イナの秘め事(1/1)
「そろそろってか、遅いんだが混心開幕について教えるぞ」
「混心開幕……」
「必殺技みたいなものとは把握してるでござる」
「オレも使ってみたかったからな。ついに教えてくれるのか」
混心開幕と言われて僕たちは目を輝かせた。
自分たちも使えるのかと思うと心が飛び跳ねて仕方ないからだ。
「人間は使えないから安心しろ」
「解散でござる」
「そうだね、帰ろう」
「最悪」
イナの無神経な断言によって、僕たちは解散しようとする。
期待値は完全にマイナスになっていた。
「帰るな帰るな!別の必殺技ならあるが……」
「本当でござるな」
「最後まで聞く」
「わかりました」
「ちょろいなぁ、お前ら。俺はこれからが心配だ」
一瞬で僕たちは戻り腰を下ろした。
別の必殺技があるなら、最初からそういえばいいのに。
「取り敢えず、まぁ混心開幕からの解説だ」
「簡単に言えば、魔力が混ざり合って出来た個々の技ですね。なので、個々で違うため条件から当たり判定、何もかもが変わっている可能性があります」
「うーん。あのさぁ、俺が久々にやる気を出しているんだから、役を取るな令奈」
気が付けば令奈がいた。
「解説は任せてください」
「あー俺が神様みたいに見えなくなるだろ。こういう時ぐらい格好つけさせろよ」
「普段の行いで、マイナスだと思うますが……」
その通りだ。
感謝はしているが賭博を繰り返す神様に神々しさなんて感じない。
というか、ここに来てから彼女を神様としてみていない。
横に目を移すと、トーテホも徐沙も静かに頷いている。
「知らん!俺の混心開幕は人に見せられないってのに。解説奪われたら何もできないだろ、それをわかっててやってるだろ」
「どういうことですか」
「見せてはいけないってやつだ。名前を出していけないとかそういうのだ」
「カッコイイでござる」
「中二くさいな」
「う~~ん」
半信半疑一名。信用一名。疑い一名。
「対策方法は避けて黒く染めあがるだけです」
「それ教える必要あります!?」
簡略化すると気合いだ。
それは対策にならないでしょ。
戦略を聞いて『頑張れ』って答えてるのと変わらない。
それを令奈が言うんだ。驚かないわけがない。
「中断させたり、隙はないでござるか」
「発動させたら、とっとと黒く染めて終わらせるだけだ。ちなみに混心開幕は切り札で基本的に追い込まれたときに使うぞ」
「『ちなみに』で話す内容が一番大切じゃないですか……」
「つまり混心開幕を突破すれば、封印できるということでござるな」
混心開幕を乗り越えることが勝利のカギというわけだ。
だけど、アレを避けきれる自信はない。
「人の体すら通れない隙間しかないのに、どうやって避ければいいんですか」
体験したからわかる。
運が良くないと人が通れる隙間なんてできないんだから。
「今日の課題はそれだ。今の判定のままだと、運ゲーになる、ってか避けられない。混心開幕中は、どんな妖や神でも人が通れる隙間なんて作ってくれない」
「じゃあ、どうするんだ。身体を縮めるのか?痛くないように頼む」
「自分の心を人形に移すとか?」
「いくら魔法が使えるとしても、思考が物騒すぎるでござる」
「じゃあ、お前はどんな案を思いついたんだ?」
トーテホのことだから、転生とかいうのだろうか。
「自分の意識を一ヶ所に集約させ、干渉できる場所を最小限にするとかでござるか」
至極まっとうな意見だった。
裏切られたような気分だ……とても。
「ほぼ正解だな。俺はできないから、令奈にやってもらう。ちなみに神や妖はできない。人だけの特権ってやつだ」
「だから、その『ちなみに』がかなり重要な点だと思うんです」
「瞬きせず、見ていてください」
令奈は目を閉じて、小さく深呼吸をする。
目を開けると同時に彼女の心臓位置に、握り拳ぐらいの点が現れた。
それは紫色に光り、例えるに例えられない光を放っている。
四方八方から見ても光り方も場所も変わらない。
トーテホと徐沙はそれに目が釘付けだ。
でも、これって……
「弱点を曝け出してますよね。光を出さないとかできないんですか」
「できません。当たり判定を見せることで収縮させることができています」
「当たり判定を見せずに小さくするなんて、ズルいだろ」
「神様は本当に誰の味方なんですかね」
神側なのか人側なのか妖側なのか良く分からない。
「具体的にどうやって習得するのでござるか」
「オレも早く覚えたい」
これはとても大切な力だと、少しの間でも理解できた。
だからこそ、習得したい。
「座禅と滝行です」
徐沙とトーテホの顔が一気に暗くなった。
下を俯いて令奈に表情を見られないようにしてる。
「というわけだ。頑張れよ」
「パチンコに行く気でござるか!」
「残念ですが、イナは久々に神らしい行事を抱えているのです」
ええ……嘘だぁ。
イナから出た言葉なら信じないが、令奈が言うのだから本当なのだろう。
「久々にって、いつだって俺は神々し――」
「出発するには丁度良い頃合です。荷物も玄関に纏めてあります」
「お前はもう少し俺という神を労われ」
涙目でイナは玄関に走っていった。
少しだけ可哀想だと感じた。
「では始めましょう。どちらからがいいですか」
「座禅」
「滝行でござる」
「滝行でお願いします」
うわぁ怖い。徐沙が人を殺しそうな視線を向けてくる。
冷や汗が止まらない。
「では、始めましょう。この手に触れてください」
三人が彼女の手に触れると、目の前に滝が現れた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「や、やりたくない」
「足があああああ」
トーテホは座禅の形で固定され、横に倒れている。徐沙は肩を守りながら、眼を虚ろにさせている。
僕は荒い息を座禅のまま整えていた。
座禅で一番に叩かれていたのは、徐沙だ。肩を壊してないか心配。
滝行三時間座禅三時間とかなりハードな内容で身も心もボロボロにされた。
座禅で邪念が混じったとき叩かれる力も半端ない。
肩が落ちたかと疑ってしまうレベル。
それが大自然の中、雑に畳一枚置かれた上で行われている。
「習得しても定期的にやります」
「……」
「ですよね……」
徐沙とトーテホが氷になってしまった。
氷鬼のようにタッチして動き出してくれるといいのだが……。
「では……行きましょう。離れてください、身動きができませんので」
「もう少しだけ憩いの時間が欲しいでござる」
「お願いだ。もう少し待ってくれ」
二人は令奈の足に引っ付く。それはまるでコアラのようだ。
「何やってるんだ。ユグルも止めろ」
「うーん。頑張って」
「薄情者でござる!」
「落ち着いてください。イナのところに行くんですよ」
「え?」
驚きの答えに僕たちは声をそろえて驚いた。
「こんな田舎にいたんだ」
森を抜けて見えたのは、視界の半分以上の山と細々とした集落だ。
「ここはどこでござるか」
「東京のとある田舎です」
「へぇ。東京にもこんな場所があるんだな」
僕たちは周りを見渡しながら、令奈についていく。
「ここでイナは何をしているんですか」
「神様らしいことをしています。皆さん、少しだけイナのことを蔑み過ぎだと思いましたので」
「令奈殿が発言しても説得力がないでござる……」
「こんな賭博ゼロの場所にイナがいるって考えられない」
「ちなみにイナはここで何をやっているんですか」
「一目見ればわかります。時間とルート的に数分で遭遇するはずです」
数分ということは、すぐ近くにいるのだろうか。
だから、耳を澄ましてみると遠くの方から賑やかな声が聞こえた。
それは徐々に近づいてくる。
そして言葉を失った。
「……神様だ」
「別人でござる」
「……ああ…ああ!」
銀の鳩のマークが所々に存在する巫女のような服。
子供や老人に話しかけられて、笑みを浮かべている。
それは作り物ではなく、心の奥底から出ている。
人と山が更に彼女を引き立て、一つの絵となっている。
あまりにも神々しい光景に令奈以外の足が止まる。
目に焼き付いて、忘れることができない。
「れ、れいななんでこんなところに」
僕たちの存在に気がつくと、イナは茹蛸のように顔を紅潮させる。
イナのこんな顔を見るのは初めてだ。
「みるなぁぁあぁぁ」
恥ずかしいのか、その場でうずくまってしまった。
そこへ容赦なくトーテホと徐沙は駆け寄る。
「まさしく神様でござる」
「かっこいい」
「やめろおおおおお」
どうやらイナは褒めに弱いらしい。
嫌味のない純粋無垢な褒め攻撃は続いた。
数分で普段のイナに戻ったが、それでも着替えるまでは顔が紅かった。
「イナ、ここでなにをしてたんですか」
「ユグルか。まぁ神妖退治みたいなもんだ」
「ここの人たちと仲が良さそうですけど、良く来るんですか」
「俺は人気者だからな。まぁそれでも、よく来るな。東京だから」
「東京だから?」
「東京は集まるし、生まれる場所だからな。こういう場所に大人しそうな場所に逃げ込むのがいるんだ」
「パチンコよりも楽しそうに、笑ってましたけど。本当はこうやってーー」
「うっさい、黙れ忘れろ」
「いや忘れられませ」
「忘れろ」
「ハイワカリマシタ」