休養
一昨日、この世界には在るはずのないもの・・・使い魔の影とかいうものに襲われた。本当に怖くて、どうすればいいか分からなくて、必死に逃げた。それでも逃げ切れなくてルーに助けを求めたところ、イヤリングを通して光の盾を出して私を守ってくれた。ルーが言うには、あれはきっかけを作っただけで、ほとんどが私の力らしいんだけれど、実際にはどうやって力を使ったのか分からない。そもそも、未だに魔法が存在する世界があるってことが信じられない。
昨日はその魔法についてあーくんに問い詰められた。私は前日の出来事で動揺していたのか、情緒不安定になり、あーくんに酷い態度をとってしまった。はるちゃんにも。ルーが言っていた守り役のローレンスとベルデのこともあったし、襲ってきた敵のこともある。いろいろと考えなければならないことが次から次へと押し寄せてきて、完全にパンクしてしまった。あーくんとはるちゃんが帰った後、少し気持ちが落ち着いてから反省した。昨日のは完全に私が悪いと思う。守り役のこととは別に、今まで2人は私の味方だった。それは絶対に言い切れる。ずっとそう思ってきたはずなのに・・・・傷つけてしまった。次会った時はすぐに謝ろうと思った。
そして今日。日曜日の夜。私は高熱を出して寝込んでいる。さっきお母さんが作ってくれたおかゆを食べて薬を飲んだところである。学園に入学してからまだそんなに日は経っていないのにいろいろなことがあった。友達ができたり、部活を始めたり、異世界に連れていかれたり、魔法に触れたり・・・・・そう、いろんなことがあったよ。キャパオーバーで疲れてしまったんだね。なんとなく疲れているなぁとは思ってた。明日になったら熱下がってるかなぁ。・・・きっと無理だろうな。昔から一度熱を出すとなかなか下がらなくて大変だった。学校を1週間休むこともあったし。今回もきっと長引くだろう。
うぅ、喉も痛いよ。
昨日部屋に1人になってからたくさん泣いたからなぁ。ちょうど家に誰もいなかったし、声をあげて泣いても平気だって思って小さい子供のように泣いてしまった・・。おかげで喉はガラガラだし、目の周りは赤く腫れている。熱のせいでダルくてルーにも相談できていない。
今日はもう寝てしまおう。もしかしたら明日の朝、奇跡が起きて熱が下がっているかもしれない。そうすればあーくんとはるちゃんに謝れる。ちゃんと謝って、それからもう一度守り役のことを考えよう。
熱に浮かされながら、明日やるべきことを考えた。考えているうちに段々と意識が遠のいていく。
ふわふわとした心地の中、一つの予感がした。
あぁ、今日は・・・また・・・・夢を見そうな気がする・・・・。
私を呼ぶ声。スカーレット・・・と。
何を伝えたいの?
私に何をしてほしいの?
ちゃんと話したい。話していろいろと聞いてみたい。
あの人なら、私が知りたいことを全て知っている気がするの。何も知らない私に全てを教えてくれるような・・・そんな気がする。
・・・・・・・・・・・・彼女なら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・ぁ・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
心地よいまどろみの中、重い瞼を持ち上げる。スーっと息を深く吸い込むと爽やかな風と共に甘い草花の香りも感じられた。お腹の上で組んでいた両手を解き、己が寝ている場所に下ろす。すると、ふぁさっと柔らかい感触に驚き、辺りを見回した。
・・・・・・・・・?・・・・・こ・こは?
目が覚めたばかりの身体はまだ起き上がる準備が出来ていなくて、首だけを動かして確認すると
・・・・白い・・・・・・お花?
小さくて真っ白な花が辺り一面に広がっていた。花びらは白いけれどその花粉は銀色にキラキラと光っていて、まるで宝石のようだと思った。寝転がっている状態なのでそれ以上のことは分からない。寝起きの頭では考えることもできず、とりあえず頭の向きを変えて上空に視線を動かしてみた。雲一つない空にはお日様が・・・
・・・・・ふ・・・・たつ?
いつも見ている空とは明らかに違っていた。眩しすぎるくらい光を地面に降り注いでいる太陽が、大きいのと小さいのとで2つ並んでいる。大きい方の太陽は青白く光り、小さい方の太陽は赤みがかった光だ。そもそもあれは太陽なのだろうか?
ボーッと空を眺めている間に、段々と頭が覚醒してきた。そこに
「見つけた。」
頭上から知らない人の声が落ちてきた。『誰?』そう問いかけようとしたけれど、私の唇は動かない。どうしよう。ここはどこ?速く起き上がらないと!そう思うけれど、私の身体は一切動かなかった。
その間に頭上に声を降らした人が私の顔を覗きこんできた。仰向けに寝転がった私の顔の正面に、見たことのない青年が目をキッと睨むようにしている。
っ!?
やっぱり知らない人だ!しかも男の人!えっ、どうしたらいい!?逃げたいけど、手も足も動かないよっ!!
ボーっと開いていた目が驚きと不安に見開かれた・・・・・・ような気がした・・・けれど・・・・・。
ん?
何かおかしい・・・・?
「また、見つかっちゃった。」
・・・だ、誰の・・・・・声?
鈴のように透き通った声が、悪戯を楽しんでいる子供のように軽やかに跳ねた。その声は私から発せられたように聞こえたけれど・・・
「私が貴方を見つけるのにどれだけ苦労したと思っているのですか。」
上から私の顔を覗きこんでいる青年は、鋭い目つきを抑えて、代わりに呆れたような、困ったような表情を私に向けてきた。
「ふふ、貴方は私を見つける天才ね。」
まただ。間違いない。また、私の口から声が発せられる。私が話しているのに私の声じゃないし、私の意思でもない。まるで身体を乗っ取られたように自分の意思では動かない。
「そんな才能は要りません。・・・それに、今回は本当に探すのに手間取りました。」
そう言って青年は腰に手をあて、辺りをぐるりと見回した。
「貴方がこのナルミスの花畑に寝転んでいたら遠目では絶対に見つかりません。貴方のその銀色に輝く髪がこの花の色と同化していて、まるで貴方も花畑の一部のようでした。」
「それは・・・褒め言葉ですか?」
青年に花と言われたことが嬉しくて、また『ふふっ』と小さな笑みがこぼれた。私の口から。
私は・・・もちろん自分の意思で笑っているのではない。
あぁ・・・これは、彼女の記憶だ。
自然とそう思った。彼女が誰なのか、そして・・・彼が誰なのか。私には分からないけれど・・・。
彼女の問に対し、彼は手の甲をバッと口元へ運ぶ。真っ直ぐに私の瞳を見つめていた目がふいっと逸らされた。彼の瞳が逸らされたことで、代わりにその紅く染まった耳が見え、また『ふふっ』っと笑ってしまう。可愛いと・・・・・そう思ってしまう。
・・・これは・・・、私の気持ち?・・・それとも彼女の気持ち?
きっと、どちらもそうなのだろう。
「とにかくっ!一旦城に戻りましょう!」
フーっと一つ息を吐いたところで彼から手が伸ばされた。その手をそっと取ると、ほとんど自分で力を入れることなく身体を起こされた。手を取り、腰を支え、彼が私をそっと抱き起こしたのだ。一目で上等な布だと分かる服で、汚れるのも気にせず私の横に膝をついて。
身体を起こし立ち上がったことで、自然と視界も広がる。白い花と空と彼の顔しか見えていなかった私はずっと遠くに見える城を見つめ溜息をついた。
「・・・もう、戻らなければいけませんか?」
先程までは彼の顔を見て幸せな気持ちだったのに、一瞬でその気持ちが萎んでしまう。また、あそこに戻らなければならないのかと憂鬱な気持ちになる。
彼女はあのお城で暮らしているのだろうか。遠くに見えているお城はとても立派で、そこで暮らしている人たちはきっと王族だろう。
「皆、貴方の姿が見えなくて心配しています。気持ちは分かりますが・・・もう戻った方がいい。」
「だって・・・・お父様もお母様も・・・みんな難しい顔をしているのだもの。あの中にいたら私まで気が滅入ってしまうわ。」
そう言いながら彼女は・・・私は地面にキラキラと咲いているナルミスの花を一輪摘む。プチッと茎を手折った瞬間ぱらりと銀色の花粉が宙を舞った。まるで妖精の粉のように綺麗だ。その花を己の顔の前まで運ぶとクンと香りを楽しんだ。鬱々としていた気持ちが爽やかな花の香りで少しだけ霧散したように感じる。しかし、それだけでは気持ちが晴れず、もう一度彼に尋ねる。
「もう少しだけ、ここにいてはダメですか?」
上目でそう呟けば、彼が額に手をあて困った顔になる。
きっとダメなのだろう・・・もう戻らないといけないのだろう。そう分かっているのだけれど、どうしても我が儘を言いたくなってしまう。このままでは彼までもが父と母に叱られるのだから。それでも、いつも彼は私の我が儘に付き合ってくれていた。どんな願いも一つも取りこぼすことなく叶えてくれた。そんな彼に一縷の望みをかけてお願いした。
「・・・そんな顔をしてもダメです。すぐに貴方を連れ帰るよう言われているのですから。」
・・・やっぱりダメか。
はぁ~っと溜息を落とし、顔の前にナルミスの花ごと握りしめていた両手をだらっと下ろした。仕方ないので城に戻ろうと彼に背を向け帰路につこうとした。
「ただ・・・・・。」
私が歩きだそうとしたところで後ろにいる彼から声がかかった。何事かと振り返り、彼の続きの言葉を待っていると、彼は右の口角をくっと上げ、これから悪戯をする子供のような顔になった。先程の私と同じように。
「今連れてきた馬は最近まで怪我をしていたようで回復したばかりなのです。走るのにはもう問題はないということですが、ずっと馬小屋で休んでいたため体力が有り余っているようです。厩番の者からリハビリも兼ねて出来るだけ長い距離を走らせるよう言われました。お忙しいところ申し訳ないのですが、馬を走らせるために少し遠回りをして帰ってもよろしいでしょうか?」
ほら、やっぱり彼はいつも私の願いを叶えてくれる。
「仕方ないですね。お父様とお母様に呼ばれているから速く帰らなければなりませんが・・・この子の為に私も付き合いましょう。」
私は、もうすぐにでも城に戻ろうとしたのだけれど、彼からお願いされたのだからしょうがないという風に、わざと困った顔をして彼に答えた。
さっきまでの憂鬱な気持ちが言葉と一緒に放たれ、代わりにナルミスの花に負けないくらいの笑顔を彼に向けた。




