ひとたち(1/2)
「んんっ!いででで」
「しばらく、寝ていたら。ヒビコが動き出すまでに時間に余裕があるし、その身体じゃ戦えないでしょ」
勢い良く体を起こしたせいで激痛が走った。
隣にはみかんを剥いている細目がいた。
看病してくれていたのだろうか。
それにしても、見慣れない部屋だ。
医療室に来たのは、一回しかないし、観察してもいなかったからだろう。
「イナは。仲間は」
「イナは暴走して、出入口を通してくれないわ。トーテホも徐沙もイナに粉砕されていたわ。弾遊びじゃなくて、争いをしてたみたい。二人ともアンタに比べれば命に別状はないけど、かなりの重傷だったみたい」
彼らの容態がとても気になるところだが、ここで無理をするのも意味がない。
冷静に彼女に質問していこう。
抑えられない気持ちはを手握りしめ発散させた。
それも加減して、手から血が出ないほどに抑える。
「とび出していくと思ったけど、やたら冷静なのね。念の為に言うけど、アンタよりは軽傷だから」
最後の言葉を強調して言ってくる。僕よりも軽傷と言われても……。だって死にかけた人よりマシって。
心配させない言い方ではないだろう。
「はあ、あれは僕も予想外だったんだ。おかげで助かった……」
「勝負に負けなくても、命を落とすって最高に馬鹿馬鹿しくない?あの様子じゃ、ほぼ完敗のようなものよ。アンタ、私の言ってたことできてたじゃない」
「できてないと思うけど……」
「詰めが甘いけどできてた。でも、魔心開幕の時に焦りだしたらから全てが狂ったわね。まぁ、イナの暴走のこととかでしょ。聞こえてなくてもわかるわよ」
冷静に分析できてる辺り、頭がいい人なんだなと感心する。
「じゃあ、ヒビコの弾は理解できた」
「それは自分で考えなさいよ。一応、言うと私は答えを導き出したわ。私からヒントを出すなら『どういった状況で彼女の弾に命中した』か、それだけね」
どういった状況で命中したか。僕は青い弾に止まった時に命中したが、それ以外のヒントはない。
「お目覚めしてくれましたか。私としても、一般の方ならば一か月は目を覚ますことのない重体です。捕捉しますと細目が治療していなければ貴方はこの世にはいませんでした」
気が付けば令奈が細目の隣にいた。そこまでの傷を負って気絶しなかた自分に驚く。
やはり、僕は彼女に命を救われたらしい。
それにしても、感謝をしなさいと心の声が聞こえるぐらい、細目は胸を張っている。
「鼻と目から滝が出ていましたが」
「いわないで!」
彼女たちのやり取りに思わず、笑ってしまう。細目は恥ずかしのか、ゆでだこのように顔を真っ赤にしていた。
「もう!」
「助けてくれ、ありがとう」
「あっえ……うん」
感謝の言葉を口にすると、彼女は更に真っ赤に染めた。
熱でもあるのかと心配してしまう。彼女は先ほどの様子から一変して、怒りが消えていた。
「イチャイチャしないでください」
「し、て、な、い!!」
「落ち着いてください。話が進行しません」
「そうさせたのは誰よ」
本当に話が進行する様子がない。僕から話を進行させた方がいいだろう。
「二人は大丈夫なの」
「貴方以上の深手ではありません。しっかりと対応して、今はぐっすり眠っています。聞いたと思いますが、イナは暴走したままになります」
どうやら大丈夫のようだ。ひとまず安心できそうだ。だが、問題は山積みだろう。
「イナは暴走していますが、こちらの命を奪うまではしません。そして、弾遊びは一切行いません。斬撃、銃撃、爆撃などの血を流す戦いになります」
「弾遊びをしないって、どういうことですか」
「説明した通りです。彼女は滅茶苦茶なひとですから」
「それが彼女の神としての本質ってわけ。戦うけど命を奪わない」
細目が意味のわからないことを呟き始めた。
かすかに騒ぎ声が聞こえる。『まってください』や『動かないでください』などだ。
誰かを制止させている。
「大丈夫でござるか、ユグル殿。命を落としかけて聞いたである」
「どうやら、その様子なら大丈夫だな。オレ達もこっちに移動したいんだが、令奈頼めるか」
「もう目覚めたのですか。では、情報交換を行いましょうか」
そうして、ヒビコとイナのことの情報を交換し合う。
「そんなにヒビコは強いでござるか」
「時間がないし、徐沙とトーテホには私の見解を教えるわ。ちなみに自信はたっぷりだし、外れないと思うわ」
やはり、僕には教えてくれないようだ。話しながら考えているが。全然答えに辿り着く気がしない。
「小生がイナと戦い理解したことは、攻撃をしようとすると、先手を打たれることでござる」
「オレは戦意を剥き出しにしたら、四肢の一つが飛んだな。オレから言えることは、彼女に対して弾遊びは意味がない」
「じゃあどうすれば……」
僕たちが学んでいたのは、弾遊びだけだった。それしか戦闘スタイルは存在しない。
時間が経過すれば、暴走が終わると聞いている。が、今の彼女は出入口を塞ぎ邪魔な存在となっている。
「どうするも何も、何か突破口があるから考えるわよ。私が偉そうに言える立場じゃないけど、それしか方法も手段もないでしょうし」
その場にいる全員が静かに頷く。その通りだし、くよくよしている時間はないだろう。
「では、そろそろ間来さんを呼びに行ってまいります」
そう言い残して、令奈は埃一つ残さず姿を消した。
「そういえば、弾遊びをしていたユグルは何でこんな大怪我を負っているんだ」
「タイミングよく、封印された妖が解かれたみたいなんだ。何がきっかけかはわからないけど」
「それはイナ殿にもらったものでござるか。それだとしたら、イナ殿はとんでもないでござるな」
トーテホは大笑いでそういうが目が笑っていなかった。
それにしても、なぜイナに貰った物だと気が付いたのだろうか。
そんなことを深く考える時間もなく、間来と令奈が現れた。
僕たちを見ると彼の目と鼻から水が蛇口をひねったかのように流れ出した。
「うおおおおおお。みんな死んでなくてよかったヨ。強い子たちだ、オラは感心したヨ。だから、最後まで一緒に手伝うカラ。一緒に人々を救オウ」
「気持ちは理解できますが、話が進行しません。なるべく早く泣き止んでほしいです」
令奈がそう声をかけるが、間来の返事はなかった。それでも彼は一分で泣くのをやめた。
作戦会議を僕の病室で行うことになった。どこからともなく間来はホワイトボードを持ってきた。
「間来さん、それは」
「これは書かなくても、考えていることが浮かび上がるホワイトボードダ。言葉だけでは伝わりにくいと思ってダ。時間もないから早速始めるゾ」
なんて便利なのだろうか。
本当に魔法は復旧すれば、人の生活を豊かにしてくれるだろう。
「以前話した内容に少し付け足した話になるゾ。もう結界が張られ始めて、作戦の下準備に入ってるところダ」
ホワイトボードに分かりやすく、東京が浮かび上がり上に円が書かれている。
「作戦会議してるが暇あるでござるか。もうすぐに言った方が良いのでは」
それは僕も気になっていたことだ。間来はその疑問に答えてくれた。
「善は急げとは言うが、この状況を大幅に回復しないと弾遊びどころではないダロ。本格的に彼らの作戦が始まるのが、早くても翌日の夜十二月時になると予想されるンダ」
ホワイトボードに現在の時刻が浮かび上がる。ちょうど二十二時のようだ。時間が経過するとしっかり、ホワイトボードの時刻も変化している。
「間来さんは、その結界を解けるんですよね。時間はどれぐらい」
「絶対に解けるゾ、それは断言できる。だが結界を解くのに用いる時間は、四時間はかかると思うゾ」
「そして皆さんはもう一度睡眠を五時間ほど取って貰います。そうしてようやく、最低限戦闘ができるコンディションまで回復できます」
ホワイトボードにタイムリミットが十九時間と大きく書かれる。
イナを鎮静して、ヒビコを倒すのに間に合うだろうか。間に合わせるしかない。
「細目、やっぱりヒビコの弾の特徴教えてほしい」
「まーだわからないの!?もっと頭を回転させなさい。確かに人を助ける事を背負いすぎるなって言ったけど、少しは背負いなさいよ。大ヒント!!『色』以上終わり」
色が……関係している。なんとなくわかる気がしてきたが……わからない。
そんな苦悶している間に徐沙とトーテホに小声で何かを話し始めた。多分、これのことだろう。
「なるほどでござる。中々面白い弾である。正直、対応できるか不安でござる」
「ユグルの犠牲は無駄ではなかったんだな。それにしても細目は良く分かったな。良い脳と眼があるんだな」
「生まれつきの才能よ。大したことはないわ」
細目は言葉と裏腹に褒められて嬉しいそうだ。とても楽しそうな輪ができている。
「私たちはサポートできるように準備をしてきます、何か問題があれば、お呼びください」
「っじゃ。オラは張り切って徹夜するンダ」
令奈と間来が病室を足早に去っていた。それにしても、すぐに話が終わった。
「二人にとって弾遊びって戦闘だと思う」
細目は二人に質問をしていた。嫌がるそぶりを見せず、ノリノリでトーテホは答える。
「小生は、戦闘であり遊びだと考えているでござるな。人を殺めず戦うことで理解するという王道の少年漫画のようなことができるでござるから。さらに言うならば、お互いの戦闘スタイルで様々な戦略が─」
舌が回りだし、止まる気配が見えない。三十分は喋り続けるだろう。
「ありがとう……でも、もういいわ。徐沙はどう考えているの」
「オレは戦いだと考えてる。それ以上でもそれ以下でもない」
「そう。じゃあユグルはどう思ってる」
戦闘だとは考えているが、それだけではないことは知っている。それは花子と戦闘したときに、楽しいと思えた。
それはきっと、遊びに入るのだろうか。
「トーテホと同じかな」
「最初からそういう気持ちで戦いなさいよ。私から、アンタたちに言いたいことは背負い過ぎず楽しく戦ってほしい。私から見れば、アンタ達は宝石だから」
「宝石か、うれしい表現だ。ヒビコと決着をつけたいよな、ユグル」
徐沙は少し口角をあげて薄笑いした。
「もちろん、僕にヒビコの相手をさせてください」
徐沙は勢い良く、ユグルの肩を叩いた。それは重く、自分にとっては嬉しいものだった。
「頑張れよ。さて寝るぞ、というかいつの間にか用意されてるな」
気が付けば、三つのベッドが準備されていた。音もしなかった、とんでもない。
「─である。もう就寝するでござるか、小生は散歩してくるでござる」
トーテホだけが病室から、抜け出した。疲れているのか、ベッドがいいのか数十秒で意識は闇の中へと消えていった。
トーテホは散歩しながら考えていた。
「もし、本当に百鬼夜行のピンチならばOBが駆けつけてくるはずでござる」
大した脅威ではないのだろうか。それとも小生達を試しているのか、ここに来て全てがフェイクだろうか。
「それはないでござるな。小生は幻を使える故に、それには敏感でござる」
どうしても、彼らを見ていて存在が消える恐ろしい百鬼夜行が起きるとは考えにくい。
もしそうなら、ヒビコは気が付いているのだろうか。
「けれど、多大な命がかかっているゆえ負けられないでござる」
今は目の前の敵を倒すしか、小生にできることはないだろう。
それは彼らも同じだから、信用して漫画のように絆の力で壁を越えていこう。
「ここの空は綺麗でござるな」
小生は彼らを守りたい。
趣味は違うが、それでも仲間だから。