泡姫と大暴走(1/2)
「弾遊びをしよう」
まさか彼女がここに来るとは思いもしなかった。彼女から放たれるピリピリした空気から、戦闘は避けれないだろう。
「僕たちを殺しに来たんですか」
「良い奴にそんな物騒なことはしない。しばらく再起不能になってもらうだけ」
要するに百鬼夜行が終わるまで立ち上がれないように、ボコボコにするという事だろう。
だけど、はいはい従うわけにはいかない。
「あなたの作戦って、呪いが異常に少ない人を殺すんですよね」
「その通り」
「それで、何もしてない人も死ぬ可能性があるんですよね。僕の学校の時みたいに」
真っ先に脳裏に浮かんだのは、二枝子だった。彼女は嘲り笑った。
「世界やシステムを変えようとして、偉人は人の血を流さずに成し遂げた?心苦しいけど、多少の犠牲で大人数の人が助かるなら問題は無い」
「別の方法があるはずです。あなたは優しい妖なのに、なんで」
「人じゃない妖だから。神や妖はその役割、仕事から逃れられない。わたしは寄生虫を厄として判断し、それを効率良く駆除できる方法だから、これを執行するだけ」
何言っても彼女の意思は固く、崩れそうにない。イジメをされていた人を助けた妖で悪者には思えないのだ。そんな彼女と戦うのはどうしてもためらってしまう。彼女は悪い妖ではないはずだ。
戸惑っている僕を見向きもせず、細目は一歩踏み出した。
「アンタが私を助けてくれたこと、感謝してるわ。ありがとう。でも、これはこれでそれはそれだから、アンタが命乞いしても助けないわよ」
「わたしが負けると。それにアナタが止められると思ってるの」
「負ける。私にはわかるのよ、そういうのが。それに私たちを舐め腐って、結界に入るときに消耗したでしょ。以前のアンタならやばかったでしょうね。まあ隙を作るぐらいならできるわよ」
細目が言うまで気が付いていなかったが、初対面した時とは明らかに威圧が下がっている。それでも彼女の方が遥かに強い。
「眼が冴えている。今のわたしでも楽勝だ。わたしが滝なら君たちは鯉だから」
「その滝を超えて龍になり、あなたを止めます」
心で引っかかっていることがある。多分これを聞いてしまったら、戦いづらくなるだろう。
それでも僕は質問を投げた。
「あなたには大切な人はいますか」
わかりやすいように、彼女の表情が戸惑いに変化した。彼女は顔に手を当てて隠すも、苦笑いしているのが見えた。
「……大切な人。大切な人はいない。だけど守りたいものはある」
その眼は鋭く、こちらを刺すような視線だった。どんなに説得しようと、彼女は百鬼夜行を起こすだろう。彼女の覚悟が座った眼に何が映っているのかだけが、気になってしょうがない。
「わたしの作戦の脅威はアナタ達だけ。大人しく封印されてほしい」
「こんなに偉そうに発言してたけど、私は去るわね。アンタらの攻撃受けたら、一発で封印されるし。それとユグル、背に重い荷をのせて戦って勝てる相手じゃないわよ」
細目は逃げるようにして、その場から離れた。
「なんか視線をかんじるんだけど」
これはこれでやりにくい。重い荷を背負うのと同じぐらいだ。
「最初、あなたが言っていた通りに弾遊びで決めましょう」
「わかった。じゃあ雨を降らせるから、雨粒が地面に落ちたら開始。雨粒ぐらいは目で認識できる?」
彼女がそう告げると、太陽は禍々しい雨雲に飲み込まれていった。
「もうそれぐらいはできますよ。舐めないでください。その雨自体が弾とかいう冗談だけはやめてくださいね?」
ヒビコは鼻で笑った。完全に青空は雲に食べ尽くされ、鼠色の雲が笑っていた。
数秒して雨粒が一つ零れ落ちた。今の僕にとって雨粒一滴が落ちる程度なら、目で追えるようになった。
そうして雨粒が地に吸収される前に、僕たちは宙に身を投げた。
人形が最初からそこにいたかのように出現した。様々な人からの助言で人形を透明にしていたからだ。
お互いが弾を出すタイミングは一切変わらなかった。違うといえば弾の威力と数だろうか。
「恐れおののいた?」
「残念ながら」
会話しているがお互いが鳥のように飛び回っている。細目にまでは会話は聞こえないだろう。
ヒビコの弾は綺麗な深海からそのまま掬い取ったかのような美しさを持っている。中々その弾は消えずに留まっている。
「これなら」
大ダメージを与える攻撃ができると思った。
「そんなに甘くすると思う?まぁこれでも甘い」
あまりにもぬるいと思い、彼女の方を見た事が幸いとなった。彼女は片手を銃の形にしてこちらに向けていた。
急いでその場から離れるが、頬に弾に当たった感触が残る。線状の弾だ。それは一秒経過すると、消滅した。
初見で避けれたのは運がよかったと言わざるを得ない。いや、彼女の行為に対して注意していたからだ。
「わたしを狩りに来た愚かな狩人よりは良い」
「話すなら攻撃する手を緩めて欲しいですね」
第二第三と彼女から光線が放たれる。予備動作があるとはいえ、自由に動けない密集している中で避けるのは辛い。
そんなことを考えていると、右肩に雷が走る。被弾したという体からの知らせだ。そんなはずはない、しっかり確認しながら戦闘している。一弾当たっただけで、右半分が黒く染まる。
「ゆっくりとこっちに近づいてる……」
「ご名答」
高速で移動していたから、気が付かなかった。確認不足だ。
いやこのまま、高速で移動しながら相手するのは無理だ。脳の処理が追い付かず、同じように被弾するだろう。
考えている間にも球状の弾をバラまいてくる。まだ、最初に放出した弾は消えていない。
もう人間がギリギリ避けれる間しかないぐらいに密集している。
この密度では素早く動いて避けるという選択肢が消え去る。
心臓とは真逆の位置が光る。握り拳ひとつぐらいの丸だ。
「命中判定を変更したか」
命中する判定を身体全体から、その丸に変更した。これで身体に当たっても丸に当たらなければ、当たったことにはならない。
「覚えている途中だったんだ」
「想定内。基礎で喜んでいる暇があったら体を動かしたら」
容赦なく光線の雨が僕を襲うも、避け好機を探す。
盾になったイナは館の出入口を塞ぐようにして立っていた。
「イナ殿!反応なしでござるか」
「出入口を塞がれれば、百鬼夜行も止められない。一回封印して、たたき起こせば元に戻るはず」
トーテホと徐沙は懐からそれぞれ武器を取り出す。トーテホはペンライト、徐沙はメガホンを手に持ち臨戦態勢になる。
トーテホが一歩踏み出そうとイナに敵意を見せ、襲い掛かろうとした。
「げっ。弾と銃弾のダジャレでござるか。銃声より速い弾はずるいでござる」
弾けるような軽い音が何度も鳴り響く。
トーテホの四肢に赤い点ができていた。そこから生暖かい液体が垂れ出る。
トーテホは不意を突かれて、膝が地に着く。
イナはそんな隙だらけの彼にトドメを刺さない。
「銃弾ってふざけるな……。ああああああああ」
徐沙が敵意むき出しでイナに叫ぶと、メガホンを持たない手が肩ごと両断されていた。彼女を斬った刃すら見えない速度。
弾遊びを前提として練習して来た彼らにとって、予想しない異常事態だった。
どんなに隙だらけの姿を見せてもイナはトドメをさそうとしない。何事もないように、突っ立ている。
「小生達がなんとかせねば……」
「四肢を切り落とされても宙には受ける」
意識が飛びそうになる痛みの中で彼らは立ち上がりイナを止めようと攻撃を始める。
「暴走しても無茶苦茶なところだけは変わらないでござるか」
これで弱体化していると考えると頭が痛くなる。
もし弱体化してなかったら、僕は絶対に彼女の掌で踊るだけになっていただろう。
自転車ほどの速度で避けているが、何度も命中判定の紙一重で避けている。
「避けるだけでも精一杯。考える時間なんて……」
(相手を理解しなさい)
細目の言葉が脳内で再生された。そうしてようやく閃く。
「理解する……観察……」
そうしてヒビコは円状の弾をばら撒く。これを避けるのは簡単だ。
(速度が落ちてる)
それはしばらく移動した後に、かなり減速している。この時点では、僕の方に寄って来る事は無い。
「そろそろ限界じゃない」
ヒビコが銃を撃つように手を動かし光線を放つ。
そして先ほどバラまかれた弾がこちらに寄って来きた。
このタイミングで弾は寄って来ている。そして光線はいつも四回ということも覚えた。
問題はどのタイミングで仕掛けるかだ。ここまで理解できていれば、小学生の問題と同じぐらい簡単だ。
「今だ!」
それは弾をばら撒く、この瞬間しかない。
人形を両手で掲げるように持ち、特大の光線を放つ。
自信を持って放った光線の弾は彼女を包み込んだ。クリーンヒットだ。
「結構効きました。わたしが弾遊びした中で二番目に強い」
何事もなかったかのように立っているが、少しだけ黒く染まっている。
「一番はやっぱりイナですか」
「彼女は規格外。だからわたしが無力化させに来た。大幅な弱体化をしても、彼女を無力化しなければならない。わたしに一杯食わせた記念として、お話してあげます」
敵意がなく、周りの弾が消えているところを見て対話しようと考えた。
「イナは暴走しているんですか」
「人々の呪いを集めた人形を差し上げたので、今の彼女は弾遊びの『た』すらない戦いを行う荒神になっている」
「理解できないから、もっと詳しく教えてほしい」
「人間がやっている醜い戦い方をしている。血や生肉が飛び交う戦場にする。ここまで言えば、鈍感な君でも理解できるはず」
それを聞いて、背筋を凍らせた。トーテホや徐沙が彼女を鎮静しようと戦っているはずだ。今、彼らは血だらけになって戦っているのだろうか。
「なんで!」
「わからないか、それが神としての姿だから。背を向けずに、わたしと対面するか」
仲間を助けに行きたいが、僕はヒビコをここで止めなければならない。仲間を信じて、早く彼らの助太刀に行くのが最善だろう。
「だから、わたしは血を見なくても済む『弾遊び』という戦いが好き。わたしの手は既に血みどろだけど」
ヒビコは手を広げて、空を握りつぶした。
そして鋭い眼光でこちらに敵意をぶつけてくる。
「混心開幕が来る」
見なくても理解できる。彼女から凄まじい魔力が集まっていくからだ。何が来ても問題がないように、身構える。
「混心開幕。『病』」
そうして彼女の混心開幕が始まると同時に、僕は水の中に閉じ込められた。
隙を見せていない上に警戒もしていた。
それなのに、避けられなかった。
僕は大きな水の弾という水槽にいる。
「息がっ」
細目は館の中からユグルたちを見ていた。
「しっかり観察して、理解したわね。でも余計なことを聞いて、あの様子じゃ集中できないわ」
深いため息をついて、彼女は窓のロックを解除する。
「今のユグルじゃ、ヒビコには絶対に勝てない。っていうか、最初からわかってたけど、もっと早く私から話すべきだった」
力のない私でも彼の力になれるはずだ。だから、彼を助ける準備をしておこう。
「彼が理解できないなら、私が彼の脳としてアドバイスを送る」
細目は目を光らせて、彼等の戦いだけを注視していた。彼の助けになりたい、その一心で。