答え合わせ
ちゃんと聞くよ。
ちゃんと受け止める。
今はそうしなければいけないって・・・ちゃんと分かってる。
あーくんの真剣な表情と言葉に心の中でそう返事をした。隣に座っているはるちゃんは私の左手をギュッと握りしめている。辺りは既に暗くなっているし、公園には私たち以外に人の気配はない。冷たい風が頬を撫でていくけれど、右手に握ったミルクティーの温かさで紛れた。
小さい頃からずっと一緒にいてくれていた幼馴染たち。2人は本当は誰なのか。どうして私が知らない世界のことを知っているのか。ずっと気になっていた。早く答え合わせをしたかった。聞くのはとても怖かったけれど、私はそれを知らなければならないと感じていた。
あの白い空間へルーに呼び出された時、私は一番に2人に助けを求めた。いつも守ってくれる、いつも助けてくれる、支えてくれる。これまで一緒にいた時間で、私は2人に絶対的な信頼を置いていた。
それなのに・・・。
ルーに出会って、話をして、気が付いた。
2人は私に何かを隠している。
それがなんなのか知りたい。きっと今から教えてくれる。とても大事なこと。知らなければならないこと。2人がずっと隠していたこと。
私は・・・知らなければならない。
私の前にしゃがんでいるあーくんは口を開き、そして閉じる。さっきからそれを何度か繰り返している。言葉はまだ一つも出てきていない。その間、瞳だけはずっと私のほうを向いている。たぶん時間にしたら数秒なんだろうけれど、今はそれがとても長い時間のように感じられた。
「・・・俺は・・・・・・・。」
やっと言葉が出てきたと思ったけれど、なかなかそこから先へ進まない。
「真珠紅・・・、この話は・・とても、とても説明が難しいことなんだ。だけど・・真珠紅に対して絶対に嘘は言わないから。だから、どうか・・兄さんの話を、どうか最後まで聞いてほしい。」
隣で手を握ってくれているはるちゃんが、更に握る力を強くして訴えかけてきた。いつも優しく穏やかな表情のはるちゃんが今日は眉を少し下げて悲しそうな、寂しそうな顔をしている。こんな表情のはるちゃんは今まで見たことがないので、なんだか私までつらくなってしまう。
どうか悲しい顔をしないで。そう願いながらコクリと頷いて見せた。私の仕草に少しだけ明るくなった表情のはるちゃんに少しだけ安堵が浮かぶ。
「真珠紅・・俺は、俺たちは、ここからずっと遠い世界で生まれたんだ。」
私たちの様子を見ていたあーくんが最初の一言を放った。それは予想していたことだとしてもとても衝撃的で頭が真っ白になる。
・・遠い・・・・・せ・・かい?
遠い国、ではなく・・・世界?・・・・
「今から、その世界のことを、俺たちが暮らしていた国のことを話したい。真珠紅に、伝えなければならないんだ。・・・・そう、約束をしたから。」
約束・・・。そう、私も約束した。
時が来たら・・・・・全て思い出すと。全て受け入れると・・・そう約束したはず!
・・・・・・・・??
約束?
誰としたんだっけ?
分からない。でも、答えを知りたい。
あーくんは今度は戸惑うことなくゆっくりと語りだした。彼らが暮らしていた世界のことを。そして、私が生を受けた王国のことを。
そこは・・・
クリスタルに守られたとても美しい国だった。
町や村では人々の笑い声が溢れ、外に出るとあちこちに真っ白な花が咲き乱れている。
森には綺麗な泉が湧き、その周りには楽しそうに歌を口ずさむ妖精たち。
泉の水をおいしそうに飲む動物たちもいた。
国中全てが輝いていてみんなが幸せを感じていた。
その国の名は
エターミス王国
俺の・・・・いや、・・・・私たちの王国。
そして、あの方のお生まれになった場所・・・・。
ある日、城の一番高い塔から外の様子を確認していた宮廷魔法士オンディーヌが異変を察知した。エターミス王国の遥か彼方、先端が二股に分かれている一際高い山の向こう。その上空に黒い霧のようなものが見えたのだ。いつもはどこまでも澄み渡った水色の空に明らかに異質な色。
「あれは・・・・っ!?」
左目のモノクルを少しずらし、前のめりになって空を確認する。何度まばたきしようともその黒い霧は消えない。
「っまさか!?」
彼にはその黒い霧に覚えがあった。
王城の図書室の更に奥の部屋。重要な書物だけが保管された場所で・・・彼は読んだのだ。黒い霧について書かれた古い書物を。
「まさか・・・そんなはずは・・・!」
自身の目に映っているものが信じられない。あれは・・もう存在しないはず。そう書物に記されていた。
どうして!?なぜっ!?・・・なぜ今になって現れる!!?
「・・・・っ。」
オンディーヌは唇を噛みながら城内へと踵を返す。大至急知らせなければならないのだ。王に・・・王妃に。そして確認しなければならない。この王国の、この世界の礎を。
指先が震えていることにも気づいてはいるが、今は拳を握ってそれを誤魔化す。速く、速くと気持ちばかりが急いて足が追いつかない。歩き慣れた廊下に終わりが見えず、どこまでも続いているような感覚だ。
私の見間違いであって欲しい・・・。そう思うけれど、オンディーヌはあの黒い霧が幻だったとは思えない。あれに気がついた瞬間、全身鳥肌が立ち、息がヒュッと吸えなくなった。
玉座の間に到着した頃、オンディーヌの髪も衣服も乱れていた。塔の最上階からここまで全速力で来たのだから仕方が無い。いつもなら玉座の間に入る前に一呼吸置いて身だしなみを整えているが、今はそんなこと気にしていられない。一刻も早く報告しなくてはならない緊急事態なのだ。
バンッッッ!!!!
「失礼しますっ!!」
ドアを開くのと同時に前へ進み出た。本来ならとても無礼な行いだが今回は誰も止めない。普段の彼はとても礼儀正しく、温厚で貴族としての所作も完璧だ。そんなオンディーヌのただならぬ表情と空気に部屋の中にいる誰もが緊急事態だと察知したのだ。
玉座では眉間に皺を寄せた王。そして、その隣には王妃が座っていた。王妃のお腹はふっくらとしており、冷やさないようお腹の上には温かそうな布が掛けられている。
「オンディーヌ、何があった?」
王は玉座で努めて冷静に尋ねた。その声を聞くと、そこでやっと「ふぅ。」と息がつけた。自分がこのように取り乱してはいけないと思い心を落ち着かせるように指先でモノクルの縁に触れる。
「・・・失礼いたしました。王に申し上げます!北の方角に・・・・黒い霧が発生いたしました。」
彼は一度で部屋の中にいる全員に聞こえるように、出来るだけ大きく張りのある声を上げた。何度も説明する暇は無いのだ。一刻も早く対策を練らなければならない。
「「・・っ・・・・・・・。」」
玉座の間に一瞬の沈黙が落ちる。
その間、オンディーヌは王の瞳を見続けた。
「・・・今すぐ、水晶の間へ向かう!!」
やはり沈黙に終止符を打ったのは王の一声だった。その声に全員が姿勢を正す。王がスッと立ち上がると、隣に座っていた王妃も一緒に水晶の間に向かおうと立ち上がろうとした。その肩に手を置いた王は
「君は座って待っていなさい。」
もう一人の身体ではない王妃を気遣い、その場に留まるようにつげる。しかし王妃は、自身の肩に置かれた王の手をぎゅっと己が手で握り締めフルフルと首を横に振った。そのまま真っすぐに王の目を見つめると
「いいえ。私も参ります。私はこの国の王妃です。この目で国の現状を確かめなければなりません。」
王妃の言葉は王の固い表情を少しだけ和らげた。眉間の皺を意識して深く刻み、緩んでしまいそうになる自身の顔を戒める。それでも先ほどより和らいでしまっている表情は、凛として清廉な愛しい我が王妃のせいであろうと諦めた。そんな彼女の意見は聞かなければならない。王は王妃の側にしゃがみ込み、そっと片手を差し出した。
「では、共に行こう。」
はにかみながら愛する夫の手を取る王妃は、重たくなってきたお腹を反対の手で支えながらスッと立ち上がった。
これから向かうのは水晶の間。この国の・・・この世界の礎が存在する場所。王も王妃も表情こそ穏やかだが、2人の繋がれた手は硬く握られていた。
「・・・陛下。・・・・もし・・・、もしも・・クリスタルに・・」
「大丈夫だ。」
王妃の言葉を遮るように言葉を被せた王は真っ直ぐ前を向いて水晶の間へ歩を進めた。
「この国も、この世界も。そして・・・君と・・・・・。」
そこで王は立ち止まり、愛する妻のふっくらとした腹部をそっと撫でた。
「この子も。全て私が守ろう。」
固い決意と共に、再び水晶の間へ向かう。
その後ろには黒い霧を発見したオンディーヌとバナッシュ家の当主が続いた。
水晶の間の前には見張りの兵が左右に分かれて扉を守っていた。そのうちの一人が近づいてくるこの国の王に気が付きぎょっと目を丸くした。無理もない。王の後ろには国の重鎮たちが揃って歩いているのだから。一目で只事ではないと気が付き自然と背筋がピンと伸びた。
「扉を開けろ!」
まだ扉まで数メートルあるにも関わらず、王が声を張り上げ兵に指示を出す。その指示を聞き終わるのと同時に「ハッ!!」と返事をし、素早く扉に手をかけた。しかし、水晶の間の扉は重く、二人がかりでも開くのに時間がかかってしまう。
ギ、ギギギギィー----
普段はあまり開かれることのない扉が久しぶりに動き、寝起きの声をあげているようだった。




