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序章

「アメリア、ごめん。別れてくれ」

 学校卒業間近にして、突然言われた言葉に私は呆然とする。

 騎士科の彼も魔術科の私も卒業間近で色々忙しくすれ違っていて、一緒にいる時間はあまりなかった。でもそれはお互い様ではないだろうか?


「……ダルク、理由を聞いてもいい?」

「イリスと付き合うことになったんだ」

「は?」

 ……イリスが好きになったではなく、イリスと付き合うことになっただと?

 段階を飛ばしすぎている答えに、私は低い声が出た。

「どういう意味かしら? イリスって、私の勘違いではなければ、聖女科に所属していてさらにパーティーも一緒の、イリス・ストゥーキーのことかしら?」

「ああ。そのイリスだ。本当に申し訳ないと思っている。俺はイリスのことも好きで……でもイリスはこの国の王太子と婚約していただろう? だから諦めるしかないと思っていたんだ。でもこの間王太子に婚約破棄されて、イリスが俺のことが好きだと言ったから、付き合うことになったんだ」

 

 これは理由をしっかりと話してくれるから誠実だと思った方がいいのか、それとも他に好きな女がいたけれど、付き合う見込みがないからなんとなくで私と付き合い、見込みどころかもう付き合うことが確定したからさようならしたいと都合のいい話をしているので不誠実だと思えばいいのか。

 腹立たしいのか、悲しいのかよく分からない。

 一つ言えるのは、こんな男、こっちから願い下げだ。

「分かったわ。別れましょう。でも一つ文句を言わせて。もしも私と別れたいなら、もっと早く言って欲しかった。一週間後の卒業パーティーの相手、貴方はイリスと行くのよね?」

「ああ。婚約破棄されて、イリスはエスコート相手がいないからな。聖女が卒業パーティーに出ないわけにはいかないだろう?」


 私も今まさに、エスコート相手がパーティー一週間前にいなくなるという悲惨な状況ですけどね!

 でもダルクの言い分も分かる。

 聖女はこの国どころか、この世界で大切な人材だ。


 この世界にはありとあらゆる場所にマナという神秘の力が漂っている。このマナを体内で変換させ、魔力とし、騎士ならば肉体強化、魔術師ならば魔法を使う。また日常生活でもこのマナを使っているので、なくてはならないものだ。

 しかしどういうわけか、世界中あちらこちらで、マナが澱む現象【まが】が起こり、禍によりそこに住む生き物が魔物に変質する。そして魔物は人を襲うのだ。この禍を先天的に浄化出来る聖なる魔力を持つ者を聖女と呼び、聖女は手厚く保護されていた。

 

 卒業パーティーは国の偉い方々へのお披露目も兼ねているので、聖女である限り出席は絶対だ。

 ただし必ずしもパーティーの相手は彼氏や婚約者でなくてもいい。誰もいない時は親族に頼むのが通例だ。学校は学びに来ている場なのだから、ここで恋愛を絶対しなくてはいけないというわけではない。

「イリスには両親がいない。その上彼女を引き取った貴族との仲もあまりよくはないと聞く。俺は彼女を守ってあげたいんだ」

「それと、私への報告が遅いのは別の話でしょう?」

「それは……」

 きっとイリスと付き合うかどうかが決まったのがこの土壇場なのだ。

 イリスを諦められないのならば、イリスと王太子の婚約破棄があった半年前の時に別れて、ちゃんと筋を通してくれればよかった。

 これでは、私はもしもイリスと付き合えなかった時の保険ではないか。

 いろんなものが冷めていく。


「それとも、私がもしも半年前に別れを切り出されたら、卒業試験で貴方とイリスとパーティーを組むのを拒むと思ったからかしら?」

 私の言葉にビクッと肩が上がる。

 ダルクは悔しげに顔を歪めるが、否定の言葉が出ない所を見ると図星か。

 私は魔法科の首席だ。だから私とパーティーを組んで卒業試験に臨めれば、実技では好成績を収められる可能性が高い。

 私は深くため息をついた。なんだかもう、どうでもいい。

 ただもう、このやりとりが面倒になってきた。


「誰だって、打算はする。だからちゃんと誠意を持って半年前に私に告げてからイリスと付き合うことにしたのだったら、私は卒業試験ぐらい協力したわよ? 私も卒業するんだから」

 私だって卒業試験は受けなければいけないのだから、どれだけ傷ついても、そこは飲み込んだ。

 でもこれはだまし討ちだと思う。

「……卑怯なまねをしてすまないと思う。でも――」

「いいわけは沢山よ。とりあえず、別れるのは了承したわ。私、卒業パーティーは欠席するから、よろしく」

「えっ? なんで?」

「なんでって、貴方が聞く? 一週間前よ? そして私の親族は遠方の田舎にしかいないの」

 どう頑張っても、お願いしてこっちに来てもらうには遅すぎる。

「田舎? 王都出身なんじゃ……」

「生まれが王都なだけ。色々あって、父は王宮魔術師辞めて、田舎に引っ込んだのよ。これ、ちゃんと話したと思うけど?」

 父は王宮勤めの魔術師だった。でも母が流行病で亡くなった後、後妻を上司や周りから薦められるのにうんざりして、辞表をだして田舎に引っ込んだのだ。

 結局その後も、なんだかんだと王宮の魔術師から協力要請されて、時折王都に出てくるけれど、基本は田舎暮らしだ。そして父は元々田舎出身なので、父の親族も王都にはいない。

 結局、ダルクは私の話をちゃんと聞いていなかったのだ。

 別れてから嫌な部分が見えてきたのは幸いかもしれない。


「だったら、友人に――」

「お断りよ。年齢の近い友人に頼んだら、そういう相手かと思われるでしょ? どういう噂を流されるか分かったものじゃない」

 デリカシーがなさ過ぎる。

 私は腕を組み、半眼で見据えた。せめて私が捨てられた可哀想な被害者であるという部分は誤魔化さないで欲しい。私が同年齢の男と参加すれば、イリスが奪ったのではなく、私がダルクに不貞を働いたからだと思われかねない。

「だけど、パーティーの実技試験の最優秀賞はどうするんだよ?」

「だから言ってるじゃない。私は不参加。貴方とイリスで表彰されてきて」

 私たちの卒業試験は最優秀だった。最優秀の者は、将来が約束されたといってもいい。国王から直々に表彰されるのだから。


「でも国王様から表彰されるんだぞ? 出席しなかったら、今後のパーティーに支障がでるだろ?」

「……どれだけおめでたい頭をしているの? こんな裏切りされて、卒業後にパーティーを組み続ける訳ないじゃない」

 聖女は禍の浄化をする仕事に就くのは絶対だ。そしてそんな聖女は、魔術師や剣士とパーティーを組み、魔物を倒しながら禍まで行く。だから卒業試験で組んだ者とその後もパーティーを組み続けることは多いが、そうではないことだってある。

 だから私が抜けても問題はない。

「でも試験は協力するって――」

「また話をちゃんと聞いてないじゃない。試験は協力するのよ。試験は。私だって卒業するんだから。でも卒業後まで何で元彼とその彼を奪った彼女を見ながら仕事しなければいけないのよ。私にだって選択肢があるわ」

 魔術師の仕事はそれだけではない。


「私は田舎に引っ込むわ」

「はあ?! 禍の浄化に協力するのはこの国の人間全員の義務だろ? 魔物を倒せるだけの力があるのに使わないとかおかしいだろ? 仕事と恋愛を混同するなよ。そんな事をしたら、これだから女はっていわれるだろ?」

 ダルクの言葉にカチンとくる。

 魔法科でよく聞いた言葉だ。女は理性で動かず感情で動く。だから仕事ができないと。

 私が主席を取るたびに、そういう話をされた。どれだけ今成績がよくても、将来仕事なんか出来ないと。

 だからそれを見返す為に、私はさらに努力してきた。


 ……でも、どうでもいい。

「言えばいいわ」

「あ、アメリア?」

「女は恋愛と仕事を混同するから、仕事ができないと言えばいいの。その代わり、私に仕事を持ってこないで。そんなことをいう人と仕事なんて、絶対無理。ありえない。女だから、感情で動くの。感情で、今後を私は決めるわ!」

 我慢して我慢して、努力して努力して、その結果がこれだ。

「私はあなたたちのパーティーから抜けるし、田舎に引っ込む。卒業パーティーも欠席。もう無関係。絡んでこないで」


 ふんと鼻息荒く宣言すると、私は宿舎に向かって走った。

 目から出るのは悔し涙だ。決して、未練があるからじゃない。

 私はこの日、ダルクとイリスのパーティーと決別した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 頑張って聖女を衰退させてほしい! 特別だと勘違いしている人達だけではないと思うけど、それに頼りっぱなしは健全な社会ではないですし。 私怨、大いに結構だと思いまふ!
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