赦せるか?(2/2)
「再生回数百万超えましたよ」
心の底から嬉しそうにヤクは報告した。
彼女たちは伊吹山にいた。天気は雲一つない快晴で境界線が見える。彼女たちは数多の緑の中に存在した。彼女たちが異様な姿をしていても、山は風景に違和感なく加えた。
花子はひとけのない場所に腰を下ろしている。むすっとした表情で遠くを眺めていた。
ヤクはそんな彼女に遠慮せず、スマホを顔に近付けていく。
「わかった、わかったから」
「……うれしくないんですか」
「悔しいの!だってコメント欄あの少年のあだ名で埋め尽くされてるのよ。本来の企画に関しては、叩かれるし」
彼女達の動画内でユグルは『少年Y』と名付けられた。そして動画内は彼に対する応援コメントで溢れかえっていた。その勇士に視聴者は惚れてしまったからだ。
再生回数が伸びるのはとても良いことだ。でもこれは……。
「あの少年が人気過ぎて、彼を出さないと登録者も再生回数も減るの確定。私の美しさを再認識させてアゲるのよ」
「ここに来たの動画のためでしたね。またイナの所に遊びに行きましょう、あそこのご飯美味しいですし。それにしても人が釣れないですね。こっちに沢山来てると情報を掴んだんですが……」
「関西で百鬼夜行が起きるねぇ……。そう簡単に百鬼夜行が起こせるなら、ウチらが動画化してるちゅーの。これで人が来なかったら、関東にカムバックかぁ」
僕はグラウンドにいた。細目は抵抗せずに黙々とついてきた。
昔の自分なら彼女と面を合わせることすら、拒否していただろう。いまはお互いに目と目を見ている。
「傷つけてごめんなさい。その気が済むまでナイフを刺してほしい」
僕は右手に持っているナイフを見つめて、それを両手で折った。そして投げ捨てた。
「なっなんで!?あんた掌から血が出てるじゃない」
少しだけの痛みの割には、閉まりきってない蛇口のように血が垂れる。
「少しだけ痛むだけ。僕たちの戦いや特訓を見てきたんだよね」
「一応ずーと見てきたけど……。治した方がいいでしょそれ、私に復讐するにしても」
僕は魔法で弾を作り出して、細目に向かって投げつけた。
彼女はその場から動かなかったが、弾をしっかり目で捉えていた。
避けようと思えば避けれただろう。こちらから提案するしかないようだ。
「僕とキャッチボールしてくれないか。それで思っていること、全部ぶつけ合おう」
「私はあんたの命令を聞くから……。でも血だらけの玉をキャッチしたくないの、治して」
ハンデのつもりだったが、よくよく考えたら自分も血だらけの玉でキャッチボールをしたくない。
「グローブと球はこちらになります。お怪我はいかがなさいますか」
「ありがとう、お願いします。盗み聞きしてたんですか」
「一切そのようなことはございません。お呼ばれる前に赴くのがメイドですから。ですが、盗み見はされているようですよ」
グラウンドに来たのは見せるためだから、問題はない。
彼らは僕のことを心配してくれていることを理解しているから。
僕の治療が終わると一礼して令奈は姿を消した。
まるで血が流れていなかったかのようにオマケで掃除までしてくれた。
令奈から受け取ったグローブを細目に手渡した。
「これって親子の絆を深める時にするものじゃない?」
「言われてみれば……。何か不満があれば言ってほしい」
「一切ないわ、正直に言うと少しだけワクワクしてる。私、誰ともキャッチボールしたことがなかったから」
「家族とやったことはないの」
「遊んだことすらないわね。家では優秀な姉が贔屓されてるから、私に目もない。遊んでって頼んでも聞いてくれなかった」
「そう、グローブはしっかり付けられた?」
細目はこちらにグローブをグーとパーにして動かして見せた。問題は無いようだ。
「じゃあ始めよう。なんでいじめなんてしたの」
質問と共にボールを投げる。細目は避けることなく受け止める。
「そうね……暇だったからが一番の理由。虐めている時は楽しかったわ。後味が悪すぎて、今でも吐きそうになるけど」
怒りがこみあげてくるが激昂して我を忘れては意味がない。
深呼吸して怒りを一時的に抑え込んだ。
「じゃあ今更になって罪悪感を感じるようになったの。それがわからない」
「アンタ達の戦いを見て、私の中にある世界がひっくり返った。今まで見てきたもの以上に美しかった。その美しさで自分の行いがちっぽけで悔いるものだと思った」
彼女の眼を見る限り嘘はない。自分も三妖ちゃんねるで戦闘を見たが、そこまでは心が動かなかった。
「そんなに美しかったとは思えないけど」
「私から見れば、輝かしい風景に一つの宝石が立ち向かっているような絵に見えた。アンタは強いけど、楽しんでないのよ。理解しないで、相手を見ていない」
まさか彼女から戦闘によるダメ出しを食らうとは予想もしてなかった。思わず、口もボールも止まってしまう。
「止まってるわよ、早く投げなさい。投げないなら独り言するわ。私のしたことは許されないことだと、人生が詰んで他人に助けられるまで気が付かない愚か者だと思い知らされたわ」
「戦いなのに何を楽しめばいいんだろう。僕にはわからない。理解もして戦ってると思うけど」
「アンタはその場しのぎで戦ってる。要するに今ばかりを考えて次の手を考えてない。もし脳容量が追いつかないなら、背負ってるものが日本とか人命なんて戦闘中に考えなくていいんじゃないの」
「……よくわかるね」
「特訓やらでも、あんな堅苦しい顔してたら誰でも気付くわよ。みんな気使ってるけど、私はしないわ」
初めて細目から強い球が来た。危うく取り損ねるところだったが、がむしゃらに取った。
「僕がここで殺すとしたらどうする」
「受け入れたいけど、私にはまだ謝るべき相手がもう一人いるはずよ。だから二人が望むのであれば、黙って受け入れるわ。イナは二枝子と合わせてくれないけど」
「二枝子のこと僕も詳しく知らないけど、細目は聞いてる」
「聞いた話だと精神が壊れてるから、それを治しているって。私と会うと『お前と会って治りかけの精神が壊れたらどうする。なんでもタイミングが大事だからな』って言われたわ」
彼女が今そういう状況に立っていたことと彼女が二枝子に会おうとしてたことに驚いた。
「ところで、アンタは私にどんな罰を与えてくれるの」
「……すこしだけ回答を待ってほしい。僕はこう話してはいるが、怒りが完全に収まったわけじゃないから」
そう言って少しだけ強いボールを投げた。
「いつでも待つから、アンタが後悔しないやり方を選んで。じゃあ私から質問したいけどいい」
僕はその質問に対して頷いた。
「なんでアンタはそんなにイジメに対して憎悪を抱いているの。私が言うのはイジメというものに対して」
正直、答えたくない質問だ。数秒考えるが、話すことにした。
「僕はイジメで彼女を殺されたんだ。それが悪夢としていつまでも付きまとってる。あの時の僕は動けなかった、彼女を見ているだけで助けられなかったから」
「納得したわ、道理でそこまでイジメに執着してるのね。私が言う事じゃないけど、事情も知らずにやたらめったら怒りをぶつけない方がいい」
『なにがわかるんだ』と叫びたくなったが、唇を噛み思いとどまる。その怒りのパワーを投球に乗せた。
「無言の答えね……。怒りを捨てろとは言わないけど、そんなことしてたらアンタが傷付くわよ。それをアンタの仲間は望んでないはずよ」
わかってる。だけど、それでも、僕は……。
「心の声が漏れてるわよ。アンタも理解できてると思うけど、令奈は良い人よ。昔、イジメをしていたのが嘘みたいに。イジメしていたという事実を神が言っただけで、憤怒するのは、私たちとしていることが変わらないわよ」
「イジメが悪いだろ!」
「そうやって悪を決めつけて叩いて良いものとして捉えるのが、イジメと変わらないって言ってるのがわからない?アンタは関係ないのに」
お互いに全力の投球を繰り返す。グローブの下にある手は見なくても分かるが、真っ赤に染まっていることだろう。
それにしても鍛えていたのか、疑うほどに彼女の投球の力が強く速い。その実力は野球選手と並ぶだろう。
「だけど、誰かが」
「歯を食いしばって」
細目は走り出した。そして勢い良く頬に拳を叩き込まれた。
「弱者を痛みつけるのがイジメなら償っている人に対して行うのも、イジメでしょ。なにより嫌悪しているものよ」
そして胸ぐらを掴んで掴み上げてきた。その眼には怒りが写し出されていた。それは昔の理不尽な怒りではなく、他人を思う怒りだ。
彼女に殴られて怒りのコントロールが制御できずに、顔面に拳を叩きつけた
「え」
避けられると思った一撃は彼女の顔にめり込んだ。彼女は動じず、倒れもしない。
「アンタがイジメを許せない事情は理解できた。それでも、怒り狂ったアンタを見て、天国にいるアンタの彼女が笑ってると思うの?自分すらも犠牲にして、ボロボロになったアンタをみて笑顔で再開できると思うの!刃の先を決めてないナイフはしまいなさい」
細目はそう吐き捨てて、僕を投げ捨てた。
「アンタの憎悪は私にぶつけなさい。振り回してアンタが傷付くなら、暴力だろうと暴言だろうと何でも落ち着くまで受け止める。私にはそれぐらいしかできないから」
やはりそうだ。細目は僕よりも何倍も成長している。
イジメをしていた人間が変わるという現実から目を背けていたのだ。
だからこそ、今の彼女を見て令奈に対して取った行動に対して、後悔が現れ始める。
そんな彼女に負け、僕は両膝を地に付けた。
「僕も変われるかな」
「アンタのは呪いみたいなもので執拗に付きまとうわね。私が言うのもアレだけど、気が付いたなら、少しずつ変えていけばいいんじゃないの。一度私を助けてくれた時みたいにね」
細目が僕に対して手を差し伸べた。僕はその手を取る。以前の自分なら振り払っていただろう。
「いきなり殴って悪かったわね」
「ああ、殴らってくれなきゃ耳に入らなかっただろうし仕方ないよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。で、話してる暇はないだろうけどもう少しだけキャッチボールに付き合って欲しい」
断る理由がなかったので、そのまま会話を続けることにした。
館の二階から、イナたちが見下ろしている。
「これで一件落着でござるな。さて、妖退治に赴こう」
「良かった」
窓から飛び降りようとする二人を制止したのは、イナの独り言のような呟きだった。
「その必要はなさそうだ。自分から敵の拠点に来る黒幕がいるらしいからな」
トーテホと徐沙は臨戦態勢を取るが二人は構いもせず会話を続ける。
「ふぅん。わかっていたのに手を出さなかったの」
「今魔法を少しでも使えば暴走するからな。はぁ、最悪のタイミングだと言っても、待ってくれただけでも温情ってところか」
ヒビコはイナに一つの人形を投げる。イナの体に当たると共に彼女の体が光りだした。
「敵は多分もう乗り込んでる」
細目がそう言い放つと、彼女達の上からドゴンと鈍い音が響き渡る。
上空を見上げると、四角い盾が入り口に向かって飛んでいった。それには腕に銃や剣をクロスさせて持つイナらしき像が付いていた。
「イナ……!」
「小生達はイナを止めるでござる。だからヒビコは任せたである」
盾をトーテホと徐沙が追っていった。イナが暴走してしまった。そのまま上空を見ていると、ヒビコが羽のようにゆっくりと落ちてきた。
以前あった姿とは大違いだ。
口は鳥のようなくちばしに変化し、鼻は消えていた。髪の先端は完全な水になっている。足は無くなり尾びれになり、耳は胸びれと化していた。
異様ながらも美しい妖だ。
「さて、弾遊びしよう」