平和な日常 〜綾人〜
小学校からの帰り道を全速力で駆けていく。今日は真珠紅ちゃんが僕の家に遊びに来る日だ。本当はもっと早く帰りたかったのだけれど、今日にかぎって委員会があって遅くなってしまった。もうすぐ4時になってしまう。
姫様との再会を果たした後、お隣さんということもあり真珠紅ちゃんとは家族ぐるみの付き合いをもつようになった。
遥と真珠紅ちゃんは同じ幼稚園に通い、年長さんと年少さんだ。
「遥はいいなぁ。真珠紅ちゃんと毎日遊べて・・。」
仕方のないことだと分かっていても、どうしても遥に嫉妬してしまう。
本当はずっと姫様のそばにいて僕が姫様を守りたい。
この平和な世の中に前世ほどの危険はないけれど、僕も遥もまだ子供で親に守ってもらう側だけど・・・・
「でも・・やっぱり僕が一番姫様のそばにいたい。」
家に向かってる足が更に速くなる。肩に掛かるランドセルのベルトをぎゅっと握り1秒でもはやく家に着くよう駆けた。
家までもう少しのところで足を止める。僕の家の前に誰かが立っているのだ。自分と同じくらいの年齢の男の子で、艶のある黒髪が耳にかかるほどの長さまである。その男の子は、僕の家をじっと見つめたまま動かない。
たぶん同じ学校の子だと思うのだけど、話したことはないはずだ。
「あの、僕の家に何か用かな?」
そう声をかけると、男の子はゆっくり僕の方に顔を向けた。
一瞬だけ目が合い、彼の真っ黒な瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。
「べつに・・通りがかっただけ。」
ぼそっと呟かれた言葉が聞こえると、男の子は僕の横を通り過ぎて歩いて行ってしまった。
不思議に思ったけれど、僕は今、1秒でもはやく家に入りたい!少しでも長く真珠紅ちゃんと遊びたいんだ!!
家に入るとすぐに洗面所で手を洗い、ガラガラとうがいをして子供部屋へ急いだ。
「ただいま!!」
勢いよくドアを開け、中にいるであろう遥と真珠紅ちゃんに声をかける。
「にいちゃん、おかえり。」
「あーくん、おかえりなさい。」
はぅっ!かわいいっ!!
そう、真珠紅ちゃんは僕のことを『あーくん』と呼ぶのだ。
それが本当に可愛くて、自然と笑顔になってしまう。
「今日は何して遊んでたの?」
「あのね、今日ははるちゃんに平仮名の書き方を教えてもらってたの。これ、私がかいたんだよ。」
真珠紅ちゃんは赤い折り紙の裏側に書いた『しずく』という文字を僕に見せてくれる。まだ線はくにゃくにゃだけれど、ちゃんと読める文字がそこにある。
「すごい!とっても上手にかけてるね!」
僕がそう言うと、真珠紅ちゃんは少し恥ずかしそうに笑ってくれた。はぁ、かわいい。
僕はメガネを中指でくいっと上げると、彼女に提案してみた。
「次はあ・や・とって書いてみようか?僕が教えるよ。」
隣にいる遥のジトーっとした視線が気になったけれど、僕は知らんぷりをした。机の上にある折り紙の束から青い折り紙を取り出し裏返した。鉛筆を持ち、上の方にお手本で自分の名前を書く。
真珠紅ちゃんは僕が書いたお手本を見ながら、一生懸命に鉛筆を動かす。
数分後、書き上げた文字を僕にみせてくれた。
「あーくん、書けたよ!」
・・・・・初心者に『あ』は難しいようだ。そこには渦巻きナルトに串が刺さったような『あ』が書いてある。
「上手だね。でも少しだけ形が違うみたいだから、もう一回書いてみようか。」
「にいちゃん、もう字の練習は終わりにしてトランプやろうよー。」
「はるちゃん、私もう一回書いてみる。あーくんの名前が書けたら次ははるちゃんの名前練習するね!」
真珠紅ちゃんの言葉を聞いて、遥がしょうがないなーと言いながらトランプで遊ぶのを諦めた。きっと遥も名前を書いてもらいたいんだろうな。真珠紅ちゃんはもう一度鉛筆を握りしめると、気合いを入れて字を練習し始めた。
数分後、練習に使った折り紙の束が積み重なる。僕はそれを1枚手にとり三角に折る。遥は真珠紅ちゃんの隣で字の練習を見守っている。時折、お手本を書いたり書き方を教えたりしているようだ。
「できた!!」
「にーちゃん、見て!」
2人の声にハッとする。どうやら夢中で折り紙をしていたみたいだ。2人の方を見ると、並んで折り紙を掲げている。そこには、拙いけれど一生懸命書いたであろう『あやと』と『はるか』の文字があった。
「とっても上手に書けたね。はい、頑張ったご褒美だよ。」
僕は真珠紅ちゃんの目の前に折り紙で作った花束を差し出す。赤や青など、色とりどりの百合の花の花束だ。
「わぁっ!すごく綺麗!あーくん、ありがとう!」
花束を受け取った真珠紅ちゃんは今日1番の笑顔を僕に見せてくれた。
あぁ、幸せだな。
姫様が僕の側にいる。弟と一緒に姫様を見守っていられる。なんでもない普通の日常だけれど、なんだかそれがすごく特別だ。この世界に転生してから、弟と2人でずっと姫様を待っていた。そんな日々も平和で幸せだった。けれど、やっぱり何かが足りなくて、もどかしいような、落ち着かないような気持ちだった。
今はその足りない何かを姫様が埋めてくれた。
あぁ、幸せだ。
でも、僕は知っている。このなんでもない普通の日常が長くは続かないことを。だって、覚えているから。僕も遥も。
いつかきっとその時が来るだろう。
だけど・・。
もう少しだけ、今だけはこの幸せを壊したくない。
もう少しだけ、あと少しだけ。
ふと窓の外を見ると、もう日が落ちかけている。
ピンポーン
「あ、ママのお迎えだ!」
「真珠紅ちゃん、お母さんに今日書いた名前を見せに行こう!」
遥と真珠紅ちゃんは手を繋いで部屋を出て行く。
僕も2人の後に続いた。
父様、母様。
ちゃんと覚えているから。
もう少しだけ・・・・・




