アーチェリー
ルーと白い空間で出会ってからは、水曜、木曜と平和な日々を過ごしていた。
相変わらず、部活での先輩たちの愛ある訓練は続いており、並行して全身筋肉痛も継続中だ。
そして、今日は金曜日!楽しみにしていたアーチェリー部の練習に行く日である。アーチェリー場は武道館より更に奥、裏門の近くに配置されている。今はそこに向かう途中だ。
今日ははるちゃんは用事があるそうで、お迎えはあーくん一人で来てくれるらしい。忙しい2人に毎日迎えに来てもらって本当に申し訳ないけれど、また何かあって2人に心配かけるほうが嫌なので素直に甘えている。
数日前に私の部屋でした話の続きはまだ出来ていない。お互いに忙しく登下校でしか一緒にいられる時間がないのだ。あーくんが来週の土曜日に行く予定の遊園地の帰りに話そうと言っていたので、それまで待つことにした。前に言ってた話もそのことだったのかな?
ルーは2人と距離を置いた方がいいって言ってたけれど、そんなことは絶対に出来ないし、したくない。
薔薇園を抜け、色とりどりの季節の花が咲く花壇を通り過ぎると武道館が見えてきた。相変わらず広すぎる学園だけれど、考え事をしながら歩いていたせいか、いつもより早くここまで辿り着いた気がする。
今日は剣術・棒術部はお休みなので、いつもよりシンとしている。もしかして武道館を使う他の部活もお休みなのかもしれない。
武道館を横切ると、緑色のネットに囲まれたアーチェリー場が見えてきた。結構早めに出てきたと思ったんだけれど、すでに中には部員の姿が見えた。
高等部の1年かな?用具の準備をしている。私も早く行って手伝わないと!
少し緊張したけど、急いでネットの中に入り、先輩たちに挨拶をした。
「こ、こんにちは!今日からよろしくお願いします。」
すると、私に気がついた先輩たちが笑顔で挨拶してくれた。
「あ、こんにちは!」
「えーっと、確か如月さん・・だったよね?」
「今日からよろしくね。」
次々に挨拶を返してくれる先輩たちに会釈をし、自分も用具の準備を手伝いますと申し出た。先輩たちは弓と矢や、弓を置くための台の準備、それに的の位置の調整などもしていた。やり方を教えてもらいながら準備を進めていると、2、3年生の先輩たちもアーチェリー場に集まってきた。
「如月さん、今日から練習参加なんだね。」
「よろしくね。」
アーチェリー部の先輩たちは気さくなひとが多いな。
中等部に入学したばかりの私からしたら、高等部の先輩たちはすごく大人に見える。それでも、フレンドリーに話しかけてくれる先輩たちにとてもありがたく思う。
そこにアーチェリー部顧問の佐々木先生も到着し、ちょうど準備が終わった生徒たちが先生の周りに集まる。私も遅れないよう駆け足で先生の所へ向かった。
「先週みんなに伝えた通り、今日から中等部1年の如月が練習に加わる。今日は部長と副部長が如月の指導にあたるように。その他の生徒は通常通りの練習を行ってくれ。以上!」
「「はいっ!!」」
私の練習に部長と副部長がついてくれるのか。迷惑かけないように頑張ろう。
まずは全体の準備体操から始めるようだ。先輩たちの動きを横目で確認しつつ、身体を動かしていく。ほどよく手足がほぐれてきたところで、それぞれの練習に入る。
私はさっき先生が指示していた通り、部長と副部長が教えてくれるはず・・・なのだけれど。
どの人が部長だろう。
辺りを見回して部長っぽい人を探すけれど、なかなか見つからない。どうしよう。
一人でキョロキョロしていると、向こうから2人が近づいてきた。一人は耳にかかるくらいの少し長めの髪をばっちりセットした・・・言い方悪いかもだけど・・・チャラい感じの人。もう一人は真逆で、前髪を横分けにした真面目そうな、クラス委員長をやっていそうな感じの人だ。きっと、あの人が部長だろう。
近づいてきた2人は私の前で立ち止まると
「如月さんだよね?今日は僕たちが教えるから。よろしくね。」
やっぱりこの人が部長さんだ。ってことは、もう一人の先輩が副部長だね。
「よ、よろしくお願いします!部長!」
とりあえず、話しかけてくれたほうの委員長っぽい先輩に挨拶してみる。すると、わたしの挨拶を聞いた先輩が目をキョトンとさせた。
えっ、何か間違った!?
「フフ、僕は副部長の佐伯真央です。今日からよろしくね。如月さん。」
副部長だったんだ。・・・ってことは、隣の人が部長!?
私が一番苦手なタイプの派手で陽キャな先輩を恐る恐る見上げる。すると、私の視線に気づいた先輩が二カッと笑った。その笑顔がキラキラと眩しすぎて一瞬目を細めそうになる。
「部長の久我愛斗だよ。運動部掛け持ちなんてすごいな。遊ぶ暇なくない?あっ、名前。真珠紅ちゃんって呼んでいい?俺のことは愛斗先輩でいいからねっ。」
・・・・・・苦手だ。
「よ、よろしく・・お願いします。・・・久我先輩。」
「アハハ。頑な!」
名前を呼ぶ勇気はなかったので、久我先輩の提案をスルーして名字で呼ぶことにした。
・・・なんで久我先輩が部長なの?佐伯先輩の方が良いと思うのだけど・・・。
少し失礼だとは思うけど、私とは世界が違う陽キャの先輩にどう接していいか分からず下を向いてしまった。
最近はいろいろな人と話すようになって人見知りが減ったと思ったのに、やっぱ苦手なものは苦手だ。
「愛斗、如月さんが怯えてるよ。お前はいつも馴れ馴れしいんだよ。初対面の人とはもっと適切な距離を持てって言ってるだろ。そうじゃなくても一人だけ中等部で緊張してるだろうに。」
そうです。とても緊張しています。
佐伯先輩のフォローにコクコクと頷く。
「真央は距離を置きすぎなんだよ。あんまり他人行儀にしてたらなかなかこの部に馴染んでもらえないだろ。週1しか練習来れないんだからさ。」
なんか、この2人の先輩は性格が本当に正反対みたいだ。でも、お互いに名前呼びしてるし仲は良さそうだな。
まだ私への接し方で言い合っている2人だけど、不思議と険悪な雰囲気ではない。むしろ、何でも言い合えるような仲なのかもしれないと思う。
「とりあえず、基本的な練習メニューについて説明するね。」
一通り言い合いが終わったところでやっと練習について説明してくれるようだ。
最初に全くの初心者の私の為に道具の説明をしてくれた。さっき1年生の先輩たちと準備をした時に触ったものの他に、弓に着けるパーツみたいな物もいろいろあるようで、さすがに今日だけで全て覚えるのは無理かなって思う。佐伯先輩も少しずつ覚えれば大丈夫だって言ってくれて、少し安心した。
また、アーチェリーは体幹を鍛えることがとても重要みたいで、部員の人たちは一日置きくらいで体幹トレーニングを行っているそうだ。私は金曜しかアーチェリー部に参加出来ないので、この日は実践的な練習を中心にやろうってことになった。体幹トレーニングは剣術・棒術部でもみっちりやっている話をしたらこの結論に至ったのだ。体幹トレーニングが2倍にならなくてほっとした・・・。やっぱり、運動部は身体づくりが基本なんだね。
「難しい説明はその辺にして、早速射ってみるか。」
諸々の説明が終わったところで、久我部長が弓矢を持ってきてくれた。私の練習用にアーチェリー場の一番端の的を使わせてもらえるようで、そこに移動することにした。
久我部長が的の前に立ち、こちらを振り向く。
「まずは俺がお手本を見せるからよく見ててねっ。」
言葉と同時にウインクされて一歩後ずさる。隣で佐伯先輩のため息が聞こえた。
弓を構えた先輩が的に視線を向けると、今までとは全く違った真剣な表情を帯びる。その表情からとても集中しているのが伝わり、思わず息を飲み込んだ。
シュッ!・・・・・・・トス。
部長の放った矢は見事的に命中していた。
「・・・・・わぁ!!・・・・すごいっ!!!」
思わず声が出てしまっていた。部活見学の帰り道、たまたま目にしたアーチェリー部の練習にとても心が惹かれたのを思い出す。
「すごい・・・すごいですっ!久我部長!」
更に尊敬の言葉を発する。細い一本の矢が的に吸い込まれていく様子にとても感動し、気持ちが昂ぶる。
私の賞賛に目を丸くしていた部長は、満面の笑みをつくりながら私の側まで来て右手を上に掲げた。すぐにハイタッチだと気がついた私は、部長につられて右手を上に伸ばし手の平を部長のそれに打ち付けた。
パンッ!と乾いた音が響いた瞬間、部長が『イエーィ!』とかけ声を上げる。
ハッ!!つい調子にのってハイタッチをしてしまった!
一気に顔に熱が集中し赤くなるのを自覚してしまう。恥ずかしすぎて変な汗がでてきてしまい、また下を向くことになってしまった・・・。
「じゃあ、次は真珠紅ちゃんの番ね!」
下を向く私を気にせず、部長が弓矢を手渡してきた。
えっ!?いきなりやれって言われても無理だよ!どうやって持てばいいかも分からないし。
「愛斗、何のために僕らがついてるの?やれって言われていきなり出来るわけないだろう?」
ハァとため息をつきながら呆れた顔をした佐伯副部長が久我部長に注意をすると、私の方へ来て立ち止まる。
「如月さん、まずは構え。弓と矢の持ち方から教えるね。」
そう言ってお手本を見せながら丁寧に教えてくれた。佐伯副部長の教え方はとても分かりやすい。一通り説明が終わったところで質問はないかと促してくれた。
「それじゃあ、的の前に立って構えてみようか。」
「は、はい!」
教えてもらった通りに弓を構え、矢を番う。
「真珠紅ちゃん、上手上手!」
「初めてにしては形になってるね。」
先輩2人に褒められて少しこそばゆい。
「そのまま右手を引いて・・・。」
部長の言葉の通り右手を引く。弦がキリキリと鳴く音が耳に心地よく思えた。
「・・・そこっ!真珠紅ちゃん、矢を放してみて!」
シュッ
手をパッと放すと今まで自分の手の中にあった矢が勢いよく飛び出していった。矢の支えを無くした弓は、左手でクルクルと回っている。その間にも、私が放った矢が前へ前へとどんどん進んでいく。抑えられていた力を全て解き放つように前へ進む矢から目が放せない。きっと、そこに辿り着くまでは瞬きをするほど一瞬のことだったのだろう。それでも、私にはその一瞬がとてもゆっくりと感じられた。
・・・トス。
・・・・・・・・・。
・・・・・ぁ・・・・・中たった?
何も邪魔をする物がなく真っ直ぐと進んでいた矢が、最後、的によってその動きを止められた。
その瞬間、的ではなくて、自分の心臓を打ち抜かれたような衝撃がはしった。胸の奥がキューっと締め付けられ苦しくなる。しかし、それはけして辛い苦しさではなく、むしろ・・・喜び、懐かしさに近いような痛さだ。痛すぎて視界が歪んでくる。
ダメだ・・・なんで?・・・・・なぜだか・・・・・泣いてしまいそう・・。
的に中たったのがそんなに嬉しかったのかな?・・・ちがう。そうじゃない・・・。
切ないんだ・・・。
「真珠紅ちゃん、すごいじゃん!!一発で中てるなんてっ!」
久我部長の声に我に返る。
今、何か思い出していたような・・・。気のせいかな。
部長が先程と同じようハイタッチのポーズを取った。今度は右手だけではなく両手だ。少し躊躇ったけれど、ここは素直に従うことにした。さっきよりも大きな音がアーチェリー場に響いた。




