんなぁ」
寝不足の中で、ずっと緊張状態にあり、さらに魔法を連発し続けたのだ。疲労を覚えるのは当たり前の体の反応だ。やはりどれだけ聖女の癒しの力を借りても、無理を続ければどこか不調をきたすのだろう。
むしろもっと疲れているはずのルナは、一番の難関である禍の浄化があるけれど大丈夫だろうか? さっきも妙によくしゃべるし、異界の言葉が次から次へと出ていた。あれがルナの素である可能性もあるけれど、最初に会った時の印象からすると少しおかしい気もする。
「癒しの力って、気分を高揚させる作用もあるのかしら?」
傷を治すというのは見た目的に分かりやすい。しかし疲れを癒すというのがどういう作用が体に起こっているのだろう。筋肉痛を治すなら筋肉の損傷の修復という感じだろうけど……。
よく考えると、ルナは魔力があるから、通常量ではない癒しの魔法を自分にかけていた。……薬みたいな副作用ってないよね?
「……アリスとか父さんに確認をとっておくべきだったかも」
ルナの様子に違和感は覚えていたのに、やることが多すぎて後回しにしてしまった。かといって今から言えるわけもないので、終わってから相談をかけようと心の中にメモしておく。
「クラーク先生、大丈夫ですか?」
「あっ。はい。大丈夫です。浄化の影響がどこまでくるか分からないので、もう少し離れましょう」
足を止め魔物を追い払っていた私を心配して、避難者の一人が戻ってきた。他の人はさらに先のところで足を止めてしまっている。
誘導係は私なのだからしっかりしなければ。
「村までは行ったことはありますか?」
「私はないです」
「徒歩で半日ぐらいかかるので、ところどころ休憩をはさみながら進みましょう。浄化が始まる前に町からもう少し離れておきたいので、まだお腹もすいているでしょうが、少しだけ我慢してください」
一度目の休憩が入った時にリュックに入れてきた携帯食を食べるとして、それまでは我慢して移動だ。
「道はまっすぐ進めば大丈夫ですので、進んでください。私は最後尾を歩きます」
案内役なので先頭がいいだろうが、たぶん今はまだ、後方を気にした方がいい。なので大人に先頭を歩いてもらうことにして、私は最後尾で周囲を警戒する。
「あっ」
しばらく進んだところで、すっと清涼感のある風が通り抜けた気がして振り向くと、後方が光っていた。浄化が始まったのだ。
目がひきつけられる。そんな美しい色だが、私は次の瞬間はっとして慌てて他の人の様子を見る。
それなりに距離はとれたと思うが、まだ村につくほど移動できたわけではない。
私が声を上げたからだろう。全員が足を止めその光を見ていた。苦悶の表情はとりあえず見られない。ただ神々しい光が彼らを吸い寄せてしまいそうな気がして、私はぱんぱんと手を叩いた。
「もう少し離れましょう」
光の壁も触らない限り問題はなかった。
だから虫のように光に呼び寄せられなければ大丈夫なはずだ。
私は彼らの意識から浄化の光が消えるよう大きな声で先に進むように促した。




