アーチェリー2
アーチェリー場の緑のネットを潜ったところで、目を奪われた。
的の前に凜と立ち、真剣な表情で弓を構える彼女に。
なぜ?なぜ彼女がここにいる?
予想外の場面に混乱し、足が前に進まなくなる。そのまま視線も彼女から外せずにいると
シュッ・・・・・・・トス。
彼女の放った矢が真っ直ぐに前へ飛び出し・・・的へ吸い込まれていった。
・・・くっ・・・・・
なぜだか胸が締め付けられる。左手を痛む心臓にあて、少しでも痛みが和らぐように押さえつける。その間も彼女から目が離せない。
辛い痛みだと思っていたものは、段々と甘く全身に広がり・・・・満たされる。懐かしさに。
彼女はここで何をしている?
疑問をなくそうと、彼女に歩み寄る為、一歩前に踏み出した・・・と、同時に、彼女が近くにいた男と両手を合わせ喜びを分かち合っているのが目に入った。
そこでまた一度足が止まってしまう。
一緒にいるのは・・・・久我と佐伯か。・・・・・・クソッ。
自分でもなぜだか分からないが悪態をついてしまった。また心臓が痛んだような気がしたから・・・。今度は辛い痛みだ。
もう一度彼女の側へ行こうと足を進める。
今日は生徒会の仕事が一段落して早く上がれたので、久しぶりにアーチェリー部に参加することにした。
もともと高等部になってからすぐに入部したのだが、綾人に頼まれた生徒会副会長の仕事が忙しくなり、最近は偶にしか顔を出せないでいた。さすがに部員に悪いと思いこうしてここに来たのだ。
そうしたら、いるとは思っていなかった人がいて、矢を番える姿に目を奪われ、そして・・・・他の奴と接している姿に・・・・・・・。・・・・・クソッ。
歩きながらまたイライラする。心の中でついた悪態が誤って口から零れないよう、唇にキュッとちからを込める。
ようやく彼女の近く、声が届く範囲に到着したところで
「如月!」
彼女を呼んだ。自分が思っていたより声が出てしまい、周りの部員たちがチラッと俺を見た。
部員たちの視線は無視をして、振り向いた彼女の元へ更に近づく。
俺に気がついた彼女が目を見開く。驚きを隠せない様子の彼女の近くまでやっと辿り着き、わざと久我を遮るように前に立った。
「く、玖遠先輩!?」
彼女が俺の名を呼んでくれた。
今までチクチクと胸を指していた痛みがスッと和らぐ。
「先輩、どうして・・・・ここに?」
それはこっちの台詞なのだが・・。小さな口から零れる言葉をしっかり受け止めつつ、こちらの疑問をぶつけてみた。
「俺は・・・部員だ。それより、如月こそ何故ここにいる?」
俺の回答に驚いた顔をし、首を傾げる。
「わ、私も・・・・・・部員です・・。」
な、なんだと!?アーチェリー部には高等部の生徒しかいないはずだ!・・今年から中等部も受け入れるようになったのか!?・・・いや、しかし他に中等部の生徒はいないようだ。
チラッと部長の久我に視線を送り説明を求める。
「真珠紅ちゃんがアーチェリー部に入りたいって佐々木先生に直談判して、先生が許可したんだよ。それで今日は部活動初日ってわけ。今日は俺と真央が練習を見るよう言われてるのっ。」
だからそんな怖い顔するなと肘で突かれる。
べつに怖い顔なんてしていない。勝手に眉間に皺が寄ってしまうだけだ。
「神宮寺は如月さんと知り合いなの?」
佐伯に訪ねられたので、仕方なく俺と彼女の関係を話す。・・・・綾人の幼馴染みだと・・・・・・。
・・・そうだ。俺と彼女はその程度の接点しかない。単なる顔見知り。
朝たまたま会い、挨拶をする程度の関係なのだ。
「えっ!?何?真珠紅ちゃん、元宮の幼馴染みだったの!?」
・・・・・。
何故、こいつは彼女を気安く名前で呼んでいる?許可を得ているのか?
・・・・・・・・・俺は名字で呼んでいる・・・。
久我が彼女を名前で呼んでいることに対し、非常に腹が立つ。俺の方が彼女と先に出会っているのに。
こいつの社交性というか・・・馴れ馴れしさは知っていたが、彼女に対する時には本当に改めて欲しいと思う。
「あ、あの。玖遠先輩もアーチェリー部だなんて知りませんでした!あーくんも何も言ってなかったのに・・・。」
俺も君が同じ部に所属していることを今まで知らなかった。綾人のやつ、今まで何故言わなかった?
・・・まぁ、あいつのことだから普通に忘れていたのだろう。自分と彼女に関することしか考えてないからな。
綾人はそういうやつだ。
この学園に入って、話すようになり、度々幼馴染みの話題が出た。最初は適当に流していたけれど、何度も彼女の話を聞くたびに、段々と自分も彼女と親しい間柄のような錯覚に陥った。彼女の入学式、つまり、つい先日、初めて実際に彼女に会った時も・・・実はずっと前からの知り合いのような感覚だったのだ。・・・それくらい、綾人は彼女の話をしている。
「あぁ、俺もアーチェリー部だが、最近は生徒会が忙しくあまり参加できていない。俺も綾人から何も聞いていなかった。」
とりあえずそう説明する。綾人からの報告がなかったことを告げると、剣術・棒術部との掛け持ちのことや、金曜日だけの活動だと教えてくれた。
そうか、彼女は金曜日しかいないのか。・・ならば、金曜日は必ず部に参加するようにしよう。
週に一日程度ならなんとか時間をつくれるだろう。今は新学期の引き継ぎなどで忙しいが、他の日に仕事を詰め込めば金曜は休めるはずだ。いや、絶対に休む。そしてアーチェリー部に参加する。
チラッと彼女を見れば、まだ俺が同じ部だということに驚いているようだ。大きな瞳をパチパチとさせてとても可愛らしい。
「如月、練習をするなら俺が教えてやる。」
俺の提案に彼女が思案する。何か迷っているようだ。
「あの、でも・・・佐々木先生から今日は部長と副部長に教わるように言われています。」
そんなもの無視すればいいとも思ったが、彼女の性格上それは無理なのだろう。久我と佐伯もそうだと言うように頷いている。
はぁ、仕方ない・・・。
「では、俺も一緒に練習に参加する。何か分からないことがあれば何でも聞いてくれ。」
「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
彼女のこういう時に素直にお礼を言えるところが好ましい・・。
とりあえず、空いていた隣の的を使って練習することにした。
部に参加するのは久しぶりだ。・・・最後に弓を持ったのは一週間ほど前だったか。しかし、その日も活動時間には間に合わなかった。もう片付けも済んだ誰もいないアーチェリー場で一人矢を射ていただけだ。部活が終わっているならば、そのまま帰宅しても良かったのだが・・矢を射ていると心が落ち着く。何も考えずに頭の中をリセットできるような気がするのだ。
今日も時間が空いたから部に顔を出したが・・・今日来て正解だった。彼女に会えたから。
1本目の矢を番える。隣にいる彼女の気配が気になり、ガラにもなく少し緊張してしまう。
・・・俺を見ているのか?
彼女の身体がこちら側に向いているような気がしたので、横目でチラリと確認した。すると、やはり彼女は俺のことを見ていた。
・・・・・ダメだ。集中しろっ!ここで失敗してしまったら・・・格好悪いじゃないか!
普段はあまり人目を気にしないが・・・彼女は別だ。・・・何故かはまだ分からないが。
一度目を閉じる。くすぐったいような気持ちをグッと唇を噛みしめることで押さえる。もう一度的に向かうと真っ直ぐに矢を放った。
・・・・トス。
ギリギリ的には中たったようだ・・。が、やはり悔しい。本当はもっと中央に中てられるのに。
もう一度構え矢を射る。2本目の矢は先程よりも中心に近い位置に刺さった。
3射、4射と放ったがあまり結果は変わらない。
一息つこうと構えていた弓を下ろした。自然と溜息が零れてしまう。
・・・今日は調子が悪い・・・・彼女がいるのに。
そういえば、まだ彼女は俺のことを見ているだろうか?ずっと気になっていたが、あまり調子の良くない自分が情けなくて隣を見ていない。
弓を台に置き、そっと彼女をみると・・・
えっ?
彼女は眉間に皺を寄せ、複雑な表情をしていた。心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。俺に何か言いたそうな・・・そんな表情だ。
なぜだ?そんなに今日の俺はダメだったのか?あまりにも下手すぎてがっかりしてしまったのか・・・。
いつもはもう少し上手く出来るんだ。今日は緊張してしまっただけ・・。
「神宮寺、今日は調子悪いね。どうしたの?」
「あぁ、少し疲れているようだ。いつもの半分も集中できていない。」
佐伯からの言葉に被せ気味に返事をする。今日は調子が悪い。いつもはもっと上手くやれている。と彼女にアピールするために・・。女々しいとは知りつつも、彼女にマイナスなイメージを持たれるわけにはいかないのだ。
「んじゃ、真珠紅ちゃんももう一度やってみようか。」
「は、はいっ!」
久我が彼女に弓や矢の持ち方などを指導している。彼女は久我からのアドバイスに『はい』と返事をしながら指摘された箇所を直していく。先程も遠くから見たが、彼女は初めてにしては様になっていると思う。少し姿勢が悪く重心がズレているようにも感じるが、それも体幹トレーニングを続ければ直ってくるだろう。確か、もう一方の部活でもトレーニングをしていて筋肉痛が続いていると話していたか。
「真珠紅ちゃん、もう少し胸を張って立とうか。」
・・!?
久我が彼女の両肩に手を置き後ろへ反らす。
・・・口で言えば済むだろう。あいつの馴れ馴れしさについて、やはり指摘しておくべきか?
彼女が久我に指摘されたところを直し、姿勢を正したところで、今度は番えていた矢が下を向いてしまっていることに気がつく。俺は彼女の元へ近づき、番えた矢の先を指先でつまんだ。軽い力で矢先を上に持ち上げ彼女に声をかける。
「矢が的を射貫くことをイメージして真っ直ぐ前を向くんだ。そうすれば矢の通り道が自然と見えてくるはず。」
昔、誰かに言われたことをそのまま彼女に伝える。誰に教えてもらったのか・・・・。今はもう思い出せないけれど・・・・。
「あ、ありがとうございます!玖遠先輩。」
・・っ・・・・。
彼女にお礼を言われ、反射的に一歩後ろに下がってしまった。己の顔が徐々に熱くなっているのを自覚し、手の甲で口元を押さえる。何故だ!?お礼を言われただけだというのに。
・・・・とても・・・・嬉しい。
「・・ぁ、あぁ。そのまま射れば中たるはずだ。」
動揺を悟られないよう、少しだけ視線を外し返事をする。俺や久我が彼女から距離を取ったのを確認すると、彼女がスッと矢を放った。そのまま的へと吸い込まれた矢は中心からやや右へ逸れた位置へと刺さる。
「わっ、やった!また中たった!」
彼女がうさぎのようにぴょんぴょん跳ねながら喜んだ。つられて俺の頬も緩んでしまいそうになるけれど、ここはグッと耐える。
「じゃあ、次は5射くらい続けてやってみようか。次の練習が1週間後だから出来るだけ形を覚えて帰ろう。」
佐伯の指示に頷いた彼女は、『頑張ります!』と意気込むと、再び的へと目を向けた。
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しばらく彼女の練習に目を向けたり、自分の練習に取り組んだりしているうちに、あっという間に部活動の時間が終了してしまった。今は後片付けも終わり、顧問の佐々木先生の話を聞いているところだ。それも、すでに最後の挨拶まできている。
「以上!本日の練習はここまでにする。おつかれ!」
「「おつかれさまでしたっ!!」」
高等部生徒たちの挨拶に混じり、彼女の声も響いた。今、彼女は俺と久我に挟まれる形で立っているから俺の耳にも届いたのだろう。
解散になったところで途中まで彼女と帰ろうと声をかけようとした。しかし、俺が言葉を発する前に彼女の方が話しかけてきた。まさか、彼女から誘ってくれるのだろうか。
「玖遠先輩、あの・・・・。」
「真珠紅ちゃん!今日はおつかれ!また来週頑張ろうねっ!」
「如月さん、おつかれさま。」
せっかく彼女が俺に話しかけてきたというのに・・・・。邪魔が入った。部長と副部長から話しかけられれば無視するわけにもいかず、彼女は律儀に言葉を返している。その間、俺は久我と佐伯をジロッと睨んでやった。佐伯の方は苦笑いしていたけれど、久我はどうして睨まれているのか分からないと言ったように首を傾げているから更にイラつくのだ。
「真珠紅!」
・・・・・・・・・・はぁ。
今度は幼馴染みの登場か。アーチェリー場の入り口に目をやると、この学園の生徒会長様がこちらに駆けてくるのが見えた。彼の視線はもちろん彼女にしか向かっていない。アーチェリー部の女子生徒の視線は全てあいつに向いているというのに。
綾人が彼女の近くまで到着すると、もう部活は終わったのかとか、待ったかとか次々と彼女に質問している。いくつも重ねられる質問に対し、彼女は一言『大丈夫。』とだけ答え綾人の言葉を封じた。
意外と・・・やるな。
「本当に元宮の幼馴染みだったんだな。」
綾人の質問攻めが一段落ついたところで久我が言葉を発すると、今気がついたように綾人が彼へ目を向ける。
「久我に佐伯か。そうか、たしかアーチェリー部だったな。」
とくに関心はないというような返事をした綾人は再び彼女を見つめる。その視線がとても穏やかで優しく、普段の彼からは想像できないような表情だ。初めて見る綾人の表情に久我と佐伯も驚いている。
俺はもう何度も見ているので免疫があるが・・。
「真珠紅、挨拶も済んだのならそろそろ帰ろう。遅くなってしまうよ。」
待て、今彼女は俺に何か言おうとしていたんだ。それに、俺も彼女と一緒に帰ろうと誘うところだった。
というか、友人が横にいるのに、俺には一言もないのか!?
「待て。あや・・・。」
彼女の背をそっと押し、帰宅を促す綾人に声をかけるよりも先に彼女が綾人の腕を掴んで引き留めた。
「あーくん、待って。私、玖遠先輩と少し話したいの。玖遠先輩も途中まで一緒に帰れるか聞いてもいい?」
!!!??
なんと、彼女から一緒に帰ろうと!?
「玖遠先輩・・・・いいですか?」
上目遣いで訪ねられれば断れるわけがない。
俺は力一杯大きく頷いた。
出来るだけ感情が表情にでないよう、細心の注意を払いながら。




