休養2
今回の夢はやけにリアルだ。
まるで、私が実際に体験したことのように・・。
彼女は・・誰なのだろう。どうして何度も私の夢に出てくるの?私に何を伝えたいの?何をして欲しいの?
・・・・・・・・・・・・。
彼が乗ってきた馬まで手を引いてエスコートしてくれた。艶のある真っ黒なたてがみの綺麗な馬は、私たちが近づくと怖がることもなく頭を少し下げて挨拶してくれる。まるで、乗ってもいいよと言ってくれているようだ。私は馬の顔に手を添え、そっと撫でてあげた。
彼が先に馬に跨がると、馬上から私の方へ手を伸ばす。名前を呼ばれたので私も馬に乗るべく差し出された手にそっと触れると、彼から力強く握り返された。己の視線よりかなり高い位置にある彼の顔を見ようと上を見上げると、彼の背から差し込む日の光に視界を奪われ、思わず目を瞑ってしまった。それと同時に彼は握りしめている私の手をクイと引き腰を手で支えた。浮遊感により、目を瞑っていても彼に持ち上げられたのだと分かる。彼の両腕によって簡単に持ち上げられた私の身体は、ストンと馬上に下ろされた。いつも乗馬をするときは跨がる形で乗るのだけれど、今日はドレスだし、彼の馬に乗せて貰うのでおとなしく横乗りをする。私が体勢を整えたことを確認すると、後ろから彼の腕が回された。『出発します。』と小さく呟き、馬の腹を足で軽く蹴る。
「お父様は・・・どんなご様子?」
城への帰路についてすぐに、私は彼に問いかけた。聞かなくてもわかっていることを。
「相変わらずです。ずっと宰相や上層部と話し合いを続けています。 この状態が続くと、お体が心配ですね。」
「そう・・・。」
思った通りの答えが返ってきたのでそれ以上言葉が続かず黙り込んでしまう。お父様とお母様は最近毎日のように議会場に籠もり話し合いを続けている。それが仕方のない事だと分かってはいるのだけれど、ピリピリとした空気に気が滅入ってしまうのだ。
皆の憂いが消えて無くなってしまえばいいのに・・・。
そうすればまた昔のようにみんなで笑って過ごせる。私や彼が小さい子供の頃はお父様もお母様もいつもニコニコと笑っていた。私が我儘を言って叱られることはあったけど、それ以外は毎日穏やかで幸せそうなお顔をされていたのに。
でも・・・。
今は違う。
あれのせいで。
あれの噂を初めて聞いたのは私が10才の頃だ。遠い遠い異国の地が10日程でこの世界からなくなってしまったと。
最初は小さな村だった。一夜にして村全体が黒に覆われて、助けを求める前に無になった。そこから段々と広がり、最後は国全体を飲み込むような闇に包まれてしまった。
原因が分からない周辺諸国は怯え、焦り、大国に助けを求めた。様々な国と様々な種族がこれに対抗する為に策を講じた。我が国もその一つだ。
「貴方は・・・恐ろしくはないのですか?」
後ろから小さく呟く声が聞こえた。
・・・怖くないわけじゃない。ただ、実感がないのだ。
闇に覆われたのは遠い異国。実際にはどのような状況なのかこの目で見たことがないし、話でしか聞いたことがない。まだ成人もしていない私は政治に関わることはほとんどないし、自信で対策を講じたこともないのだ。その為、それがどれほど大変なことかがよく分からない。
それよりも、お父様とお母様が私に構ってくれなくなったことの方が重大で寂しい。
最後にお母様とお茶をしたのはいつだったかしら・・・。
「そうね、よく・・・分からないわ・・・。解決したほうがもちろん良いと思うけれど、壁があるから大丈夫なのではないかしら?」
「そう・・・ですね。しばらくはこれ以上進行することはないと思います。」
そうね、と気のない感じで返事をした。この話はあまりしたくないの。みんなが暗い顔になるから。
私は、お父様の様子を聞きたかっただけ。もしかしたら、今日は優しい笑顔に戻っているかもしれないと・・・夢を見たから。
壁・・・って何だろう?
それよりも・・・
・・・・・・彼女は・・・・・悲しいの?寂しいの?
違う。そうじゃない。
彼女は、・・・・本当は・・・・・・・・・。
城への帰り道を逸れて、彼と湖に来た。昔からよく彼とここへ来る。大好きな場所。
馬から下り、水辺へ近づくと、
「少しだけですよ。長居はできません。」
と、帰りを急かす声がかかる。
「分かっているわ。これ以上遅くなったら2人で叱られてしまうものね。」
成人していないからといっても、私たちはもう大人だ。小さい子供ではない。2人並んで叱られたらさすがに恥ずかしいもの。
でも、2人揃って下を向いて叱られている姿を想像したら少しだけ可笑しくて笑ってしまった。そんな私に気がついた彼が
「何を笑っているのですか?」
と、呆れた声をこぼした。それには答えずに、私は水面を覗く。いつもここに来ると、こうやって水の中を見るのが習慣になっているのだ。
・・・・ほら、やっぱりいた。
『こんにちは。』
心の中で小さく挨拶をした。彼らに。
『今日はナルミスの花を摘んできたの。よかったらどうぞ。』
湖の畔にそっと花を置く。すると、彼らが花の周りに集まってきた。花の香りを楽しんだり、花びらを自身の身体にあてがいドレスのように纏ってみたりと、とても喜んでくれているようだ。
私の小さなお友達。まだ言葉は交わせないけど、それでも私のことは気に入ってくれていると思う。私が会いに来るたびにこうして近寄ってきてくれるもの。
これは・・・・・・よ、うせい??・・・精霊・・・かな?
小さくて・・・・キラキラしていて、可愛い。
彼には、見えて・・・・いないの?
彼女の周りには絵本の中で見たような小さな、人のようなものが集まっていた。言葉は分からないけれど、嬉しそうに彼女に話しかけているように見える。彼女の周りをふわふわと宙を飛び回っている子もいれば、彼女の足下に寝転んでくつろいでいる子もいる。
とても、懐かれているようだ。
私はそっと手を湖の水面に沈めた。
「・・・冷たくて気持ちがいいわ。」
「落ちないように気をつけてくださいね。」
彼からの注意にムッと頬を膨らます。指先を少し水に浸けただけで湖に落ちるはずないじゃない。私がそんなにドジだとでも言いたいのかしら。
「これしきのことで湖に落ちるはずありませんっ!私をからかっているのですか?」
「・・・貴方が、今何を見ているのかが・・・・分からないのです。何かに引っ張られて水の中に吸い込まれていきそうで・・・・。」
・・・・・。もしかしたら、彼も何かを感じ取っているのかしら。はっきりと姿は見えなくても、この場に私たち以外にも誰かいるって、そう思っているの?
「平気です。私は落ちません。それよりも貴方もここへ来て水に触れてみて。本当に冷たくて気持ちがいいの。」
私の呼びかけに彼は仕方なくという風に水辺へしゃがみ込んだ。私の横で同じように水に触れると、難しい顔をしていた彼の表情が幾分かほぐれた。
「あぁ、確かに冷たくて気持ちがいいな。」
少しでも彼が癒やされてくれたのなら嬉しい。彼もまた、お父様たちのように最近はよく怖い顔になるの。私は、それが・・・・・とても・・・・・・・・・・・。
バシャッ!!!
「っ!!!?・・・・なっ!?」
私は水に触れていた手を、手の平を上に向ける形にして固定し、少しだけ手の平の真ん中に窪みを作った。出来るだけ水がたくさん入るように丸めたそれを、勢いよく彼に向かって振り上げた。すると、私の手の中にあった水と手に弾かれた水が宙を舞い、彼へ向かって雨を降らせる。
彼は一瞬何が起きたのか分からないように目を見開いたまま固まっていたけれど、私が水をかけたことに気がつき、肩を奮わせながらこちらを振り向いた。
「あ、貴方という人はっ・・・・!いったい何をやっているのですかっ!!!?」
ふふ。
難しい顔をしている貴方より今の表情の方が好きよ。
悪戯が成功し、彼の慌てる様子が見れて満足だ。私が楽しそうにしていることに気がついた小さなお友達は、私を真似て彼に水をかけている。水色の髪の子は小さな両手に溢れそうなほど水を溜めて彼の頭の上からそっとかけているし、オレンジの髪の子は自信が一度水に浸かり、びしょ濡れの状態で彼の頬の近くまで寄った・・・・瞬間身体をブルブルと振り、全身から飛び散る水滴を容赦なく彼に浴びせている。
彼に水をかければ私が喜ぶと思ったのかしら。
私のせいで既に濡れてしまっている彼は、他にも悪戯の犯人がいることに気がついていない。それがまた可笑しくて、声を出して笑ってしまった。
********************
「そろそろ行きますよ。」
あぁ、もうさよならの時間なのね。ほんの数分だけれど、今日ここへ来られてよかった。彼に感謝しないとね。
彼と小さなお友達のおかげで過ごせた楽しい時間も終わりを迎える。私が立ち上がろうとすると、いつものように彼がそっと手を差し伸べてくれた。その手を掴みながら立ち上がるとツンと後ろ髪が引っ張られるのを感じた。振り向くと、私の髪の先をキュッと掴んだ子が寂しそうにこちらを見ていた。
『また来るわ。今度は美味しい果物を持って来るから楽しみにしていてね。』
また、心の中でだけ伝えた。彼には彼らが見えていないから。
先程と同じように彼に手伝って貰い馬に乗る。もう髪を引っ張られることはなかったので、私は振り返らずに帰路についた。
湖を離れ、今度こそ城に帰ろうと馬を走らせていると、
「先程摘んでいたナルミスの花は置いてきてしまったのですか?」
せっかく綺麗でしたのに、と彼が私の背中から顔を覗きこんできた。斜め上を見上げると、彼の黒曜石のような瞳に見つめられていた。
「良いのです。あれは自分のために摘んだのではないので。」
訳が分からないという風に首を傾げる彼に理由は教えない。私の秘密だから。
「貴方に・・・とても似合っていたのに・・・。少し残念ですね・・。」
「でしたら、次は貴方が私に花を贈ってくれるのかしら?」
「そうですね。貴方の瞳と同じ色の花を準備しておきます。」
それはとても楽しみね。
・・・・・・・・・・・そういえば。
「ところで、貴方の愛馬はどうしたの?」
疑問に思ったことを聞いてみた。・・・・・まぁ、答えは聞かなくても想像ついているのだけれど。彼の顔を見ると、たまに意地悪したくなっちゃうのよね。
「っ!?・・ぇ、・・・・・コホンッ。・・・その、・・・・・彼は今日は・・・・。あっ、そうだ、・・・・出かけたくない・・・様子でしたので。・・・・・代わりにこの子に乗って・・きまし・・・た・・・。」
最後の方は声がとても小さくなっていた。嘘が下手ね。きっと、私が帰りたくないと駄々をこねるのが分かっていて、言い訳のために違う馬を選んできたのだわ。
「ふふっ。では、そういうことにしておきましょう。」
「そういうことにしておくのではなく、そういうことなのです!」
「ええ、分かっているわ。貴方は馬の気持ちがよく分かる、ということが・・・・ね。」
「・・・・・・・・・・っ・・。」
あら、黙り込んでしまいました。少しいじめすぎたかしら。ふふ。
そんな軽口を交わし合っている間に城下町に到着した。




