答え合わせ2
重厚な扉が大きな音を上げて開いた。
この世界の礎へと続く扉。代々エターミス王家が守る最も重要な場所。普段は王族以外の者が滅多に足を踏み入れる部屋ではないが、緊急事態の今は例外だ。
「皆、着いてこい。」
扉が開かれると同時に王が後ろの家臣たちに自分の後に続けと指示を出した。オンディーヌ、バナッシュをはじめ国の重鎮たちが王の後に続いた。扉を潜る瞬間、どこからかゴクリと緊張で喉を鳴らす音が聞こえたが、立ち止まることなく王の背中を追う。
真っ白な壁に囲まれたその部屋は調度品や飾りなどは一切無い。白い柱が並んでいるだけだ。床は白い石造りで絨毯も敷かれておらず、歩くたびにカツンカツンと音が響く。部屋に足を踏み入れた家臣たちはこの場所がまるで別世界なのではないかと錯覚するほど外の空気との差を感じた。左右に均等に並ぶ白い柱によって造られた道はこの先の礎へと続いている。王と王妃、そして家臣たちは己の靴音以外何も音がしない空間をただただ前へと進んだ。
カツン
白い柱の中央を歩み続けていた王は最後の柱の一歩手前で足を止めた。その先は5、6段程度の階段になっており更に一段高くなっている場所は祭壇のようだ。スッと目線を上げた王は数段先に鎮座する巨大なクリスタルを確認した。王の視線に捕らえられたクリスタルは以前と変わらぬ輝きを放ち王たちを出迎える。
「・・・何も、異変はないか・・・・・。」
ぽそりと王がつぶやくのを確認し、後ろに続いていた家臣たちも少しだけ緊張がほぐれた。
クリスタルには絶対に異変があってはならない。この国の、いや・・・この世界の礎ともいえるものだ。絶対的な力を放ち、この世界全体を包み込んでいる。
そのクリスタルに何かしらの異変があるということは・・・・つまり・・・・。
「・・・・・・・・っ、・・へ・・陛下っ・・・。」
王の斜め後ろから小さな息を飲む音とともに夫を呼ぶ震えた声が聞こえた。
その声に後ろを振り向くと・・・・
王妃がクリスタルを指さしながら片手で口元を抑えている。クリスタルを指した指先は震え、王妃の表情はひどく動揺しているように見える。
一点を指し示す先に視線を滑らすとクリスタルの中心部分に違和感を感じた。
ここからではよく分からない。王は更にクリスタルに近づくべく目の前の階段を上がった。1歩、また1歩と近づくたびに己の心臓がドクンドクンと嫌な音を立てる。まるで警報を鳴らしているようで恐怖を覚えた。とっさに自分の心臓辺りをガシッと掴んでしまう。
カツン・・・カツン・・・・・・・カツ
とうとう最後の階段を登り切ってしまうと、王の目の前には巨大なクリスタルがそびえ立つ。変わらぬ輝きに目を細めながら先ほど違和感を感じた箇所を確認すべく腰を少しだけ落とした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ほんの数秒。しかし、王の言葉を待つ家臣たちにはとても長い時間のように感じられた。オンディーヌはその沈黙に耐え切れずぎゅっと両手を結ぶ。バナッシュは冷静を装っているようだがその眉間には深い皺が刻まれていた。
「・・・・・これは・・・。」
王はある一点から視線をそらさず、しかしそれ以上に言葉を発することができないでいた。まだ信じられない。いや、信じたくない。私たちを・・この世界を守ってきた存在が。まさかっ・・そんな!
見間違いであってほしい。勘違いであってほしい。どうか・・どうか・・・・。
あってはならないことが起きてしまった。
クリスタルに囚われていた視線を外し一度ギュッと目を閉じた。そしてもう一度大きく目を開く。クリスタルと己を緊張しながら見守っている家臣たちに言葉を発した。
「緊急会議を行う!!!筆頭貴族、騎士団、宮廷魔法士に声をかけ、直ちに集まるように!!この国の・・・いや、この世界の緊急事態だ!」
王の言葉に緊張していた身体が更に強ばる家臣たち。すぐに返事をしなければならないのに自身の口は言うことを聞いてくれない。息をのむばかりで言葉がなかなか飛んでいかない。それでもなんとか返事を音にし我が主に返した。
「「はっ!!」」
たった一音。ただそれだけを。
「・・あーくん、ちょっと待って。・・なんか、話がファンタジー過ぎて・・。」
あーくんの話を真剣に聞こうと思っているけれど、次から次に聞き慣れない言葉が出てきて正直戸惑う。これは本当に真面目に話してるんだよね?あーくんの顔をチラッと確認する。彼は少し困った顔をして微笑む。その表情がとても優しいのにとても悲しそうで胸がキュッと締め付けられた。
「あ、あの・・疑っている訳でも信じていない訳でもないよ!ただ、ちょっと話についていけないっていうか・・・。この話は本当に私に関係があるの?って思って・・・。」
「真珠紅が信じられないのも無理は無い。真珠紅はここで生まれ、ここで育った。もちろん俺たちもそうだ。家に帰れば本当の両親がいるし、今まで関わってきた人たちとの思い出も本物。・・・ただ、もう一つの真実がある・・・ってことも分かって欲しい。とても大切な世界が。俺は、俺たちは、それを必ず真珠紅に伝えなくてはならない。」
「真珠紅、とても信じられないかも知れないけど、兄さんの話は全部本当だよ。俺たちは絶対に真珠紅に嘘はつかない。」
「・・・もちろん、信じるよ。少し戸惑っただけ。ちゃんと最後まで2人の話を聞くよ。」
あーくんとはるちゃんの2人からは真剣さがヒシヒシと伝わってくる。2人の話を疑っていないし、全部本当のことなんだなって感じてる。でも、内容を全て吸収して理解するまではまだまだ時間がかかると思う。そのくらい私にとっては突拍子もないことなのだ。
「そもそも、その黒い霧ってなんなの?雨雲・・・ではないよね?」
私からの質問にははるちゃんが答えてくれた。
「黒い霧については俺たちもあまりよく知らないんだ。・・・今まで誰も見たことがなかったから。」
「見たことがなかった?じゃあどうしてその国の人たちは慌てていたの?」
予想していなかった答えに更に質問を重ねる。まだまだ聞きたいことがたくさんあるのに疑問が次から次へと溢れてくるようだ。
「正確には見た人はいるよ。けれどそれはずっと昔の話だし、伝説みたいに語り継がれていることで・・・。実際に俺たちも物語の中のことっていう認識だったんだ。小さい子供が読んで貰う絵本によく描かれていた物語。俺も兄さんもよく母親に読んでもらっていたんだ。」
遠い昔の記憶を思い出しているようではるちゃんの頬が少しだけ緩んだように思えた。
「母親」っていうのはきっと私の知っている隣のおばさんじゃないんだろうな。
私の知らない向こうの世界の人。
・・・どんな人なんだろう?たぶん、2人のようにとてもやさしい人なんだと思う。
まだこことは違う他の世界については正直戸惑っているけれど、自然とそんな考えが頭に浮かぶ。
「それで、その黒い霧が現れるとなにが起こるの?」
とてもよくないことなんだとは思うけれどいまいち分からない。黒い霧が現れて、クリスタルに異常事態が起きて・・・それが私となんの関係があるのか。私はごくごく平凡な中学生。特別なことなんて何もない。みんなより秀でたことなんて一つもない。いつも幼馴染の2人に助けてもらってるだけの人間だもの。王国だとか、国王だとか、魔法士だとか・・・。そんなのとは一切関りをもたない普通の人。
・・・・最近少しだけ魔法士の人と知り合いになったのだけれど・・・・・。
ただそれだけのごく一般的な中学生だもの。
「黒い霧は・・・・遥か昔、世界が始まる前に存在した混沌。光でも闇でもない。全てが入り交じり錯綜する世界。でもそれらはある2つの力によって封印された。天が、海が、地が治められ世界が平定された・・・っはずなんだ!」
あーくんが苦しそうに眉間に皺を寄せている。隣に座っているはるちゃんにも同時に影が落ちる。
「あの日、あの時・・・先生が・・・・・ある魔法士が異変に気付いた。世界の混沌が再び迫ってきていることに。黒い霧の発生に。そして・・・世界の礎となるクリスタルの異変に・・・。」
クリスタルの異変。それはどんなものなのか。異変が起きるとどうなってしまうのだろう。
浮かんだ疑問にはあーくんがすぐに答えをくれた。
「クリスタルは世界の力の源なんだ。全てを包み、守り、癒す。その力に・・・あの日小さな影が落ちてしまった。」
「影?」
「あぁ。世界が平定されてからは一度もなかったはずなのに。なぜあの時に起きてしまったのか分からない。何がきっかけだったのか・・。」
クリスタルに落ちた影は日に日に広がっていった。少しずつ少しずつ確実に。それと同時に黒い霧も空に広がっていった。最初は遠くに小さく見えるくらいの小さな霧だったが、それは段々と王国の上空に近づいてきた。まるで世界の礎であるクリスタルの力に導かれるように。
そして、黒い霧とともにやってきたのは・・・魔族。
王国の魔法士や騎士たちが懸命に戦い防ぎ、なんとか持ちこたえていた。しかし徐々に近づいてくる黒い霧に比例して魔族の力も増していく。
大地は枯れ、海は濁り、天は黒く塗りつぶされていく。
王族たちはクリスタルに力を注ぎこんだ。かつて彼の者たちがそうしたように。この国の、この世界の安寧を願って・・。
それが功を奏したのか、王国の周辺に張られた結界が破られることはなかった。
クリスタルと王族が我々を守ってくれているのだと国中の人々が希望を見出した。やはりクリスタルの力は絶大だ。何物にも侵されない。そう民たちが信じはじめていた。
そして・・・・・その時が来た。
王女の誕生。
天には黒い霧が広がり、王国の外には魔物や魔族が蔓延っている。魔法士や騎士団は魔族討伐の遠征に向かい今も戦い苦しんでいる人たちがいる。
しかし、希望の光は確実に人々の心に降り注いでいた。
次代のクリスタルの継承者
その誕生によって・・。




